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水母の骨を拾う  作者: とりにてぃ
酸素は水面へ上りゆく

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瞼をこじ開ける#3

「存在するかも分からない人間を2人調べなきゃならないからね。ちょっと時間が欲しいかな。療養期間はまだあるし、君たちも任務上がりでしょ?パパっと検査して、また任務受けて、気長に待ってよ」


 長時間喋った弊害か少し顔色の悪い秋仁に部屋を追い出され、3人は廊下で顔を見合わせた。

 現状分かったことは対してない。得た情報も曖昧で信憑性はなく、悩みの種ばかりが増えていく。


 だがここで立っていても何も解決しないのは事実だ。

 徐に歩み出した彩春に続き、2人は医務室の中を進んだ。


「私たちで考えても仕方ないわ。秋仁に任せましょう」

「ああ……外では話さないほうがいい?」

「ったりめーだろ。防音葬術で疑似的に回避してるだけであの部屋だってあぶねぇんだ。外はもってのほか」


 話したくても話せない。どこでリュードが聞いているか分からず、記憶奪取のトリガーも判然としない。

 不自然に黙りこくって廊下を進む若人たちに、皆不思議がって視線が集中する。


 特に表情が芳しくない総真への視線は大きく、医師たちがそわそわと身を動かしている。

 段々と人混みになり始めた周囲への対処に困り、どうしようかと悩んでいると外周から明るい声が届いた。


「ちょっとー!医務室で人を囲むの厳禁!ストレスで死んじゃう子がいたらどーすんの!」


 良く通る声は口調に合わずかなり怒気を含んでいる。

 蜘蛛の子を散らすようにそそくさとその場を離れていく職員達はバツが悪そうで、中には軽く頭を下げて去っていく者もいた。


 カツカツと高いヒールを踏み鳴らしてやってきたアゲハが、周囲をひと睨み。

 まだ様子をうかがっていた職員が脱兎のごとく逃げ出したのを確認し、彼女は肩を落とした。


「全く!心配なのは分かるけど患者を囲むとかありえないでしょ!大丈夫?無理な診察されてない?」

「無理な診察ってなんだ」

「同意のない診察よ!勝手に検査して血液抜いちゃうヤツもいるの!皇とかいう家のせい!」


 剱に猛抗議してもなかなか改善しないと愚痴をこぼす彼女はひょいひょいと慣れた手つきで全身くまなく確認している。

 穴をあけられた者が誰もいないことを知りやっと落ち着いたアゲハは、3人の手を引っ張って自らの診察室を目指した。


「話し合い終わったんでしょ?さっさと検査やっちゃうよ!」


 任務終了から既に数時間が経過している。さっさと視てしまおう、と個人の診察室とは思えない豊富な機材の前でアゲハが聴診器を持ち上げる。

 返事をする間もなく早くしろとせかされ、致し方なく3人無言で検査を受けた。


 内容は簡単な身体検査から体に異常がないかの問診、彼女の浄化を応用した診察は些細な切り傷さえ許さず嘘は通用しない。

 傷口が判明したあとはドバドバと消毒液をかけられ、全員が部屋の隅に設置された浄化設備へ強制的に放り込まれた。


「15分以内に出てこないと突撃するからね~」


 恐ろしい脅し文句を口にする彼女に、総真と白狼は恐れおののき3分で浄化設備を出た。


「なんかすごい失礼じゃない?」


 非常に不満そうなアゲハのことなど知ったことではない。

 彼女の場合本当にやりかねない。だというのに医務室で最も偉い立場におり、職場の上司に近い。何かあった時は目も当てられない。


「べっつにいいけどさぁ」


 ぷんすかと怒りながらも的確に切り傷や打撲、凍傷の治療が行われる。動きによどみはない。

 再び全身からアルコールの匂いがしているが、張られた絆創膏によって多少は抑えられている。


 ものの数分で肌面積より白い絆創膏の面積の方が大きくなった2人にソファーを勧め、彼女は暖かな玄米茶を淹れてくれた。

 ノンカフェイン推奨、らしい。


「秋仁とは話ついたの?」

「おかげさまで……」

「そーりゃ良かった!あの子に任せておけば大抵何とかなるなる」


 話の内容については深く聞かれなかった。聞かれたとしてもこの場で答えることはできない。

 彼女は緊張した面持ちの子供達に軽く両手を上げ、決して相談内容は尋ねないと口にした。


「ウチ、激かわいい医者だから守秘義務はちゃーんと守るの!」

「はぁ……」

「白狼ちゃんノリわるいぞ~」


 口は悪くても案外真面目な白狼はアゲハの軽さについて行けないようだ。

 少し首を傾げ、若干総真の方に身を寄せている。盾にする気満々だ。


 しかしアゲハはそれ以上余計なおしゃべりはせず、急に真剣な顔で近場のタブレットを手に取った。

 その画面にはシャーレで全員に配信されている任務確認用のアプリが映し出されており、その一部をこちらに見せる。


 内容は新たな任務についてだった。

 先ほど帰って来たばかりだというのにもう2つ目の指名が来ていることにも驚きだが、なにより引率者の名前がないことに驚愕する。


「君らは軽傷だから新しい任務だってぇ。次はブルー相当確実だから引率者はなし!一応監督責任は彩春ちゃんに行くことになるけど、大丈夫っしょ」

「かあさ……カノン様は?引率者になるんじゃ……?」

「急用で外れるってさ。んまもともと神様ってウチらとは普段会わないもんだし」


 急用。パグロとアストロのことでリュードへ報告に行っている最中のはずだ。そこで何かあったのかもしれない。

 押し寄せる不安と引率者のいない事実に僅かに眉根を寄せた。

 

