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水母の骨を拾う  作者: とりにてぃ
酸素は水面へ上りゆく

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刃へ写る#1

 ゴミ袋らしき黒い袋を引き摺った刃夜は総真とリリーの姿を見止めると嫌そうに眉根を寄せた。

 面倒なものに出会った、と言いたげだ。


 薄暗い地下で汗ばんだ髪をかき上げ、伯父に似た空色の瞳をもって睨みつける。

 天とは程遠い地下にあっても透き通る蒼天が鋭さを増し総真へ恐怖感を与えていた。


「貴様、伯父様の自宅に行っていたのではないのか」

「え!?そ、そう、ですけど……」

「チッ、あの雑魚はまともに見張りもできないなんて」


 どことなく白狼を思わせる言い回しに頬が引きつる。

 誰に対しての物言いなのかは分からないが、見張りの対象は総真と考えてよいだろう。


 もしや外出してはいけなかったのだろうか。

 だが誰にも止められなかったし、中層で出会った皇の人達も一瞥こそすれ声はかけてこなかった。


「あ、あのー……刃夜先輩はどうしてここに?」

「あ?見てわからんのか……いや……はぁ……僕が聞きたいくらいだ……一体僕は何をしているんだ……」


 額に手を当てて項垂れた彼の手には未だ大きな袋が握られたままだ。

 袋の中身は見えないがとても大きく重たいものなのは分かる。


 規則的な形をしており、四角い何かが入れられているのは確かだ。

 幸い動いたり暴れたりはしていない。


 刃夜はか細く任務であることを付け加え、自分自身も何をしているのかはっきり分かっていないと途方に暮れていた。

 北区であれだけ実力を見せつけパグロを追い詰めた先輩の姿にしては少し頼りない。彼自身も任務内容に困り果てているようだ。


「どんな任務なんですか?」

「一般人がいる前で任務内容を口にすることは禁じられてる」

「ごめんね。私がいるせいか。一度離れておこうか?」

「いや……ん……貴女は……」


 総真ばかりを視界に入れいていた刃夜の視線が半歩後ろを歩くリリーへ移る。

 しばし彼女をじっと見つめたのち、怪訝そうに片眉を上げた。


「珍しいな。葬務官の素質がありながら話を蹴った者か?」

「え、なんですかそれ」

「貴様気づいてないのか。彼女は莫大な深水を保有している。ともすれば伯父様よりも」


 言われても全くピンとこない。リリーが深水を多く保有しているなんて見ただけで分かるものか。

 剱よりも多い深水量だとすればそれは大きな力であると同時に彼女自身の身を案じる話でもある。


 そもそも葬務官の素質がある人間は皆いやおうなしに葬務官になると思っていた。

 まさか断れる話だったとは。


「私は体が弱いからね。ずっと寝たきりだったからその話は良く分からないな」

「そうか。子供の時分は保有量が多いと体が弱い者が多い。病弱であり突然死も珍しくない。空気の悪い下層を歩いていて問題ないか」

「大人になってからはそうでもないんだ。心配してくれてありがとう」

「力なき者を護るのは葬務官の務めだ。礼を言われる筋合いはない」


 まさかリリーの体が弱かったなんて知りもしなかった総真はあたふたと慌てふためき、刃夜から呆れた視線を送られる。

 ずっと歩き通しで休憩をいれなかったのも負担になってしまっただろうか。


 指輪のことばかり考えて気が急き、彼女のことをちゃんとみていなかった。


「ごめんなさい!どこか座りにいきましょう!か、カフェとか近くに……」

「治安の悪い下層で飲食店は少ない。ここから近くても1キロは離れている」

「うそぉ!?中心部なのにですか!?」

「つい先日近くの人気店が強盗に遭って臨時休業中だ。南区復興のしわ寄せだろう」


 流石皇家というべきか、彼は下層であろうとも地区の様子を良く知っていた。

