濁流に生まれた子#4
再び始まった鬼ごっこの最中、飛んでくる閃光が当たらないと信じていても恐ろしくてつい足が竦んでしまう。
だが追いつかれれば戦闘に巻き込まれるのは必至。総真はともかく、他の2人は大怪我間違いなしだ。
パグロが回避と追跡に徹して機動力を上げているのに対し、背後を追う刃夜はパグロの隙を的確に突いている。
飛び上がって着地する寸前、方向転換で揺れ動いた軸足、ほんの一瞬遅れた瞬き。
全て死角から数百という斬撃を叩きつけ、閃光が眩いほど輝いている。
長時間のマラソンに息も絶え絶えな総真とは違いパグロも刃夜も息1つ乱さず攻防を続けている。
ほんの少しでも総真のヒットボックスからはみ出た部分は閃光の着地対象だ。
彩春と白狼を必死に抱え込んで走り続け、尋常じゃない汗が噴き出している。
「あれ水月孔の1種だろ!?ほんとに同じか!?」
「わ、たしの、すい、げ、つ、こうの……大本、で……水月刃っていう……スタンダートな、葬術……」
「主席が弾丸ならありゃ刃そのものを飛ばしてんな……あんな連発できるモンなのか!?」
「わたしなら、むりっ」
彩春の水月孔は一点集中。小さな弾丸として射出した深水を貫通させることで海魔を弔う。
刃夜が放っている水月刃は広範囲かつ薄い刃を音速を超える速度で飛ばす切断技だ。
両刃の剣を巧みに扱い、残像すら目に留まらない速度で刃を打ち出している。
刃自体にも触れれば真っ2つだ。飛んでくる閃光も巨大な爪痕を残し、あちこちに大型の海魔が暴れたような形跡が残る。
人間とは到底思えない離れ業。しかもひとたび振るえば10は刃が飛んでくる。
効率と手数を両立させる狡猾さと太刀筋の素直さが相反し、圧倒的な物量で逃げ道を塞ぎ続けていた。
「これだけ巻き込まれてたらそろそろ泡が割れてもいいころじゃね!?」
「パグロの指示で数匹隠してんだろ!泡が割れちゃ俺達が逃げるだろ!」
「やりそう!」
一歩踏み出すためにイワシに道を塞がれ、白狼と彩春が応戦してくれているが状況は芳しくない。
かなりの数、イワシを弔ったはずなのに泡が全く割れる気配がない。
深水溜まりの存在は確認できていない上にイワシの数は減り続けている。
白狼の言う通り数匹をどこかに隠し、割れないようにパグロが制限しているのかもしれない。
泡の内部が行き来できるパグロにとってこの泡は葬務官から逃げるための逃走手段であり、総真を閉じ込められる檻だ。
逃げたければ泡を通って撤退すればいいし、総真を捕まえたいならここに留まって追い続ければいい。
言葉の端々から論理と知識の牙城を重んじるような合理性を感じていたが、彼女もまた狡猾で抜かりない。
「スタンダートな葬術ですって。生まれ持った能力に恵まれたわけではないのね」
前方を走る子供たちの声を聞いていたのか、パグロが煽るように刃夜へ嘲笑を向ける。
しかし彼は全く表情を変えず、変わらず重心が傾いた先へ閃光を放った。
くるりを身を翻して躱しながら、彼女はつまらなそうに目を細める。
何度かこうしてパグロから刃夜へ煽りとも取れる言葉を投げかけているのだが、彼は決して耳を傾けない。
最初の何回かは返答があったような気もするがそのあとはなしのつぶてだ。
まるで喋るおもちゃを見ているかのような、スピーカーを眺めているときのように無感情だ。
「海魔は話さない。人の形をしていない。私には当てはまらないお前達の常識がいくつもあるのは理解しているけれど、無視は酷いのではないかしら」
なおも彼は黙ったままだ。
感情に左右されず任務を遂行するのは兵士の鏡だ。少なくともパグロはそう捉えている。
だが刃夜の行動は理解をまるっきり阻む拒絶にもうつる。
ここ数日調べたこの地上の歴史では、海魔の研究は殆ど進んでおらず未解明な部分が多いはずだ。
こうしてレアケースに出会い、会話の意志が見られる個体に出会ったのなら好奇心が湧いて仕方がないはず。
人類への利益という点でも刃夜の行動は不可解な点が多い。
「レンガの壁に話しかけているみたいね。知りもせず対話もせず私を殺そうなんて浅はかな。思考停止は賢いとはいえないの」
一瞬、ピクリと彼の瞼が動いた。何かがやっと引っかかったようだ。
攻撃の手を緩めることはなく、かといって過剰になることはなく。激情に身をまかせない彼は、口を動かし始めた。
「貴様は何か勘違いをしているようだ。無理もない。脳のない海魔に神への祈りを捧げても無意味だ」
「豚に真珠を投げるようなものとでも?」
ここで途切れると再び口を閉ざすだろうという勘に従い、関心を引き続ける。
パグロにとって刃夜を相手取るのは造作もないことだが、総真を追いかけながら相手にするには分が悪い。
少しでも注意を引けないかと口を開くのを待っていたが、彼はただじっとこちらを見つめ、呆れたように息を吐いた。
「死体に話しかける趣味はない」
今度はパグロが口端を歪める番だった。
湧き上がる苛立ちに流されるほど若くはない。だが無視できるような言葉ではない。
ピタリと総真達を追うのをやめ、その場で刃夜と対峙する。
ためらうことなく真っ直ぐ突進してきた剣をいなし、水月刃を手刀で弾き飛ばした。
「あら。御大層な趣味をお持ちなのかと思っていたの」
「ガワに綿だけ詰めても腐った性根は治らん。縫い目から腐臭がするな。それとも貴様の芯か」
「生肉よりマシなの」
一触即発。互いに一歩も引かない煽り合いの中、鋭い眼光がかち合う。
どこからともなく聞こえてきた泡の弾ける音に、眩い程の光がとびっ散った。




