閑話 不協和音でも構わないから#1
音楽に統一した名前とそれぞれの元になった海魔の型からコードネームを付けられた兄妹達は自身の名を冠する音楽を愛した。
最初はコードネームだけだった彼らに長兄が自分達だけの名だとつけ始めたのが始まりだったからだ。
前奏曲、幻想曲、独唱曲、ロックンロール、ジャズ、追複曲、輪舞曲。
兄が赤子のころにその子に相応しい名を選び、物心がついたころ名づけの意味を教えられる。
ロックは逞しくくじけぬ心で抗う強さを、カノンは少しばかり誰かの後を追って少しずつ共に歩んでいく愛を。
子の名前を誠心誠意選ぶ親の如く、兄は兄妹達に合う名前を選んでくれた。
少し大きくなった三男のジャズが楽器でそろえて1つの曲を奏でられるという意味にしなかったのはなぜかと兄に聞いた。
兄から音楽に統一した理由を、最初は楽器でそろえようとしたのだと言われたからだ。
兄は皆で1つの曲を奏でるのもきっと楽しいだろうと頷いた。
だが兄は綺麗な曲を奏でる必要はないのだと大口を開けて笑った。
たとえそれが不協和音であろうとも皆が楽しく思い思いに未来を描き、笑ってくれていれば何でも構わない。
正しくあろうとしなくてもいい。兄妹達が描く未来が正しいのだと、周囲を変えて見せるから。
兄の傲慢な言葉があの時はとてもうれしくて無邪気に喜んでいた。
それが常識を全て覆し、歴史を闇に葬り去り、生きとし生ける全てを侵害する行為だったとしても。
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「ロック様とカノン様って名前音楽から取られてますよね?誰が名付け親なんですか?」
「リュードお兄様だよ」
「リュード様の名付け親は?リュード様も音楽系?」
「お兄様の名付け親はお兄様本人。プレリュードという意味らしいの」
「へー、長男だから前奏曲?序曲の方が良くないですかぁ?なんかかっこいいし」
「私たち兄妹も一緒に考えたんだよ。気に入ってるんだけど……」
「カノン様センスの塊!素晴らしい感性!名は体を表すとはまさにこのこと!お名前1つでリュード様の優れた手腕と人格者であることを示しています!」
背後から聞こえる幸せの青い鳥にも似た愛しき妹の囀りと汚泥を詰め込んだ土砂崩れの濁流が一緒に音として訪れている。
秋雨と共に命も投げうってしまえばよかったのにと心底思うが、憎らしい男を信頼している妹の前では口が裂けてもちょっとしか言えない。
今すぐ殺してやろうかとも思うが、この男、秋仁を連れていくことが北区にある居住区へ入ることの条件だったために今すぐ息絶えろとも命令できない。
冬仕も面倒なことを言って来た。
「俺のかわいい妹に気安く話しかけてんじゃねぇよウジ虫」
「おやまあお義兄様ぁ、俺にはちゃーんと責務を全うしているだけですよぉ」
「キッショ、返事するな。誰がテメェの兄だ。冬仕に言いやがれぶっ殺すぞ」
「話しかけてきたのそっちなのにぃ」
終始機嫌のよい秋仁は殺意を向けているロックにさえ猫なで声で話しかけている。
しばらく離れていたカノンの傍にいられるのが余程嬉しいのか、どれだけ暴言を吐いても横柄な態度をとってもにこやかに笑っている。
むしろ兄からの嫉妬は盆明けに吹く季節変わりの涼やかな風の如しと言いたげだ。
今すぐ殺してやりたいのは山々だが、カノンが嬉しそうに笑うものだから強く主張できない。
「お兄様。秋仁と仲良くしてね」
「……分かってるよ。カノン。俺はお前がかわいい。お前がウジ虫をペットにしていても怒ったりしないし無暗につぶしたりしない」
「俺ペット枠なんですか?」
「ペットでも烏滸がましい。やっぱ殺すか」
「前言撤回が早すぎますよ!」
北区、居住区の一角。
今にもその規格外の握力をもって顔面を握り潰そうとするロックから逃れるため、秋仁がカノンの傍による。
カノンは眉を八の字に下げて困ったように笑うだけで止めはしなかったが、ロックは拳を納めた。
万が一にも妹に当たれば立ち直れない。
「そもそもなんでテメェが俺達の護衛役なんだ」
「いやぁ皇家の管轄ですから彼らに頼んでも良かったのですが、先日の戦闘で皇も手薄でして。それにお二人の護衛役は側仕えの選出が基本ですから」
