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水母の骨を拾う  作者: とりにてぃ
酸素は水面へ上りゆく

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瞼をこじ開ける#2

「泡を擬似的に再現することはできないの?」


 彩春の一言に3人は顔を見合わせる。擬似的に泡を再現する。これは実に難題だが最も合理的な提案でもあった。


「うーん、出来なくはないだろうけど視認ってのが厄介だよね。葬術は濃度の強さで優劣が決まるし」

「現状リュード様を超える濃度はいない。不可能じゃねぇっすか」

「だーよーねー?」


 リュードの深水の割合は脅威の9割。濃度は計測したことはないが通常の神の3倍とも言われている。とてもではないが突破できる濃度ではない。

 だが秋仁はこの固定観念に落とし穴があるのではないかと睨んでいた。


 理由はこの会議だ。


「ここで話し合っていてリュード様の干渉がまるでないのはおかしくない?すぐにでも剱の爺さんがすっ飛んできそうなのに」

「確かに……」

「泡と同じような葬術がこの部屋にかかってるからってのが俺の見解なんだよね」


 秋仁の部屋には防音の葬術がかけられている。彼が無理を言ってかけさせた葬術だ。

 カノンの権限を酷使してかけた葬術は頑丈で、外部に音を一切漏らさず逆に外の音も中には届かない。


 この葬術は発動条件を限ることで威力を増大させている。

 だがこれでもリュードの濃度には敵わない。であればなぜ干渉が起こっていないのか。


「多分だけど、本人が出張らない限り無理なんじゃないかな。泡自体の深水はたかが知れてる」

「じゃあ神が直々にこの部屋に来なければこの会議室内の会話で記憶消去は起こらない?」

「あくまで可能性だよ?絶対とは言い切れない」


 情報が少なすぎる。だが少なくとも今はリュードの目をかいくぐれている。

 安全を考慮して常に記録を取りながら話し合い、決して外部には情報を漏らさないことを言い含める。


 ここからの話し合いは4人だけの秘密。

 世界の真実に迫る厄介な探求は誰にも知られてはならない。


「先生、俺のせいで立場が悪くなったりしない?」


 総真の疑問は最もだ。彼の自分とは誰なのかという問いに答えるには神の意志に逆らわなければならない。

 だが秋仁はなんてことないように鼻で笑い、不遜な態度で肘をついた。


「俺もともと立場悪いから大丈夫!カノン様が幸せになる未来のために全てをなぎ倒してるからさ!」

「大丈夫な理由がひどい」


 では総真の記憶を探り、世界の真実を知ることはカノンの意思に逆らうのではないかと思うが、それこそ彼は鼻で笑った。

 彼にとって重要なのはカノンが幸せになること。彼女の意思に全て従うことではない。


 剱とは違う方針だ。彼は全てリュードの方針に従うことに幸福を感じている。

 彼らはよく意見を違えて対立するらしいが、主人たちが互いの側仕えに満足しているので争うのは愚かだという結果に落ち着くという。


「総真が自分で探求する限りカノン様は否定しないよ」

「……俺に黙ってたのに?」

「子供の成長ってのは親の知らないところで起こるもんだし、親は子供を必要以上に心配するもん」


 秋仁の言葉はピンとこない。それは彩春と白狼も同じようで全員が首をかしげている。

 それは子どもたちには分からない気持ちであり、親の立場や子供が身近にいる立場にならなければ分からないことだ。


 彼は苦笑いだけを返し、先程3人が出した疑問点や意見についてをメモした画面を表示した。


「さて、総真についての話だったね。君は何者なのかって話だけど……これは神にしか分からない。ほんとごめん」

「ですよね」

「でも現状わかっていることもある。君は確実に人間だってこと。ただね」


 海魔ではない。それだけは言い切れるという。

 前回の身体検査で異常な深水濃度を誇っていたものの、その他の項目は間違いなく人間であることを指していた。


 こればかりは覆ることは現代の技術ではありえないと断言し、その上でパグロが口にした海魔についての話を指さす。

 彼女が落とした爆弾。海魔は人間であるという話だ。


「この発言が真実だった場合、状況はひっくり返る。根本的に人類と海魔が同じだなんて、むちゃくちゃだ」


 嘘だった場合。今まで通りの日常が訪れるばかりで変化はない。だが本当であった場合、人類と海魔の違いは明確にはないことになる。

 人類に対する大きな謎を残すとともに総真の存在が恐ろしく不明確なものと化す。


 誰も彼が人間であると断言できず、そして人間は海魔であることを否定できなくなる。

 永遠に人間同士で争いを続けていた悍ましい歴史が残るのだ。


 そして歴史を考察するうえでもう1つ改めなければならない部分がある。

 時間の流れだ。どの話がどの時点から始まり、どこまで続いているのか。明確にわかっていない部分も多い。


