13.禁止
兄の槍は上豚肉の顔を狙う。
的が大きいのだから、身体を狙えばよさそうなものだが、何故かそうしない。
自信がありそうだった割には、兄の槍は上豚肉に軽々と避けられていた。
兄も槍の経験なんて殆ど無いのだろうが頑張っている。
相手に攻撃の余裕を与えないように、次々と顔を狙って突き入れているが、どれも当たらない。
端から見ていると、上豚肉が華麗に踊りながら攻撃を避けているようにも見える。
そこで気付いた。
兄が行っているのは、悪質な嫌がらせだ。
槍を次々を繰り出して、その度に避けられている。
恐らく上豚肉は避けさせられている事に、まるで気付いていない。
兄は、わざとギリギリで避けられる攻撃をしている。
相手が良く見えるように顔を狙って、避けられる程度の攻撃を行う。
当然、相手は避ける。
追いかけるように、崩れた体制でもギリギリ避けられる攻撃をする。
避けられる攻撃なので、選択の余地無くこれも避ける。
避けるたびに身体のバランスが崩れる。避ける、崩れる、避ける、崩れる。
自分は相手の攻撃を避けているはずなのに、何故か追い込まれているような気になってくる。
そのうち、避けることに必死になってきて、もう反撃をすることは考えつかなくなる。
ただ、ひたすらに全力で攻撃を避けるしかない。
そして、体力が尽きて……上豚肉は攻撃を避けた後にバランスを崩して背中から倒れた。
「シンタ、包丁だ」
兄は息も切らさずに止めを命じる。
倒れたオークへ走り寄って、スクロールを唱えると、上豚肉は光と共に紙片へと変化した。
腹の減り具合はさっきと代わっていないので、魔獣の体力を減らすと成功率が上がる赤白ボール理論は有効のようだ。
兄がやっていたのは、元々は妹が考えた攻撃だ。
本当は倒れた後に、動けない相手のマウントを取ってコンクリートブロックで顔面を何度も殴りつけるまでがワンセットになっている。
妹は「大事なのは心を折ることです」とか言っていたが、相手の骨も沢山折れていた。
相手を倒すだけなら効率が悪いし、ギリギリ避けられる所を見極めて攻撃するのは無駄でしかない。
だから、これは手間隙を掛けた悪質な嫌がらせだ。
「魔獣は……?」
「あれ……?」
やっと立ち上がって前を見た二人が、上豚肉が消えていることに気付いた。
あれからかなりの時間が経っているが、未だに症状は良くなりそうに無い。
もしかすると、ゲームでいうところの状態異常になっているのかもしれない。
回復アイテムを使うか宿屋に泊まれば治るのだろうが、どちらも今すぐは無理そうだ。
兄の無慈悲な「行くぞ」という言葉で、更に奥へと向かう。
この階層には、まだ捜索の手が入っていないようで、暫く歩いていると別の上豚肉に遭遇した。
兄が同じ方法で危なげなく転倒させたところを、包丁を使ってスクロールを唱える。
スクロールに書かれたレシピは、串カツだった。
カツ丼よりもボリュームが減っている気がしたが、よく見てみると玉ねぎやシシトウも材料に入っている。
比較すると、こちらのほうが内容が豪華になっているようだ。
元の魔獣に対する材料がどうなっているのかは、今更なので気にしないことにした。
一通り見て回ったが、この階層には行方不明の御曹司は居ないようだ。
広場のようになっている場所があったので、そこで休憩して夕食にする。
「串カツだな」
兄の提案に従い拾った紙片をポケットから出し、串カツのことを考える。
ザクッとした衣に溢れる肉汁。二度付け禁止の芳醇なソース。
「串カツ!」
眩い光と共に、揚げたての串カツが現れる。
「油クサっ……うぷっ」
「無理………ムリ!」
状態異常の2人は近くの物陰に走って行ってしまった。
あれだけ吐き出して、まだ出るものがあるのだろうか。
「二度漬け禁止だからな」
「分かってる」
兄はマイペースだ。
女性2人には後でゼリーを食べてもらった方が良いだろう。
あれなら食べやすいと思う。
そんなことを考えながら、豚肉らしき串をつまんだ。
小さめの壷に入ったソースを中心に、串カツが放射線状に大皿に乗って並べられている。
ソースの壷に串を漬けて、がぶりと噛み付き串から抜く。
厚めのザクッとした衣がソースをたっぷりと吸っている。
サラッとした薄めのソースで、どこか果物のように甘い香りが漂う。
豚肉には下味がついていて、それだけで食べても十分に美味しい。
衣に包まれた肉は柔らかく、ジュワァという音さえ残っているような揚げたての食感だ。
はふはふとカツを咀嚼すれば、鼻腔が香ばしい油の香りに包まれる。
溢れ出てくる脂の熱さに鼻水まで出てきそうだ。
爽やかとさえ言える油の匂いを堪能しながら、次の串に手を伸ばす。
半月型のこれは、玉ねぎに違いない。
ソースをたっぷりと漬けて、口に入れる。
あついっ! 熱いが美味い!
