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水母の骨を拾う  作者: とりにてぃ
酸素は水面へ上りゆく

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過酷な北風#3

 深水操作による走行は快適の一言に尽きる。

 身体能力の劇的な向上は付け焼刃だとしても体が軽く感じるものだ。


 本来の自分が動き回っているかのような解放感に足取りが軽く、青空とコンクリートの合間を飛び上がる度に体が喜びにあふれた。

 先を行く彩春と白狼とはかなり距離が離れていたはずだが、ビルを1つ足場にするたびに距離が縮まっていく。


 屋上を走り助走を付けて隣のビルへ飛び移る2人とは違い、総真は着地と同時に次のビルへと飛び移る。

 速度の違いは圧倒的で、先頭を走る彩春の頬に冷や汗が浮かぶ。


「あの野郎!マジで足だけは速えぇ!」

「身体能力だけなら神に匹敵するかもね!」


 追い立てられるウサギの如き気持ちを味わう先頭は、次第にペースが速くなっていく。

 つられていつもよりも速く足を動かし続けているためか、フルマラソンに参加しているときのような気分だ。


 総真はまだ深水操作を習得して3日。

 神崎家に生まれ、幼少から葬術を扱ってきた彩春にとって既に並び立たれている事実は背をひり付かせる。


 これから弔わなければならないというのに、この走り込みだけでへばりそうだ。

 総真はただ軽くジョギングしているつもりかもしれないが、白狼と彩春は既に息が切れている。


 数十キロの道のりを駆け抜けること10数分。

 はるか遠くにポツンと見えていた泡がすぐ近くまで迫ってくる。

 

「近くに見えてきたわ!あの泡よ!」

「あそこに行けばいいんだな!」

「あ!おい!」


 場所さえわかれば道なりは単調だ。

 飛び移っていいビルと立ち入ってはいけないビルには明確に差がある。


 高さがルート用にそろえられ、屋上に手すりがない場所が通っていい場所。

 逆に手すりや柵がある場所は入ってはいけない場所だ。


 それさえわかれば後は脚に身をまかせ、総真は次々に飛んでいく。

 時にビル2つ分を飛び越え、気が付けば泡の縁に消えて行った。


「あれだけ早かったのに加減してたってこと?」

「ムカつく雑魚だ!」


 怒りに任せて速度を上げた白狼にも追い抜かれ、彩春はため息を吐く。

 弔うための体力も残しておかねばならないのに、あれでは戦闘中にばててしまうかもしれない。


 イワシ型は比較的簡単な部類とはいえ、とても心配だ。

 特に最も体力のない自分自身がとても心配で、移動のために体内の深水をかなり循環させたことが気がかりだ。


 循環させている限り消費量は抑えられるが、汗をかいたり涙を流したり怪我をして血をながしたりすると深水の総量は減る。

 装備に何本か深水のボトルを持ち込んでるが、足りるかどうか。


「白狼!ペース配分大丈夫なの!?」

「ああ!?主席サマこそ手間とらせるんじゃねぇぞ!」


 総真に遅れて数分。泡の縁までやってきた2人の額には大粒の汗が滲んでいる。

 言い合いをしながら総真の下へ行くと、彼は呑気に準備体操を行っていた。


「お!きた!」

「すっげぇムカつく」

「プライドが傷ついたわ」

「ええ!?なんで!?」


 こちらは頑張っていつもより早いペースで進んできたというのに、彼にとっては助走ですらないらしい。

 汗をだらだらと流しながらやっとの思いで目的地にたどり着いた人の前で同じ距離を走った者が準備体操をしていたら誰だって眉間にしわを作る。


 人類を守るために持っている武器は1人1人に差がある。

 共に強大な敵へ立ち向かう同士として決して能力を羨んだりはしなかったが、基礎能力という努力次第で向上可能な部分の差はとても、いやかなり自尊心が傷つけられる。


 特に何の訓練も積んでいないはずの総真にさえ劣るというのはとても心が傷つけられた。

 まだ神と同じ種族と言われた方が救いがある。残念ながら彼は人間らしい。


「弔いで挽回するから……見捨てないでね……」

「ええ!?俺の方が見捨てられそうだと思うんだけど!?」


 基礎部分がおろそかになれば戦闘も弱いというのが葬務官の通説だ。

 身体能力向上の深水操作に大きく左右されやすいために致し方のない話なのだが、それが素人に劣っているなど言語道断だ。


 弱いと思われて愛想を尽かされるのではないかとつい出た一言に総真は酷く驚いている。

 逆に役に立たな過ぎて見捨てられるのはこちらだと言い募る彼に、小難しい顔で彩春はうつむいてしまった。


「一般人の戦果としては十分だと思うわ。むしろよくやってる」

「まあ……その辺の人間がテメェと同じ動きをしてると考えれば……やっぱおかしいんじゃねぇの、この雑魚」

「おかしくても雑魚は雑魚なんだ……」


 伸ばしていた脚を戻し、軽く手首を揺すりながらジャンプをする姿は全力疾走の後とは思えない。

 だが万全なのは確かなようだ。


 退いてきた汗を拭い去り、地を覆い隠してきらめく泡へと向きなおる。

 周辺に一般人がいないことを確認し、彩春は制服の襟を正した。


「行きましょう。早く終わらせて観光するんだから」

「いざ上層!」

「その前に戦闘だアホ」


 七色にきらめく薄膜に手を翳し、中へと入っていく。

 街並みとの境界線はうすぼんやりとしており、静寂だけが泡の中を支配していた。

 

