刃へ写る#4
永遠にも見える道のりをスノードームの光だけを頼りに歩んできた一行は、重厚な扉の前にたどり着いた。
扉自体は既に半開きになっており、中が僅かに伺える。
灯りこそついていないもののガラスらしきものがあちこちに散らばっている。
誰かがつい最近出入りしたのか、何か巨大なものがガラスを退けた痕があった。
この形の痕跡には見覚えがある。家の中に散らばったおもちゃを良く端に寄せていた母の触手達の動きだ。
太い触手を2本用いて左右にはらうことが多いが、今回はいくつもの触手が床を這ったような見た目をしている。
「母さんがいたのかも……でもなんでこんなところに……?」
「カノン様が?……いや、貴様は……そうか」
眉根を寄せた彼の手に持ったスノードームが一切強く光る。
カノンという言葉に反応しているような気がする。
しかしなぜこんな地下に母の痕跡があるのか総真には見当もつかない。
どこかに出かけるなど聞いていないのだが。何か仕事なのだろうか。
とするとここはシャーレの管理下にある施設か。
それにしては手入れが行き届いておらず放置されているように見えるが。
「この場所について深く詮索するな。貴様は出口の心配だけしていればいい」
「出口の場所しらんって言ったの先輩なのに……」
「俺は知らんというだけだ」
良く分からないが出口を知っている人物に心当たりがあるのか、具体的な場所ではなく出口に当たる法則を知っているのか。
どちらにせよここでリリーを連れて単独行動をするには体のダメージが大きすぎる。
部屋の中には入らず移動していく刃夜を追って、致し方なく来た道を逸れる形で移動をはじめた。
今まで通ってきた道とは違い、この道は周囲に補強されたような痕が少ない。
外壁を造らず坑道として周辺の岩をけずったような雑さがある。
崩れやしないかとひやひやしている間に、足元の地面が随分ぬかるんでいることに気が付いた。
「何かを引き摺った痕……」
先ほどの部屋と言い、泥を端に寄せる痕跡と言い、不気味なことが多い。
どちらも母の手、もとい触手によるものの可能性が高いが、これがイデアによるものだとしたらぞっとしない。
刃夜の心当たりとやらが母なのであれば安心だが、彼は一向に答えようとしない。
この期に及んで一般人に任務内容を明かさない決まりを従順に守っているらしい。
決まり事や命令にうるさいところは剱の完成に似ている気がする。
身内だからだろうか、見眼だけではなく行動や思想に面影がある。
「その、探しているのが何かは分かりませんが、この先に母が居たらどうするつもりで……?」
「質問の意味が分からん」
刃夜にとってカノンの存在が想定内なのかすら分からない。
任務のことと次第によっては過激な行動に出ることは昨日身をもって知った。
母に何かあってはまずいと思う反面、皇家の者が神をどう扱うのかがまるで予想できない。
これで本当にカノンがこの先にいたとして刃夜はどうするつもりなのか。
だが刃夜には全く意図が伝わっておらず、不審そうに睨みつけられる。
彼は歩きながらしばし沈黙を保ち、何かを思い立ったかのように小さく言葉を紡いだ。
「どうもしない」
「えっと、それは……?」
「そもそも。神がどこで何をしていようが僕の知ったことではない。任務以前に神はシャーレにとって、人類にとって絶対的最優先事項だ。いかな状況においても神の要請があれば全てを放棄して命を捧げることと定められている」
「それは重くないですか」
「身を守っていただいているリュード様に報いるためだ」
これは皇家に限った話ではないとつけ加えられ、鋭い眼光が飛んでくる。
同じ人間であれば同様の義務が生じていると言いたいのだろう。
曖昧に頷くことしかできない姿を嘲笑われ、言い返すこともできず俯いてしまう。
ひとまず方針は分かった。目的は語らず、先に神がいても争わず、彼は状況に応じて臨機応変に対応すると言っている。
当たり前のことだが総真からすれば怪我を負っていてシャーレのことも他所の地域のことも不安だらけだ。
ひとまず敵対の意志がないことさえわかれば安心だ。
「お話し中のところ悪いんだけどさ、つまるところこの地下には私たち以外の存在がいるってことかい?」
「え、あっ……そ、そうですね……そうなります」
話の間に割り込んできたリリーの問いに刃夜共々頷く。
今尚ここにいるかは定かではないが、確かに誰かが居た痕跡は色濃く残っている。
これだけ広い地下通路だ。どこかで壁一枚隔ててすれ違っていてもおかしくない。
もしかしたら既に地上に帰っているかも。
「単純な話、仲間なのであれば誰かしらと通信できなのかい」
「インカムは全く通じん」
「そのスノードームは?」
指をさされた先には不思議なことにひっくり返してもいないのに雪が降り続けているガラス玉。
あちこちに傷が入っており、古い者なのは見て取れる。
他人を介して他人のモノを預かっている以上、刃夜は言われた通りの使い方しかしてこなかった。
この装置は相手の居所を光でしらせるというただ一点だけだ。
だが他にも仕掛けがあるのではと続ける。
「少し見せて。こういうのは得意なんだ」
まさか機械類に強いとは思わず、刃夜と顔を見合わせる。