もう目尻に涙が浮いているだろう。
玉ねぎの熱さに耐えると、シャクシャクとした心地よい食感と、玉ねぎ独特の優しい甘みに癒される。
かろうじて繋がっていた半月の玉ねぎが、口の中で解けて三日月の短冊になり、それぞれが少しずつ甘さを溶かしだす。
じわりじわりと染み出す独特の甘みは、舌に満遍なく至上の喜びを与えてくれた。
次の串に手を伸ばそうとして、串に伸びている小さい手に気付いた。
兄にしては小さい。
イサナが戻ってきたのかと思い、手を出している元を目線で辿ってみると、小学生くらいの男の子だった。
よほど腹が減っていたのか、両手に串を抱えて一心不乱にパクついている。
右手に掴んでいる豚肉のカツを口に入れ、左手で持ったシシトウの串をソースにつけている。中々器用だ。
口をもぐもぐと動かしながら、シシトウの串を右手に持ち替える。
口に入った豚肉を飲み込むと、シシトウの串にかぶりつく。
子供には少し苦かったのだろう、かじりついた口が止まった。
口を離し、手に持った串をソースの壷に近づける。
「こらっ!」
「!?」
自分でも驚くほどの大声が出た。
「ソースは、2度漬け禁止だ」
「え……?」
「人間の口には雑菌が沢山いて、それはほんの少しの接触でも移る。
一度口をつけた串には、目には見えない雑菌が移っている。
それを更にソースにつけたりしたら、ソースに雑菌が移ってしまう。
ソースは今だけでなく、これからも使い続けるものだ。
ソースに移った雑菌は繁殖する。
そうすると最悪ソースは使えなくなる。もう食べられなくなる。
このソースは、みんなが使うものだ。共通の財産だ。
だから、大切にしないといけない。分かったか?」
「え、あ……はい」
「よし、良い子だ」
大皿の上に乗せられているキャベツをつまんで、壷の中に入れる。
丸くなった歯の窪みにソースが入るようにして、男の子に渡した。
「ソースが足りなかったら、こうやって取るのがマナーだ」
「はい、ありがとうございます」
キャベツを受け取って、窪みに入ったソースにシシトウの串を漬ける。
まだ少し苦かったようだが、それでも口を動かして飲み込んだ。
「カズ……その子は誰?」
「知らん」
物陰から戻ってきたセリアさんが、少し離れたところから声を掛けてきた。
そんなに油臭いのだろうか。
「勝手に食べ物を頂いてしまい、申し訳ありません。
私はルマエ・ブスターと申します」
「行方不明の御曹司はお前か」
「同時に迷宮に入っている貴族の話は聞いていないので、私のことだと思います」
年齢の割りに、しっかりした受け答えをする子だ。
窓口のお姉さんから聞いた話では、調子に乗ってるバカとしか思わなかったが、パッと見た感じ賢そうな印象を受ける。
「そうか。食っても良いが、2度漬けはするな」
「はい、ありがとうございます」
兄はマイペースを保ったまま串カツを食べている。
ルマエ少年も、まだ食べ足り無かったのか、串を手にとってソースに漬けている。
セリアさんとイサナは、相変わらずはなれたところからこっちを見ている。
串カツから離れて、二人に近づいた。
「あの子が行方不明の子らしい」
「聞こえてましたから!」
「わかったから、近寄らないで!」
女性から露骨に近寄るなといわれると、心をえぐられる気がする。
ゼリーを食べるように言って串カツの皿に戻ったが、カツは全て食べられ、キャベツの葉が数枚残っているだけだった。
「あちらのお2人は動酔状態になってるようですので、こちらをお使いください」
ルマエ少年が腰に下げた皮袋から、赤い丸薬を取り出した。
「これは動酔の解消に効果があります」
状態異常回復アイテムらしい。
