12.初仕事
「初心者向けの仕事あるけど、すぐに請ける?」
「どんな仕事ですか」
健康で文化的な、食べるものに不自由しない生活を送れるだけ稼げばいい。
出来れば、食べるものが美味しければ嬉しいけれど。
荷物運びのような、アルバイト的な仕事がきっとあるだろう。
お姉さんが、分厚い台帳をペラペラとめくる。
仕事をあんなに溜め込んでいて大丈夫なんだろうか。
「比較的条件がいいのは、猛獣の餌係か、新しい薬の実験台」
どちらも命に関わる気がする。
冒険者ギルドなのに、冒険の方向性が間違っていないだろうか。
「もっと、生命の危機が無い物は無いですか」
「言ったでしょ。基本ハイリスク、割とノーリターン」
大手ギルドなら初心者育成を掲げて、簡単な薬草採取や熟練の冒険者を伴っての商隊護衛なども用意しているそうだが、”緑の風”にそんな余裕はないらしい。
「魔法も使えない、馬も乗れない、剣の腕が立つ訳でもない。
後はもう、あなたの安い命を掛けるしかないでしょう。
それが嫌なら裏町で身体でも売って来きなさい」
甘えるな、ということらしい。
「猛獣の餌係というのは?」
「辺境の森で捕まえたヘラクレスゴホンヅノレッドタイガーの餌係。今までの担当の人が襲われて餌になったから、代わりの人員を募集中」
「……新しい薬の方は?」
「学園の学士が研究中の、新しい薬を試して効果を報告するだけの簡単なお仕事」
「どんな薬ですか」
「恐怖を抑える薬。苦くないし、むしろ気持ち良いと書いてある」
これは試したらダメな奴だ。ダメ、ゼッタイ。
初心者向けでこんなのしか無いのなら、他の仕事は聞くのも恐ろしい。
「これは?」
まだ新しいのだろう、綴じていないで窓口に直接張ってある依頼票を指差す。
『迷宮内で行方不明になった貴族の御曹司の捜索』
「あぁ、そいつはムカつくから、請けなくて良い」
頭の軽い貴族は、子供の箔付けの為に可変迷宮に潜ることがあるそうだ。
当然、高い金を出して大手ギルドの有名な冒険者を護衛に付けて、安全で快適な探索になる。
その御曹司も、程ほどのスリルと迷宮探索を楽しんでいたそうだが、最下層に着いて帰るか、というところで最奥の部屋に行けと言い出した。
魔獣部屋になっているし、とても危険で了承しかねると説得したが聞かず、周りの冒険者の実力を自分のものだと思い込んで、バカは一人で魔獣部屋に突っ込んだ。
迷いの森のような初心者向けの迷宮ではなく、プロ冒険者向けの手ごたえのある迷宮だ。
動く骸骨や上級豚肉が出現するが、ただの魔獣部屋であれば、腕利きの冒険者達で何とかなった。
しかし、運が悪かった。不相応な魔獣。いるはずのない危険な魔獣が、よりにもよって現れた。
鷲の上半身とライオンの下半身を持つ魔獣。グリフォンだ。
その場にいた冒険者達で酷い手傷を負いながら、何とかグリフォンを倒すことが出来たが、パニックになったアホは一人でどこかに逃げてしまった。
入るたびに構造の変わる可変迷宮では、行方不明になると合流することは不可能に近い。
最下層を調べつくしたが見つけることが出来ず、一部の冒険者が戻って応援を頼んだ。
最初に護衛を請けた大手ギルドは、威信にかけて保護すると言ったそうだが、貴族は金に物を言わせて全てのギルドに依頼を出したらしい。
そもそも迷宮内に不釣合いな魔獣が出るから、と止めたにも関わらず強行し結果、逃げ出して迷惑を掛けるようなアホだ。
冒険者ギルドに舐めた態度を取るアホに取り合う必要は無いが、依頼が出た以上、余裕のあるギルドは人を出しているそうだ。
"緑の風"は余裕が無いとのでガン無視を決め込むつもりらしい。
「面白そうだ、俺が請ける」
話を聞いた兄が、依頼票を剥がして窓口のお姉さんに突き出した。
「言っても聞かないだろうから止めないけど、ついでにあなたの弟を連れて行きなさい」
依頼を探すのが面倒だから一緒に行って来い、という態度だった。
「場所は?」
「王都の東、ワガニの町近くにある迷宮だ。
町には"白い一角獣"の連中がいるから、この紹介状を持っていきなさい」
「要らない」