 任務遂行期限は明後日。それまでに海魔を討伐し、指定の泡を開放するようにと任務に書かれていた。

 任務地は北区。襲撃はあったのもの冬仕の手によって鎮圧された区だ。


 比較的被害は少なく常駐の葬務官もまだ健在。泡の処理が進んでいる地域でもある。

 人手不足の南区へはかなりの葬務官が派遣されており、半端な実力の訓練官達があぶれてしまったのだ。


 であれば暇な人材は下位の対応に手を焼く人手不足のところに回してしまおうという魂胆である。

 まさか軽傷の葬務官すら遊ばせる余裕がないとは。


「数日ぐらいは休憩がもらえると思っていたのだけれど余程切羽詰まっているのね」


 浄化室から出てきた彩春が、自身のスマートフォンを覗き込んでいる。彼女にも通知が来たようだ。

 責任者にはより詳細な任務が表示されると言い、画面を共有してくれた。


 北区にある街の一角、そこに泡が出現してしまったそうだ。

 浄化員の数が足りず浄化できなかった貯水タンクから漏れ出た海魔であり、周辺の住民は皆避難済み。


 イワシ型と書かれた海魔は小規模なものが大量に泳いでいる。

 攻撃性はなく比較的害の少ない海魔だ。


「イワシ型は周辺のものを壊したりしないから急務じゃないんでしょうね」

「海魔にも行動のパターンってあんの?」

「雑魚が。あるに決まってんだろ」


 海魔はもとになった海の生物に似通った行動パターンをとることが多い。

 小型の海魔は何かに触れるだけで体が崩壊することもあるため、攻撃せず逃げ惑う種類もいるらしい。


 イワシ型はその典型で逃げ足だけはとても早く、訓練官の格好の的。

 初めて実地訓練に割り当てられる者が良く当たる海魔なのだ。


「俺はじめてがクラゲだったんだけど」

「例外中の例外よ。正式加入後の初出撃だって数百年に1回あるかどうかの大規模交戦だったじゃない」

「テメェがおかしいんだ」


 参戦した戦闘が悉く例外的な海魔が出現し、艱難辛苦を味わうことになっている総真は一般的な訓練官と比べようがない。

 しかし、彼は未だ戦闘の素人。このまま出撃命令を受け続けるのは由々しき事態だ。


「総真への戦闘訓練が全くできないわ。このままじゃみだりに階級が上がって大怪我をしてしまう。抗議文を出しておかないと」


 人手不足かつ人的被害が大きい場合、葬務官は己の人権を失ってでも戦場に駆り出される。

 個人の葬務官より人類の方が価値が大きいのだ。


 おそらく実践訓練と思って実地で身に着けてくれということなのだろうがそれにしてもスパルタすぎる。

 いつか本当に命を落としかねない。


「そんなやばい?」

「カジキ相手に苦戦するやつがまともに戦えると思うか?」

「無理」

「分かってんなら聞くな雑魚」


 深水操作の基礎を覚えたとしてもまだ一般人に毛が生えた程度だ。

 葬術も扱えない総真は純粋な身体能力で海魔と渡り合わなければならない。


 最初に対峙したときのように大きな怪我を負って人生に幕を閉じることになりそうだ。

 想像したくはないが。


「主席もなにビビってんだ。カジキよりはるかにマシだろうが」

「問題は引率がいないことよ。前回のこともう忘れたの?」


 彩春が懸念しているのは引率者がいない点だ。もしもう一度イデアシリーズと出くわしたら3人では対処できない。

 せめて神か秋仁がいれば逃げる程度のことはできるかもしれないが、泡の中にいる限り撃退は必須。


 イデアは海魔と認知され、存在している限り泡が弾けないのは確認している。

 つまり泡に侵入されてしまえば逃げ場が強制的になくなってしまうのだ。


「そう何度も同じことは起こらねぇだろ」

「油断が事態の悪化を招くのよ……まあいいわ。ごちゃごちゃ騒いでも任務はなくならないし」


 葬務官に任務拒否の権利はない。受ける以外に道がないのであれば万全の準備を尽くすだけだ。

 彩春は届いた資料を惜しげもなく全員に開示し、北区のマップを開いた。


「中央区の上側が北区。北区は南区と同様途中で壁があって、その向こう側が海岸よ」

「この線かな」

 

 地図上に一文字に引かれた線はまっすぐで、これが人口の壁であることを示していた。

 壁の向こう側がシャーレ用の研究施設になっていた南区とは違い、北区の壁の向こうは何もない。


 建造物はおろか整備した道路もない。ただ壁があり、居住区と海が隔絶されている。

 葬務官でも立ち入らないように南区よりもうず高く積まれた壁は足場も扉もなく、ただの板となっている。


「北区は研究の街。深水の可能性を研究している傍ら浄化や葬術、海魔の調査も行っているの」

「北区には一般の住民はあまり住んでないって聞いたことある」

「研究員のその家族が住んでっから関係者以外はいねぇ」


 海魔の出現地点は壁の内側にある商店街。研究員たちの家族が生活している区画の近くだ。

 そして彼女はある1つの大きな四角い部分を指さし、困ったように眉根を寄せた。


「まずいわ。貯水池が近い」

「貯水池が近いとどうなんの?」

「貯水池が丸々汚染される危険があるわ」

「つまり?」

「大量の海魔が湧き出る可能性があるって意味だ!」


 説明されても要領を得ない総真に痺れを切らし、白狼から怒声が届く。

 しばし頭で考え、やっと何が起こるのかを理科したとき、総真は大きな悲鳴を上げた。


「ヤバいじゃん!」

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