「刀も持てねぇ無能引っ張ってきて何が護衛だアホ」
数日経ったとはいえ秋仁の傷は回復していない。
未だ刀を持つに至らず、折れた刀の代わりを調節中だ。
四季一刀流も修めていることは知っているが、護衛としては全く役に立たない。
北区に詳しい皇家を引っ張ってきたほうが幾分か役に立つというものだ。
だが残念ながら神の相手ができ、かつ護衛までこなすとなると剱を引っ張ってくる以外に選択肢がない。
剱は眠り続けるリュードの傍を離れるのを極端に嫌う上、アビスが侵入するかもしれない状況だ。
ロックとカノンも剱を兄から引き剥がすのは本意ではない。
だが冬仕からは必ず誰か相応しい護衛を付けないと北区へ行かせないと言われ、致し方なく秋仁を引っ張ってきた。
「いやーにしても冬仕のいうことを聞くなんて明日は槍でも降るんですかぁ」
「チッ……出かけるときに言わねぇとアイツ総真呼びつけんだろうが」
「ロック様への切り札としてはやりかねませんね」
基本的に側仕えかつシャーレの総帥たる冬仕の言葉は重い。
カノンでさえ彼のいうことは素直に聞くぐらいだ。
だがロックは絶対に冬仕のいうことを聞かず引っ掻き回すようなことをする。
そんな彼が大人しく従っている理由はただ1つ。総真に余計な負担をかけないためだ。
息子には甘すぎると冬仕が顔を顰めていたが、本当に甘いと思う。
尖りすぎて人間の体を物理的に貫通させ怪我を負わせた男の姿には見えない。
「めっちゃウケる」
「ぶっ殺す」
「お兄様!」
尖っていた刃が丸くなったわけではないことを忘れて近寄ると危ないのも忘れて絡む迂闊な生き物は秋仁だけだ。
この舐め腐った男を今すぐ殺さなければ鉾は収まらないと声を荒げ、カノンが必死に兄の腕に触手を巻き付けた。
振り上げた拳に触手が巻き付いたところで渋々腕をおろし、先を急ぐように足を速める。
知り尽くした土地で戯れるためにわざわざ中央区を離れたわけではない。
カノンまで連れたって北区を訪れたのは下層に用があるが故だ。
随分変わり果てた地を見て回り、目的地を記憶を頼りに探す。
景色は変わってしまったがこの狭い世界で座標を間違えるほど耄碌していない。
地上に露出していた施設は跡形もなく消えてしまっているが、地下は一部施設が残存しているというのがリュードの言だ。
下層では好き勝手に建築物が立ち並び無節操な風景と化している。
整備された道の端々には居住区で安定した職に就けない者たちが屯しており、命を脅かされることはないまでも貧しい生活を強いられている。
だが彼らは皆一様に笑顔だ。
保護され、仕事を与えられ、何不自由なく暮らせる権利を蹴ってこの地に来た者たちなのだ。
多少の苦労も本望なのだろう。
自らで選ぶ権利を主張する人類のことは全く理解できないが、人間達が幸せであれば亡くなった兄妹達も浮かばれよう。
ここを自治区にしたのは人間達が主張する権利を受け入れるためだと思っていたが、兄はさらに別の思惑を隠していた。
人々が望んで寄り付くような場所にはロックもカノンも進んでは近づかない。
都合の良いラボの出来上がりというわけだ。
通りで居住区の一角を皇家名義であちこち買わせていたわけだ。
土地を貸し出すことで皇家は不労所得を手に入れ、一部をリュードに献上することで覚えを目出度くしている。
何と浅ましい考えかと愚弄していた行動は兄による指示。
これでリュード本人が購入した土地と皇家名義で購入した土地がうやむやになり、長い年月をかけて曖昧にしていったのだ。
下層にもいくつか皇家とリュードが共同で管理していると書面に書かれた土地がある。
今回探しているかつての住処もその1つだ。
地上の入口部分のみを買い取り、公園としてだたっぴろい芝生を敷いている。
「周りの家は一般の住宅か」
「流石に手下で固めるような露骨な真似はしてませんね」
新たに鉄の空を敷き、天を恐れぬ所業を行うこの居住区でわざわざ土地を買って公園にするなど余程の暇人でなければやらない。
だが土地がまだ安い時代に買い叩いて公園となったこの場所は最初からある広場という認識で下層に根付いている。
