刃へ写る#3
軋む体を無理やり引き摺って進む地下通路は水路よりもはるか昔からあるように見受けられた。
刃夜は変わらず輝くスノードームの指し示す方向に進んでおり一切の迷いがない。
何を探しているのかさっぱり分からないが出口のあてになるのだろうか。
「総真、体は平気かい」
「はい……歩けはします……歩けは……」
「それは平気とは言い難いね」
やはりどこかの骨が折れているのか、体にいまいち力が入らない。
情けないことにリリーに支えてもらいながら歩き続け、刃夜の後を追っていた。
彼は全くこちらに配慮した歩行をしていなかったがつかず離れずの距離を保ち続けている。
深水が深く波打つような感覚が周囲を覆っており、彩春の索敵を思い出した。
先行して周囲に敵がいないか安全確認も兼ねているようだ。
冷たいように見えて背後の一般人と負傷者を守ろうとしてくれている。
「インカムが通らないな……あの男一体どこまで……」
あの通信機器はもう一台がなければ反応しない。
スマートフォンとは違って特殊な方法で造られたもので、現存している機械は非常に珍しい。
効果範囲内であれば間に遮蔽物がどれだけあっても有効だ。
利便性とオーパーツと言って差し支えない性能から非常に高価な代物だと言われている。
あのスノードームはその中でもかなり高性能なものらしい。
効果範囲が明らかに広すぎる。数十キロは離れていても反応しそうだ。
刃夜の口ぶりから誰かを探しているのは間違いない。
彼の知り合いだろうか。だが任務だと言っているからにはシャーレの誰かだろう。
こんな地下に一体何の用が。
というよりもここは本当に地下水路なのだろうか。
辺りを見渡しても水の流れる音こそすれ、水路として機能しているようには見えない。
あちこちから地下水が漏れ出し、ひび割れた箇所から流れ落ちるばかりでどこかに運んでいるように見えないのだ。
浄化装置があるはずなのに周辺がかびやさびだらけなのもおかしい。
何の手も施されていないか、放棄された地下通路にしか見えない。
「あの……出口に向かって、いるんですよね……?」
「知らん」
刃夜からの返答はそっけない。スノードームが何を指しているのかは知っているが、どこを指しているのかまでは分からないからだ。
返事をしてくれるだけマシと考えるべきか、むやみやたらに歩く羽目になっていることを嘆くべきか。
「ここ、どれぐらい広いんですか?」
「知らん」
問いかけを投げても返答は全て「知らん」で統一されている。
ここはそもそも何なのか、どこに繋がっているのか、何の目的で造られているのか。
誰を追っていて、どこを目指していて、任務は何なのか。
尋ねたいことは山ほどあっても刃夜が回答してくれるものは1つとしてない。
「刃夜せんぱ……」
「うるさい。黙って歩け」
いくつもの質問を重ねていくうちに刃夜から怒りの滲んだ制止が届く。
一切振り返らずに投げかけられた言葉に怖気づき、ずきずきと痛む背を抱えたまま歩き続ける。
ただ真っ直ぐに続く道のりは薄暗く、壁はただの壁であり続ける。
視界に彩はなく全てに差がない。歩けば歩くほど方向が分からなくなっていく。
怪我を負って気が弱くなっているのか、この場所自体が酷く恐ろしい。
足が振るんで竦んでしまいそうな感覚と今すぐ逃げだしたい衝動が同時に襲ってくる。
傍でリリーが背に手を回していなかったら今すぐ後ろに駆け出していただろう。
いや、ともすれば振りほどいてでも逃げていたかもしれない。
この恐怖感は総真のものではない。
誰かの記憶がここは恐ろしく、醜悪で、今すぐ離れろと告げていた。
「総真、息が荒くなっているよ」
「はっ……は……すみませ……」
「背中が痛むんだね」
口から漏れ出る呼吸は進めば進むほど荒くなっていく。
足がもつれ始め膝が笑い、リリーごと転びそうになるのを何とか堪える。
これが痛みによるものならどれだけ良かっただろうか。
紛れもない恐怖感にトラウマを植え付けられた誰かが悲鳴を上げている。
前に進んではならない、近づいてはならない。
ガンガンと痛む頭は明日への警鐘を鳴らし、錯乱しそうな脳内で暴れ狂っている。
「私が支えているから、ゆっくり歩こう」
「は、い……」
リリーの言葉が耳に吹き込まれる。本当は歩きたくないのに不思議なことにリリーに言われると足が動き始める。
炎に全身を包まれたときと同じ感覚が身を包み、足先が熱く火照っていた。
「……これは」
前を歩いていた刃夜の言葉に震えていた歩みを止める。
どれほど進んできたのか定かではないが、続いていた道に変化が訪れていた。
彼が眺める先。そこは崩落した通路と果てしない暗闇。
崩れ落ちて瓦礫と化した通路は二股に別れており、その一部が永遠と続く闇に浸食されている。
円形にくりぬかれた闇はでこぼこと隆起し、土をえぐり、地下水を放出させ、何かが爆発したような姿を見せている。
その大きさは計り知れず大きさを測ることはおろか中心地は遥か遠く。
あちこちにアリの巣上に広がった穴が見えており、それが今いる通路と同じ構造であることが確認できた。
「この先だ」
スノードームが指し示しているのはえぐり取られた通路の先。
斜面が急で地下水でぬかるんだ地面はひとたび降りれば這い上がることは不可能だ。迂回するしかない。
どこまでも続く通路の一端に恐怖を覚えながら、彼らは奥深くへと足を踏み入れた。




