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水母の骨を拾う  作者: とりにてぃ
酸素は水面へ上りゆく

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刃の夜#1

 北区、泡消滅地点。消滅から1分後。

 突如その場から消え去った総真を探すために周囲を見渡していたパグロは瞬間的に周辺の深水濃度が上昇したことを悟る。


 海魔が消え去った後だというのに急激に上がっていく深水濃度はパグロを囲う檻となり、一切の隙間なく綿密に何かが存在していることを知らせていた。

 決して死角に入れられない存在、目の前に立ったまま微動だにしない男を中心に据える。


 殴りかかろうと拳を振りぬいてもひらりと躱すか剣で受け流されてしまい手ごたえがない。

 煙を相手にしているかのような不確定さに嫌気がさす。


「貴様、人間としての戦闘は素人だな」

「だったらなんなのかしら」

「腕の長さ、足の動かし方、頭の大きさまで把握できていない。その肉体に適応できていない証拠」


 黙ってパグロを観察し続けていた刃夜からの指摘に思わず眉間へしわが寄る。

 彼の言う通りこの肉体を手にしてまだ数日。未だ違和感を拭えていない。


「だが人間としての動かし方は知っている。馬鹿らしい」


 武人としてこの男は明確にパグロの弱点を突いている。

 肉体を正確に操れないのは戦闘においては致命的。だがそれでも仕留め切れていないのは深水という一点でパグロが勝っているから。


 この点を突破できなければ彼の攻撃は深水濃度との拮抗勝負で負ける。

 攻撃が当たっても通ることがないのだ。


「邪魔者は消えた。僕もぬるい諍いに時間を拘束されるほど暇じゃない」


 刹那。あちこちに揺蕩っていた深水がさらに増えていく。

 一体どうやって増やし続けているのか定かではないが、確かに深水濃度が上昇している。


 1人の人間が排出できる量ではない。仮のこれだけの深水を体内に宿していたのならただでは済まないはず。

 放出にだって脱水症状の危険性がある。だというのに、肌で感じる深海のように暗く冷たい感覚は増すばかり。


「私だってお前の相手をしてやるほど暇じゃないの」


 目的もなく葬務官と戦闘するのは愚策だ。必然的に手の内を晒す危険性が高まり、最悪死んでしまうかもしれない。

 肉体になれていない現状で1人は明らかに不利だ。


 逃げよう。

 その一心で出口を探し続けているが時間がかかればかかるほど穴が塞がっている。


 小さな円から徐々に遠くまで深水の気配が広がっていき、ついにはドーム状に天へと昇っていく。

 彼はその場から一歩も動いていないというのに。


「手早く終わらせよう。貴様の生をな」

「おー怖い。若い子の癇癪は手に負えないわ」


 男が振り上げた剣が真っ直ぐ斬撃となり路を削って進んでくる。

 青白い閃光を左に飛びのいて躱し、続いてくるであろう斬撃に備えて再び右に飛びのこうと軸足を地につける。


 その瞬間。何かが空を切る音を聞き、ガクンッ!と全身がふら付く。

 地面へ倒れ込みそうな身を片手をついて翻し、本来あるはずの左足の膝から下がないことを悟った。


「脚を斬られて無反応か。人型でも海魔には痛覚がないのかな」


 先のない脚からは青みがかった血が滴り落ちる。片足で立つには不足で、深水を足の形に形成し安定性を保った。

 この時ばかりは元が不定形の生物で助かる。人体の修復は後でどうとでもなるだろう。


 問題は男の攻撃だ。

 先ほどとは桁違いに威力が上がっている。


 先ほどは攻撃のたびに地面をえぐり取っていたが、今は文字通り地面を斬っている。

 乱雑に削っていた刃とは訳が違う。斬り捨てることに一点集中。切れ味に特化した攻撃は深水の壁に深く噛みついた。


「さっきまではお遊びだったわけ。理解したわ」