  泡の内部は住宅地の一角、商店街のような街並みが広がっていた。

 周辺の住人は既に避難済みで泡の中には人はいないらしい。


「そういえば、泡が降ってくるときに一般人って巻き込まれたりしないの?」

「もちろんするわ。でも一般の人は泡をすり抜ければいいだけよ」

「すり抜ける?」

「泡は一定以上の深水をもつ者か葬術を扱える者にしか反応しねぇ」


 この地に住まう人間は全員健康診断で定期的に体内の深水の量と濃度を測る。

 健康に直結する要素であると同時に葬術発現に大きく関わる。


 泡への条件管理にもなって一石二鳥だ。

 半年に1回の健康診断の重要性が良く分かる。


 総真も健康診断を受けているはずなのだが、一度も引っかかったことはない。

 本人には知り得ぬところで改変が行われていたか隠蔽されていた可能性は十分ある。

 

 まさか泡にすり抜ける方法があるとは知らず、総真は困惑の声を上げた。

 何せ彼は最初から泡を抜けられず閉じ込められた結果葬務官をやっているのだから。


「父さんが俺に黙ってたのかな」

「可能性はそれが一番高いわね」


 誰もいない街の中を警戒しながら歩き続ける。

 本当に一般人はすり抜けられるらしく、誰一人姿が見えない。


 避難誘導時は葬術が扱えない代わりに銃などで武装したシャーレの職員が泡の中に突入すると聞く。

 海魔に遭遇しても1発程度なら耐えられると聞くが、果たしてどの強さまで耐えられるのか。


 1度入ってしまえば弔われるまで出られない浄化員や葬務官では避難誘導ができない。

 だが武装したとしても死と隣り合わせの泡の中を殆ど武器がない状態で歩きたいとは微塵も思わない。


「避難誘導の職員さんはすげぇ根性だなぁ」

「あなたも事実上丸腰だけどね」

「俺の場合は深水操作があるし……」


 葬術という武器がないという点では総真も同じことだ。

 彩春や白狼のように銃やこん棒といった目に見えて武器らしいものもない。


 素人が一番身軽というのもなんだかおかしな話だ。

 武器を持ったところで扱い方が分からない以上、どうしようもないのだが。


「てかのんびり雑談してていいの?」

「今回に限っては大丈夫よ。イワシ型に攻撃性はほとんどないから」

「暢気すぎるとは思うが、概ね同感」


 彩春がいうにはイワシ型は基本的に攻撃してくることはなく、ただ周辺を泳ぐだけの海魔らしい。

 とはいえ海魔は海魔。深水で体が構成された物体が空中を回遊していれば誤って触れてしまう一般人がでる。


 触れれば死んでしまう猛毒の存在を放置できない。

 結局弔うために葬務官が呼ばれる事態になるのは確かで、そういった場合弔いに不慣れな訓練官が抜擢される。


「戦闘って言っても一歩的に小突くだけだから、海魔を探すだけで済むわ」

「超楽じゃん」

「問題は数が多いってことだ」

「イワシは群れるのよね……それも尋常じゃない数」


 兎に角数が多いと、遭遇したことのある2人は眉根を寄せている。

 一匹も残してはいけない状況で大量に泳いで逃げ回る海魔を探すのは相当に骨だろう。


 単純に魚の見た目をしている、と言われ辺りを見渡す。

 本当にたくさんいるのかと思うほど静かな時間の中で、ふと道を通り過ぎる小さな影が見えた。


 ふよふよと浮かんでいる影は尾ひれがついており、なんとなく魚と言われればそうと思うような見た目をしている。

 絵本に出てくる海魔の絵にそっくりだ。とても簡略化された一筆書きのようでとてもコミカルである。


「あれがイワシ型海魔?」

「そう。ちょっと……なんだか弱弱しいけどこれね」

「俺らが知ってるのとはちとちげぇな」


 もう少しリアリティのある見た目をしていることが多いらしいのだが、出現に必要な深水が少ないと一般的なイメージ図のような見た目になるらしい。何とも不思議な生態だ。

 力の弱い海魔ほど見た目への影響は顕著で、このイワシ型も本来とはかけ離れた見た目をしていた。


「深水を宿した手で触れれば消滅するわ」

「それだけでいいの?」

「ええ、触ってみて」


 言われた通り海魔へと振れるとばしゃ!と軽い音を立てて水へと還っていく。

 意図して浄化を行っていないのに体内の深水に反応して勝手に浄化が起こってしまうらしい。


 深水操作で全身に深水を巡らせていれば体当たりするだけで消失するため、泡の中を走り回っていればすぐに終わると2人は告げた。


「広範囲の葬術があれば一掃できるけど、白狼はそれほど距離出せないんでしょ?」

「薄氷でも半径1キロ行くかどうかだ。つーかそれだけ凍らせられたら2等葬務官になれんだろ」

「それもそうね」


 葬術は薄く広く伸ばすだけでも相当の労力だ。

 白狼の発言は訓練官にしては破格の距離凍らせることができている。


 だが街中で行うにはリスクが大きく、やはり走り回って弔おうと全員が頷いた。


「今回は全員一緒に行動するわ」

「バラバラの方が良くない?」

「都合よく戦闘が発生しにくく、時間がかかりやすく、そして泡の中である場所が確保できたのよ?やれることが色々あるわ」

「テメェのその面倒な記憶喪失に対処できそうな空間が都合よくできたんだ。話しながら進むぞ」

「あ」


 言われてみれば確かに。

 なんとも都合が良い環境が眼前にあり、先を歩く2人の後を追った。


 


 

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