兄が紹介状を受け取らずに出て行ってしまったので、代わりに受け取る。
どうやら、今からすぐに行くようだ。
「依頼はこっちで処理しておくから、2人とも死ぬなよ。死なれると手続きが面倒だからな」
一応、心配してくれているらしい窓口のお姉さんに見送られて、慌しくギルドを出た。
「カズ、もう日が暮れ始めるけど、すぐに出るの?」
「人が迷宮内にいるんだ、早いほうがいいだろう」
「それは、そうだけど……」
セリアさんも困惑している。兄が、こんなにまっとうな事を言うはずが無いからだ。
「でも、馬車ももう出てないですよ?」
後ろをついてきたイサナが発言する。ついて来るつもりらしい。
「馬車はいらないだろう。セリア、アイツを連れて来い」
「えぇ……アレは嫌なんだけど」
セイアさんは心底、嫌そうな顔をする。
「何かあるんですか?」
「半年前に捕まえた、陸走トカゲだ」
「ええ!?」
イサナがトカゲに驚いているが、それどころじゃない。
今、兄は半年前と言ったか? それが本当なら半年前から兄は行方不明だったことになる。
兄も一人暮らしをしていたから、半年くらいなら音信普通でも気づかないかもしれないが。
後で詳しく聞く必要がありそうだ。
「連れてきたわよ」
手綱を引いて、どこかに行っていたセリアさんが戻ってきた。
そこにつながれているのは、二本足で歩く巨大なトカゲだった。
最早、恐竜と言った方が近いかもしれない。
「うわぁ、凄いですね。陸走トカゲって小さいときから育てないと、人に懐かないって聞いてたんですけど」
「やり方を選ばなければ、何とでもなる」
そのやり方とやらは、あんまり詳しく聞かない方がいい気がする。
この世界では馬だけでなくトカゲも労働力として使っているようだ。
それにしても、トカゲが引いているのはどう見ても荷車だが、このまま行くのだろうか。
「さっさと行くぞ」
「あの、これに乗るんですか?」
「だから嫌なのよ」
「落ちるなよ」
王都の外まで歩いて行き、全員乗ったところでトカゲが急発進した。
「うぎゃああああああ」
「ひぃいいいいいい」
「口を閉じろ! 舌を噛むぞ!」
絶叫マシーンの方が数倍マシだった。安全バーをつけて欲しい。
休憩など挟む余地無く、2時間走りっぱなしでワガニの町に着いた。
「よし、誰も落ちてないな」
到着してから恐ろしいことを言う。途中で落ちてたら、そのまま放置だった可能性がある。
「うぅ……うっぷ」
「だめ……何回のっても駄目……」
女性二人は完全にグロッキーだ。
「何で、シンタさんは……えぼぼぼぼ」
イサナが可哀想なことになっているので、背中をさすって人目が無いところに連れて行く。
「うぅ……帰りは乗りませんから……帰りは……うぼぼぼぼ」
イサナは、今日はもう駄目かもしれない。
水を渡して兄のところに戻ると、さっそく誰かと揉めていた。
何でこの人は静かに出来ないんだろう。
「事情は分かっているだろう、邪魔をするな。"緑の風"ごときが!」
「お前らの事情は知らん」
多分、相手は大手ギルドの"白い一角獣"だろう。弱小が来ても邪魔だから追い返されているのか。
セリアさんも、物陰で昼に食べたものを確認している最中なので、俺が行くしかないようだ。
「お前……もしかして"緑の風"の『悪童』か?」
「そんなのは知らん」
「カズ兄さん、紹介状預かってるから」
窓口のお姉さんに貰った紹介状を手渡す。
「こういうものがあるなら、最初から出すんだな」
「チッ、余計なことを」
兄としては、紹介状無しで揉め事を起こしたかったようだ。
そういうのは、一人のときだけにして欲しい。
「お前らの担当は、1階層だ。そこだけ重点的に探せ」
最下層でいなくなった御曹司を探すのに、1階層に行けと言う。
そこまで帰ってきているなら、自力で迷宮の外に戻ってくるだろう。
「"緑の風"に任せられるのは、そこだけだ。嫌なら依頼を破棄するんだな」
どうやら、ムカつくから請けなくていいと言っていたのは、貴族だけでなく"白い一角獣"も含んでいたようだ。
いつの間にか、セリアさんとイサナが戻ってきていたが、まだ顔は青白い。