近隣の子供たちはここで遊び、住人の監視の目が常にある。
そんな中リュードがここを訪れれば目立つはずなのだが、一度も噂にすらなったことがない。
「みたところまっさらな公園だな。入口らしきものはねぇ」
「少し触手を這わせてみるね……」
「俺も周辺を見てきます」
辺りを探りに行った秋仁を放置し、カノンの傍による。
彼女の触手の邪魔にならぬよう身を寄せ、植木と花畑しかない公園を見渡した。
広さは中心に立ってぐるりと一周すれば全てが見えてしまうほどの広さだ。
記憶の中のものとは似ても似つかない光景だったが間違いなくこの下にあると確信している。
本能にも似た衝動が真っ直ぐと下に伸びており、この気持ちは否定しようがない。
必ずリュードが使用していた入口があるはずだ。
「……お兄様。い、一か所だけどうしても通れないところがあるよ」
「どこだ」
「右手にある花壇の裏……正方形に認識できない壁があるみたい」
「選択的消去か。厄介だな」
リュードの葬術、選択的消去によって入口が隠匿されている場合、場所が分かったとしても認識できなければ扉1つ叩けない。
葬術の解除は難しい。物に付与された葬術を解除するには、葬術自体を浄化するしかない。
リュードが長年隠し続けてきた入口が生半可な葬術で隠されているはずもなく。
そもそも選択的消去は膨大な深水を用いる。太刀打ちできる相手ではない。
虚空を真四角に囲う触手を眺め、2人で頭を捻る。
中心に触れても土の感触があるばかりで本来存在しているであろう地下に続くハッチに触れられない。
「あ、何か見つかりました?」
「何も見つかっていない」
「え~?じゃあなんでこんなところに……あら?何ですかこの場所」
何もない場所をぐるぐると巡回する触手を見て首を傾げた秋仁に胡乱な目を向ける。
やはり奴にも見えていないのだろうと行動を見守っていると、ふいにその手が虚空にある何かを掴んだ。
「ハッチみたいなのありますね。全然気づかなかった」
「は?お前そこにあるものが見えてんのか?」
「え?見えてますよ?もしかして認識できてないんですか?」
珍しく真面目な口調の彼に癪ではあるが正直に頷く。
秋仁はしばし顎に手を当てて考え込み、取っ手の部分らしき場所から手を離し、数メートル距離を置いた場所に立って見せた。
「俺、この位置から見るとハッチが見えないんですよ」
「なに?」
「逆に近づくと見えるんです。でもさっきここを目視で確認したときは見えなかったんですけどね……おかしいな」
近づいたり離れたり。
何度も繰り返して検証を続ける秋仁にはやはりハッチが見えているらしい。
ロックとカノンには全くかけらも認識できず、形状すら分からない。
秋仁はしばしそうして検証を続けていたが、ハッと神達を見つめ2人に離れるように願い出る。
「俺が近づいてお2人が離れたときは……見えませんね」
「……えっと……神と人間が一緒に近づいて、人間だけが見えるようになる仕掛けがあるってこと……?」
「そのようです。これってこの条件はリュード様にも適応されるんですか?」
「適応される。元は兄上が見ないための葬術だ。本人が見えちゃ本末転倒だろ」
「なるほど……大方、リュード様は皇の誰かを連れていたのでしょう。皇家の者であれば辺りに金を握らせて緘口令を敷くなど造作もありません」
金が全てのこの地では財力のある皇家はやりたい放題だ。
秋仁の憶測は的を得ている。あながち間違いではないのだろう。
だがハッチが比較的簡単に見つかったのは朗報だ。
問題はこの先にあるのだ。入口探しで躓いては困る。
「人間にしか見えないって、アビス対策なんですかね」
「さぁな。ここを掘り返しちまえば意味のねぇ葬術だ」
所詮は時間稼ぎ。もしくは地下の施設はもうなくなったと錯覚させるための偽装なのか。
何はともあれ地下に行けば分かること。
秋仁にハッチを開けさせると、自然と真っ暗な穴が現れる。
相変わらずハッチ自体は認識できないが、入口たる穴は見えていた。
ロックを先頭に薄暗く先の見えない暗がりへと飛び降りる。
はるか地下。300年前に造られた忌々しい古巣への来訪は凍えるような寒さと共にはじまった。