 南区の壁外に多大なる被害を及ぼした大規模侵攻の影響で配給が全体的に滞っているらしい。


 南区で生産していた分が唐突に消えてしまったのだ。無理もない。

 幸い人間が生存していく分は問題ないのだが、娯楽用品や必要最低限以上のものは保証ができない。


 金が全てのこの区で必要分以上の生産を売っていたシャーレはその悉くを一時的に停止した。

 おかげで今北区にある分だけで食料や一部娯楽用品は手一杯。


 もともと金銭に困っている者たちが過ちを犯し始め、下層では何件か強盗被害が出ているらしい。

 皇家が対応に当たっているが状況は芳しくない。


「モノがなければ暴れるばかりだ。改善するのはまだ先だろうな」

「そんな……リリーさん、大丈夫ですか?疲れていませんか?」

「心配しなくても私は大丈夫だよ」

「座って休憩するだけならそこの公園にでも行けばいい」


 刃夜が指さした方向は質屋を探してぐるぐると回っていた場所の中心。

 見えてはいたが公園自体には一度も足を踏み入れてなかった。


 端から端まで公園の中心に立てば見える程度の小さな場所だが、人も少なく座って休むにはよさそうだ。

 助言の通り公園のベンチで少し休もうとリリーに促せば、その後ろから刃夜がずるずると音を立てながらついて来た。


「先輩?先輩も公園に用事が?」

「阿呆。配慮の足りていない貴様に一般人を任せられるか」

「ウッ……すみません……」


 自分の不甲斐なさで任務を中断させてしまった。その罪悪感と同時に確かに自分1人ではリリーの体を気遣えないことに納得してしまう。

 言い返すことができず奇妙な3人で公園へと足を踏み入れ、リリーをベンチに座らせた。


 やはり多少疲れていたようで座ってすぐに頽れるように背もたれに寄り掛かる。

 軽く汗ばんでいる額と共に顔を見れば、少しばかり青いことに気が付いた。


「下層って自販機もないんですか?」

「貯金箱を野ざらしにしろと。警備員でも立たせるか?そっちの方が金がかかるぞ」

「えぇ……」

「あはは!大丈夫だよ。少し休めば問題ないから」


 何と不便な立地か。急患を看護するのに果てしなく向いていない。

 リリーにまで気を遣われ、せめて横になってくれと頼むと彼女はゆっくりとベンチに身を横たえた。


 「ごめんね、まだ体が外になれていなくて」


 謝罪の言葉を口にしたリリーに2人は首を横に振った。

 配慮の足りていない総真が責められることはあれど、文句ひとつ言わず歩き回ってくれた彼女に責任はない。


 もしや指輪の捜索を1日で打ち切るという話はこの体調に繋がっているのだろうか。

 だとすれば本当に申し訳ないことをしたと、総真はすっかり青ざめた顔で頭を抱えた。


「リリーさん、今日はもう家に帰りませんか。これ以上は……」

「大丈夫。まだ歩けるよ。少し休めば問題ないから」

「捜索なら俺が1人で続けますって!」

「それじゃあダメなんだ」


 彼女は頑として家に帰るとは言わなかった。それほど指輪が大事なのだろう。

 物や人への執着は他人に推し量れるものではない。強く押し留めることができず、少しばかり背が仰け反る。


 傍からやり取りを見ていた刃夜は怪訝な表情を浮かべ、気だるそうにため息を吐いた。


「貴様。何を探しているんだ」

「俺の探し物じゃなくて……えっとですね……」


 事の経緯をところどころ端折りながら説明すると、意外なことに彼は真剣な顔で頷いた。

 他人の機微に疎く気持ちなどどうでもいいと考えそうな言動が多々見られたというのに、一般人には優しくできるのだろうか。


 彼はどこぞへとメールを打ちはじめ、ものの数分でピコン!と電子音が何度も響く。

 1つ1つを見ているのかいないのか、瞬間的に開いては閉じてを繰り返しようやっと総真達を視界に入れた。


「同一の指輪は皇に届けられておらず周辺の質屋、中古屋にもない」

「ええっと……つまり?」

「馬鹿が。誰にも拾われずその辺に落ちている可能性が高いという話だ」