「カズ、どうするの。行くだけ無駄でしょう?」
言外に早く横になって寝たいと言っていた。
「何を言っているんだ、人の命が懸かっているんだぞ。すぐに行こう」
セリアさんは、複雑な顔をする。
その気持ちは良く分かる。この兄は、絶対にろくでもないことを考えているからだ。
偉そうな顔をする"白い一角獣"の人を横目に見て、町のそばにある迷宮へと向かった。
町の近くにあったのは、割とよくある感じの洞窟型の可変迷宮だ。
この迷宮の監視のためにワガニの町が作られたらしく、可変迷宮としてはそこそこの規模だそうだ。
迷宮に入った兄は、割り当てられた1階層を通り過ぎて、次の階層に進もうとしている。
「カズ兄さん、1階層目を調べるだろう?」
「早く見つけた奴の勝ちだ。それに別々に入ったパーティが可変迷宮内で合流することはまずない」
最初から割り当てなんて守る気は無かったようだ。
はぐれた御曹司を見つけられずに困っているのだから、こっちも見つからないだろう。というのは理屈に合っている気がしないでもない。
「何でもいいから、さっさと見つけて帰りましょう」
「うぅ……まだフラフラする……」
何とか自分で歩いているが、まだ2人とも本調子ではないようだ。
2人の魔法は当てに出来ないかもしれない。
「そういえば、カズ兄さん。いつからこっちにいるの」
「もうすぐ1年だな」
1年? それは流石に長すぎる。そもそも正月には実家で会っているはずだ。
「カズ兄さんが最後に覚えている日付って、何年何月何日?」
答えを聞いて驚いた。俺が朝市でジャガイモとタマネギを買ったのと同じ日だ。
つまり、同時にこの世界に飛び込んだのに、出てきた時間軸がずれているらしい。
道理で色々と詳しかったり、経験を積んだりしているはずだ。1年間のアドバンテージがある。
これは今度、モカさんに伝えておいたほうがいいだろう。
話しながら、次々深い階層へ進んでいく。全く魔獣は出現しなかった。
人海戦術で迷宮内を進んでいるから、魔獣が駆逐されているのかもしれない。
「魔獣が出る階層が、御曹司のいる場所だな」
絶対とはいえないが、その可能性は高くなるだろう。
13階層を降りたところで、さくさくと進む兄の足が止まった。
「いたぞ、魔獣だ」
どこかで見た魔獣。けれど記憶の姿とは異なっている。カツ丼の材料、オークとはどこかが違う。
食材としては期待の星、上級豚肉だ。
慣れた動作で布を解き、包丁を握り締める。胃袋がキリキリと締まる。
今日はコカトリスと戦って石になりかけて、さらに上級豚肉とも戦わなきゃいけない。
これは、かなり美味い飯を手に入れないと割に合わないだろう。抗議をするように腹が音を鳴らした。
魔法が使える2人は、相変わらずヘロヘロだ。杖を構えて、何か唱えている気がするけど、まだ時間が掛かりそうだ。
兄を見てみたが、そういえば何も武器らしきものを持っていない。やる気が無いんだろうか。
上級豚肉はこちらに気づいているので、何もしないわけにはいかない。
包丁を構えて、上級豚肉に向かって走り出す。
空腹に反応して身体に力が漲る。身体が軽くなる。
近づくと、ただのオークよりも身体が大きく、武器も棍棒ではなく大鉈のような刃物を持っていた。
昼間つけたギブスは壊れたので、ろくに防具なんて無い。どちらにしろ攻撃を食らったら一発で死にそうだ。
動きは遅いと踏んで、背後まで一気に駆け抜ける。
上級豚肉が振り返るより早く、その背中に包丁を突きつけた。
「スクロール!」
光が出ない。上級豚肉も変化が無く素材のままだ。まだ空腹感が足りなかったか。
すぐに離れて、距離をとる。
魔法担当の2人は、完全に座り込んでいた。支援は無理なようだ。
「シンタ、離れてろ」
兄がすぐ近くまで迫っていた。どこから出したのか、手には昼間のストーンスピアを持っている。
「俺が倒したら、お前は最後に包丁を使え」
それが当然のように兄は言う。
ならば、当然のように実行することは間違いないので、包丁を再度強く握り締めて、そのタイミングを待つ。
兄が鋭い一撃を繰り出した。