簡単に他人に受け渡せるはずもなく、ただ困惑の時間が流れ出ていた。
リリーが装置をいじっている間、手持無沙汰になった刃夜は背を丸めたまま座り込む総真を睨みつけた。
視線だけで射殺せそうだ。足手まといと思われているのかもしれない。
「貴様、深水で防護したのだろう。本当に骨が折れているのか」
「ええっと……今もすっごく痛いっす!」
「馬鹿な」
「馬鹿なって、痛いものは痛いです……」
「痛みを感じる理由が分からん」
彼の眼には何が映っているのか定かではないが、彼からすれば痛みを感じていること自体が異常だという。
かなり濁した言い方でつまるところ骨は折れていないということらしい。
「こんなに痛いのに!?」
「損傷が見当たらん。落下程度の衝撃が貴様の深水を貫通するとも思えん」
治剣の兄であるが故か、それとも単純に刃夜に診察に近い能力があるのか。
体のどこにも傷がないと断言する彼はバシバシとあえて強く背中を叩いてくる。
衝撃が内臓に響き物凄く痛い。
だが痛いばかりで体の特定箇所が痛むというよりは全体的に突き刺す刃が広がっていた。
骨折の経験がなく、大けがもくらげ型海魔に貫かれたときが最後だ。
痛みによって症状の判別ができるほど経験を積んでいない。
だが骨折というには痛み方がおかしいと思うところもある。
痛いばかりで他の症状はほとんどなく、脂汗が浮くほどでもない。
痛いという感情や脳の処理に体が反応しているような。
この地に降りてきてから何かが変だ。
背筋にひたひたと這い寄ってくる恐怖が拭い去れず、逃げ去りたいくせに足が震えてまともに歩けない。
背を丸めて痛みに耐え続けていても症状が悪化するばかり。
怪我をしていないのならこの苦しみと痛みはいったい。
「貴様のそれは……」
「葬務官さん。総真。ちょっといいかな」
刃夜が口を開いた瞬間。遮るようにリリーが割って入る。
その手に持っていたスノードームは変わらず光を放っており、大きな変化は見られない。
彼女は刃夜の手元にスノードームを返し、にっこりと微笑みを浮かべた。
「やはり隠し機能があったって報告をしたかったんだけど……邪魔をしてしまったかな」
「……いや。ご協力に感謝する」
言いかけた言葉は飲み込まれ、刃夜は口を閉ざした。
総真がどのような状態であれ自身が居れば問題ないと言いたげに鼻を鳴らしてから。
「先輩……」
「して、隠し機能とはなんだ。リリー女史」
尋ねても答えてくれないのは分かっていたために抗議の念を込めて刃夜を呼んでみたが、完全に無視された。
つい胡乱な目を向けてしまう。この人ほんとマジ。
だが隠し機能が気になるのは総真も同じだ。
一体何が見つかったのかと尋ねるとリリーはスノードームの裏面を見るように促した。
「これはボタンが1つしかないタイプで、押した回数によって機能が変化するようだ。300年前の戦争で使われていた通信機器の1種だね」
「大戦の時のものなんですか?なんでそんな古いものが……」
「通信機器は流通量が少なく、技術的に多くは作れないから修繕して扱うことがあるらしいよ。私も話に聞いただけだけれど」
北区では通信機器が質屋に置かれていたり、壊れたものが骨董品屋に並んでいるのを見たという。
どれも高級品で、下層には流通していない。中層以上で取り扱う品物となると高額なのは間違いない。
特に複数機能が搭載されているものは値が吊り上がり続けており、このスノードームはその中でも飛び切り機能が多いのだとか。
数分いじっただけでそこまで分かってしまうとは。
「この手のものは位置情報を共有するのと、通信機器として扱えるようになっている。緊急用だからスマホよりは不便だけれどね」
大戦時も歴史上では今とそう変わらない通信技術を使用していた。スマートフォンももちろん存在する。
位置情報共有機能に特化したスノードームは単独行動をする神が良く携行していた。
神が扱っていた危機は通話機能が搭載されており、かなり近くまで移動できれば声が届くかもしれないという。
便利なことに位置情報を示す光を出しながら声を届けることができる。
「この近くに該当する周波数はないから、まだ離れた場所にいるかもね」
「こんなに歩いたのにまだ離れてるってことですか?」
「うん。もしくは遮るものがある部屋にいるとか。位置情報と違って通話は遮蔽物があると遮られるから」
不思議なほど通信機器に詳しい彼女の助言に小さく頷く。
一時的な持ち主である刃夜も知らない情報だが、通信機器の種類の中にそういったものがあるという話は聞いたことがある。
リリーの話は信憑性が高く、刃夜はリリーの指示通りに通話機能を起動し始めた。
何度か裏面のボタンを押すと、スノードームからザザ、ザザというノイズが響き始める。
ホワイトノイズばかりが響いていて意味のある音は拾えていない。
近くには対になるスノードームがない証拠だ。
「通話可能範囲は何もなければ1キロくらいかな。これだけ入り組んでると500メートル以内ならなんとか」
「十分だ」
素直にリリーへと礼を言った刃夜は表情こそ違いが分からないが心なしか明るい気がする。
彼の探し物が思いのほか遠くにいることに気づきながら、未だ長い闇の奥は判別できないままでいた。