 コイツの相手はだめだ。今すぐ逃げなければ。

 警鐘が鳴り響く。目の前の相手はきっと真の意味で全力ではない。


 先ほど脚を斬った刃は視界の外から降ってきた。

 代わりにドーム状に覆っていた深水の一部に穴が空いている。


 だが発生した穴は瞬時に修復されてしまい、抜けていくにはあまりにも遠すぎる。

 あの斬撃自体は何度も受けられない。足だけならまだしも手足を捥がれて身動きが取れなくなれば肉体を捨てなければならない。


 体を捨てれば受肉した意味がなくなるし、本体を叩かれればそれこそ海魔として死だ。

 何としてでも体を保ったままここを切り抜けなければ。


「殺す前に聞いておく。貴様は何故北区を訪れた」

「そんなことを聞いて何になるのかしら。殺す相手にわざわざ目的を問うの?」

「僕は貴様の動向に興味はない。上が聞いて来いとうるさいだけだ」

「へぇ。ま、別に答えてあげてもいいの。大した用じゃないし」


 構えが解かれることはなかったが不意打ちされる心配はぐっと減った。

 情報を求めて対話を要求してくる相手は話を聞かない殺戮マシーンより扱いやすい。


 脱出経路を探りながら慎重に言葉を探る。

 なるべく長引くように濁しながら、かといって相手が痺れを切らさないように返答は数秒以内に行う。


「お前達では私たちの目的を推し量れないようだし、有難く拝聴するといいの」


 煽るような言葉を述べて逆上を狙ってみたが、やはりなしのつぶて。

 ここまで感情の起伏が少ない人間は珍しい。海魔を相手にしている人間に必要な技術とは思えない。


 じっとこちらを見つめ続ける刃夜に居心地が悪く、こめかみがずきずきと痛んだ。


「私がここを訪れたのはお前たちの研究に関すること」


 ここ北区では深水に関する研究が数多く行われている。

 深水は猛毒であると同時に資源を生み出す大切な資源だ。研究が捗ればもっと有意義な生活も夢ではない。


 研究施設は北と東の両方にあるが、ここ北区ではほかの区では行っていない特殊な実験を行っていた。


「お前たちは海魔を捕らえてここで実験台にしている。そうでしょ?」


 眼前の男から返事はない。ピクリとも動かない表情に嫌気がさす。

 葬務官がどこまで内部の情報を知っているのか分からないが、海魔を捕らえるなら確実に葬務官が協力している。


 パグロの推測では口封じがしやすく実力が確かな者に与えられる任務のはずだ。

 目の前の男はそういった類にうってつけのように見える。


 パグロと相対しているのも、この質問も上からの指示だと言っていた。


「泡に囲まれたら弔う以外に選択肢のない海魔をどう捕らえると」

「さあ。重要なのは捕まえる方法ではなく、海魔が捕まって実験台にされていることだもの」


 冗長に話を進めていても相手はピクリとも動かない。

 刃で空間を固めている故の余裕だろう。


 だがこ(・)こ(・)ま(・)で(・)来(・)た(・)道(・)までのルートは確保した。

 多少体が削られることを覚悟で、ここを突破しなければ。


 幸い、こちらに援軍が来たようだし。


「海魔から得られる情報は山のようにあるだろうけれど、お前たちの実験はそれが目的じゃないのは分かっているの」

「ほう」

「でも何をしているのかまではまだつかめていない。ここまで来て成果なしはいやよ」


 男の視線がこちらに集中するようにゆっくりと歩き出す。

 足の先から頭のてっぺんまで見つめ続ける目を捕らえ、パグロは走り出した。


「だから、少し痛い目に会ってもらおうかしら!」


 一か八か。真っ直ぐ男へと飛び込んだパグロの周囲に一斉に閃光が降り注ぐ。

 1つでも食らえばそこそこの大怪我だ。


 飽和攻撃にも似た物量を駆け抜けることで避け続けるが、まっすぐ走っていてはすぐさま軌道修正されてしまう。

 進んだ先に落ちた刃を飛び越え、背後に立つビルが轟音を立ててずり落ちてくる。