 何故そんなことが分かるのかと質問するとそれはそれは大きなため息を吐かれた。

 彼は面倒くさそうに「皇は居住区の全てを把握している」とだけ教え、それ以上は何も言わなかった。


 良く分からないが皇家は落とし物の情報をかなり正確につかんでいるらしい。

 届け出がなく情報がないということはまだ誰にも発見されておらず、落とした場所にあり続けるか、全く別の場所にあるか。


 最悪なのは個人が拾ったまま所有し続けているケースだ。

 発見するのは難しく、その場合は諦めたほうがいいと彼は冷淡にも助言していた。


「落としたのなら、この公園にあると思うな」

「それは旦那さんが?」

「うん、この辺りのはずだよ」


 間違いないと付け加えた彼女の眼は強く輝いている。確信をもって言える何かがあるらしい。

 探しに出ようとすぐさま体を動かした総真とは対照的に刃夜はじっとベンチの傍で立ったまま。


 具合の悪い女性の護衛が必要かと思い立って何も言わずにいれば、彼は手に持った袋をわざとらしくごそごそと探り、四角い何かを開けていた。

 あれは袋の中にさらに箱が入っていたようだ。そのまま何を取り出したのかと思えば、綺麗なスノードームが入っていた。


「そ、それは?」

「任務の必需品だ」

「えぇ?スノードームが、ですか?」

「僕に聞くな。持ち主に聞け」


 あのスノードームは任務のために刃夜へ一時的に貸し出されたものだという。

 本来の持ち主は誰だか知らないが、許可を出したのはその者の家族なのだとか。


 どう使うのかは定かではないが、それを持ったまま再びベンチの近くでぼうっと立っている。

 非常に不安になるビジュアルに恐れおののいていると、彼は手で振り払うようなしぐさをしていた。


 僕に構うな、と言いたいたらしい。

 任務中の様子のおかしい先輩にわざわざ近づくのは躊躇われ、言われた通りに捜索に戻る。


 背後から迫りくる圧がとんでもないが、1度捜索に集中すれば気になるほどでもない。

 木々をかき分け、砂場を飛び越え、少ない遊具の周りを這いつくばりながら探し回る。


 ほんの小さな輪を色味と質感だけで探そうというのは無謀だ。

 植え込みをかき分け枝葉に指を痛めながら体中に枯葉をくっつけ、手先に泥が飛ぶ。


 白い制服が汚れていくのに構うことなく探し回っていると、ふいに刃夜の方から淡く輝く光が映りこんだ。

 ほんのりと発光する程度のものだが、それでも目立つ輝きは彼の葬術に似ている。


 閃光を発したものは幸い全てを切り裂く刃ではなく、彼が手にしたスノードームであった。


「……こっちか」


 ドームは1方向に強い光を放ち続けている。

 刃夜がそれに合わせて移動する様はシュールで、何が起こっているのか全く理解できなかった。


 リリーから離れていくのを眺め、慌てて彼女の元に寄る。

 ずんずんと離れて行ってしまう刃夜を呆然と見つめていると、リリーがゆっくりとベンチから上体を起こした。


「あれは、位置共有の機械かな」

「え!?あれが!?」

「どう見てもおもちゃだし、大仰な装置だけど似たようなものを見たことがあるね」


 位置共有装置とは対になった装置を近づけることで、互いの位置を把握する優れものだ。

 はるか昔GPSと呼ばれるもので位置が共有できていたそうだが、生憎既にそのシステムは崩壊した。


 今は特定の周波数を発し続け、近づいた時だけ反応する仕組みだ。

 トランシーバー型や携帯型、アプリで見たことはあれどスノードーム型は初めて見た。


「一緒に行ってみようか」

「え!?ちょ、リリーさん!?」


 ふらふらと吸い込まれていくリリーを追い、2人で刃夜の背について行く。

 光るスノードームを追うなんて奇妙な体験にめまいがしてくるようであった。


 

 

 

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