1つ口に入れてみたが、梅干のような味がした。
薬を渡すと、2人は息を止めながらそれを受け取った。他意が無いのは分かっていも割りと傷つく。
「すっぱ……!」
「くぅっ……!」
2人とも薬を口に入れて顔をしかめていたが、すぐに青白かった顔色に赤みが差した。
「あぁ、落ち着いてきました」
「助かったわ、ありがとう」
そんなに直ぐに効くものなんだろうか、ファンタジーだからそんなものかもしれない。
気分が回復した2人は、油の匂いを気にすることなくこちらに合流した。
「じゃあ、あなたが"白い一角獣"からはぐれた貴族の子供で間違いないのね?」
「はい、ルマエ・ブスターと申します」
「聞いてたようなバカ息子とは大分違うわね」
本人を目の前にして、そんなことを口にするセリアさんは、怖いものが無いのかもしれない。
「皆さんが、どのように聞いているのか、伺っても宜しいでしょうか」
何か思うところがあるのか、ルマエ少年が詳しく知りたいというので、窓口のお姉さんから聞いたことをそのまま伝えた。
「その内容を、迷宮から戻った"白い一角獣"のメンバーが伝えたということですよね」
「そう聞いているわね」
それを聞いたルマエ少年が、自分の体験を語りだした。
それはギルドに伝えられている内容とは、大きく異なるものだった。
◆
まず、迷宮に入ることを強く勧めたのは"白い一角獣"のメンバーであること。
不釣合いな魔獣などという話は聞いておらず、もし聞いていれば落ち着くまでは見送っていただろうということ。
それ自体は珍しいものではなく、大手ギルドには「営業担当」というような役職もある。
付き合いのあるギルドが、貴族に対して剣術指南や旅の護衛などの仕事を提案することはよくあるそうだ。
いずれ家を継ぐルマエ少年の為と言って「迷宮に入った経験があれば、社交の場で話の種にもなります」という言葉に彼の父が頷いたらしい。
迷宮にはルマエ少年の他に、5人の護衛で挑んだ。
迷宮行きを提案した本人、ギルドの幹部でもあるラタケを隊長にして、問題なく最下層まで進んだそうだ。
そこからが話の違うところで、得意になったバカ息子が魔獣部屋に突っ込んだ訳ではなく、隊長のラタケが魔獣部屋に入ることを提案したというのだ。
「折角なので、魔獣部屋にも行きましょう。
普通の貴族のご子息はここで引き返すのですが、魔獣部屋にも行ったということになれば、お父様もお喜びになられるでしょう」
父親を出されるとNOとは言えない。
それに5人が強いのは道中見ていたし、流石に大丈夫だろうと思って頷いたのだが、ラタケはとんでもないことを言い出した。
「私とルマエ様の2人で行きましょう。その方が箔が付きます」
それは無理だ危険すぎる。と言ったがラタケは聞かなかった。
来た道を戻ろうとしてが「一人では危険です」を道を塞がれた。
一緒にいたラタケの部下も「大丈夫ですよ」と言うので、知識だけで経験の無いルマエとしては、それ以上の反対は出来なかった。
怪しいと思いながらも魔獣部屋に行くと、そこには何もいなかった。
町や村の近くにある迷宮は定期的に魔獣を掃討しているので、きっと事前に誰かが退治していたのだろうと思った。
安堵してラタケに声を掛けた。
「魔獣はいないようだね、どうやら既に退治されているようだ」
「いいえ、居ますよ」
「どこにいるんだ。それとも目には見えない魔獣なのか?」
ラタケはニヤニヤと笑いながら、皮袋に手を突っ込んで紙片を取り出した。
「いるさ、ここにな! グリフォン!」
光に目が眩み、やっと周囲が見えるようになると、魔獣部屋の出口は土壁で塞がれていた。
部屋の中にはグリフォン。
嵌められたと気付くには遅すぎた。