 真っ直ぐ綺麗な切込みに沿って崩れ落ちるビルの中、煙の中に飛び込んだ。

 あちこちが砂煙と土埃に塗れ、足場が悪い中を全力で駆け抜ける。


 いくつもの刃が今尚追い続けているが命中精度は下がった。

 だが代わりに瓦礫を粉みじんにする勢いで雨が降り続け、隠れても外に出ても胴体と足が泣き別れになりそうだ。


 ふと、背後から悪寒を感じ、咄嗟に手を前に出す。

 ガキンッ!と硬い何かにぶつかる感触と深水で固められた手に僅かにひびが入る。


「およそ人間の肉体とは思えんな」

「お前もね!」


 その辺の葬務官であればひとひねりだと言っていたアビスの言葉を信じるのではなかった。

 受け止めた剣は青白く光り続け、気を抜けば両腕を持っていかれてしまう。


 剣を折ろうと手に力を入れると刃が突き刺さってしまい、爪を強く突き立てた。

 パキッパキッ!と剣からひびの入る音が響き渡る。


 獲物を折られまいと退くことを期待してさらに力を籠めると、相手も馬鹿力と表現するにふさわしい強さで押し通さんとしてくる。

 拮抗した力は剣に大きな負担をかけ、パキンッ!と音を立てて剣が粉々に砕け散った。


「はっ!獲物を折るなんて浅はかね!どうやって戦うつもりかしら!」

「浅はかなのは貴様だ」


 左手を天へ掲げると同時に、青白い光が男の手へと収まっていく。

 瞬時に先ほど負ったはずの剣が握られており、パグロは思わず全速力で飛び退いた。


「武器は、折れるものだ」


 振り下ろした剣から放たれた刃は衰えを知らず、再び真っ直ぐ襲い掛かってくる。

 一体どこから武器を取り出したのかすら分からなかった。


 少なくともあの男は予備を複数本備えており、それを瞬時に呼び出す方法があるということだ。

 これはまずい。武器さえなくなれば本人からの攻撃は減ると思っていたのに。


「造った人に申し訳ないと思わないのかしら!」

「少し力をかけただけで折れるような武器を造って職人はさぞ恥を抱くことだろう。葬ってやったのだからむしろ感謝されてしかるべきだ」

「お前、絶対友達いないの!」


 余裕がなくなって子供のような暴言を吐くと鼻で笑われる。

 何と嫌味たらしいことか。


 血の滴る手は深水で止血し、透明な脚を前に出す。

 降り注ぐ剣戟へ深水の塊になってしまった脚をぶち当て、回し蹴りを側頭部目掛けて放つ。


「甘い」


 剣と腕一本で受け止められ、返す手で再び脚を斬り落とされる。

 すぐに再生したが、深水の塊でも男の一撃は防げなくなってきている。


 男に弾切れの予兆はない。一方こちらは慣れない体で戦い続け、精神的な疲労で限界だ。

 ふらりと立ち上がる姿は心もとなく、当然隙を逃してくれるほど相手は甘くなかった。


 瓦礫の外へと斬り付けられ、幾度も地面へ打ち付けられながら数メートル吹き飛ばされる。

 あちこちに怪我を負いながらも斬られた部分だけは防御を固め、少し赤くなるだけで済んだ。


「防ぐか。大人しく食らっておけばいいものを」


 何もない道の真ん中。遮蔽物もないこの状況で次の一撃をもらえば重傷は避けられない。

 見渡す限りに眩く青空と見まごう程飛び交う閃光に瞼に火花が散り、パグロはゆっくりと地面に伏せた。


 そうして、くすくすと小さく笑い始める。


「お前、戦うことしか能がないようね」


 ゆっくりと、震える両手で体をささ、頬から血を流しながらも男を嘲笑う。

 まさか、逃げるためのルートがこんな場所にあるなんて、思いもしていないだろうから。


「逃げ道は地上だけじゃないの」

 

 その手の下にある、マンホールを指先1つで叩き割る。

 重力に従って地下深くへと掘られた穴へ身が滑り落ちる。


 男が剣を突き立てるよりも早く、パグロは薄暗い穴へと落ちて行った。

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