「まず海魔。これは1000年前世界が水没した頃に出現したって記録がある」

「ですが、神は1000年前に出現したとは聞いたことがありません」

「そう。神の出現は300年前。大戦の時期からはじまってる。この時間のズレが大きな違いになるとおもうんだ」


 この世界の謎。それは1000年前から続くものと300年前の大戦時に新たに発生したもの、そして現代に至るものの3種類。

 悲しいことにそのどれもが曖昧な記述しかなく、ほとんどの記録は表舞台から抹消されていた。


 抹消の大本は分かっている。リュード本人が300年前の記録を一部削除したと宣言しているためだ。

 しかし1000年前の記述が1つも存在しないのはおかしい。神達も記述の存在を知らないようで、これに関しては触れた形跡ももとから資料があった形跡もない。


「知られたくない情報があるから抹消している。でも知っている人がいるから曖昧な断片が浮上する。世の中ってのは複雑なモンだね」

「知ってる人っつーと海魔のパグロつーやつとアストロ、あとはアビスっすか」

「あとはリュード様だね」


 白狼の挙げた名はこの世界のほとんどを知る人物だろう。

 パグロとアストロはどちらかというと300年前の記録より1000年前の記録を多く保有している可能性が高い。


 海魔に関する話を多く挙げていたのが気がかりだ。代わりに神達へは「兵器」と呼びかけ、一貫して1つの意志を持った存在への接し方をしていない。

 人伝に存在を知らされ、固定観念と先入観を持って接しているように見える。


 情報源がアビスだとすればおかしな話ではないだろう。

 彼女は1000年前も300年前の大戦にも関わっている可能性が非常に高い。


 リュードは300年前の大戦から表舞台に姿を現している。それ以前の記録には疎いかもしれない。

 知っていて黙っている可能性も否定できないが、彼は1000年前の事故についてはあまり話さない。知らないと仮定するべきだ。


「これは神とは何かに直結する部分でもあると考えられる」

「出現時期、つまり生まれた時期が分かれば推察しやすいですね」

「目下調査中だけど300年前の大戦の時期が一番濃厚だよね」


 神は歳をとらない。正確には年齢と共に身体が老化しない。

 神達の正確な年齢を離れないのはこの劣化に由来する。身体年齢だけでいえば十五歳前後から二十歳後半が限度だ。


 神達の資料は明確にリュードの手によって抹殺されており、カノンの権限をもってしてもデータへの侵入は容易ではない。

 しかし、思わぬ副産物を手に入れることができた。


「他は分からないけど1つ手に入れた情報がある。イデアシリーズについて」

「イデアってパグロとアストロの?」


 古い資料を探す最中、イデアシリーズの研究資料が見つかった。

 大戦時に海魔を受肉させ、兵器に転用できないかという倫理を無視した実験が行われていたそうだ。


 その実験の器たるものがイデアと呼ばれる存在だという。

 彼女たちは強大な深水に耐えうる肉体をもつと同時に意識を持たない肉体に過ぎない。


 だがまともに会話ができていたところを見るに海魔はもうとっくに2人の体に入り込んでいるのか。


「イデアシリーズは全部で3つ。万能型と後方支援型、近接戦闘型を作成したみたい」


 おそらくパグロが後方支援型、近接戦闘型はアストロに違いない。

 何せパグロは後方から一歩も動かず、逆にアストロは間合いを詰めるような行動が多かった。


 必要以上に誰かと接し、距離を詰めてくるのは性格だと思っていたが、戦闘への準備も含まれているのかもしれない。

 そしてこの型の特徴はどれも人間であることが示唆されていた。


「人間の肉体に海魔が入り込んでいるってこと!?」

「この資料によるとそうだね。人間の形をした人間の組成でできたいわばホムンクルス。そこに海魔を入れることで海魔が肉体を得られるとか……」


 この説明は海魔は人間であるという眉唾物の話にある種の裏付けを与えることになる。

 海魔は不定形の生き物であり、等級によって力に差が出る。さらに知能にも多大なる影響を与えるのだ。


 この肉体を与えた時点で深水濃度が急上昇し、知能が大幅に改善するという研究結果は300年前のもの。

 何回かの実験記録だけ見れば海魔の受肉は実現できている。


 代わりに兵器への転用がけた違いに難しいという結果も出ていた。

 新しく用意した肉体が合わぬ者が続出し、戦闘には駆り出せなかったようだ。


 簡単な命令を聞く機械のような扱いが限界で、肉体の強度が足りない者も多かったと。

 軍事転用に失敗したこの計画は1度白紙に戻り、何故か再度短期間で実験が再始動している。


 パグロとアストロもこの頃に巻き込まれた者なのだろうか。


「イデアシリーズが人間の器っていう話だとすると、総真の肉体がイデアシリーズではないと証明するのは難しい。人間であることを証明せよってのは案外手段が限られてんだ」


 身体検査の結果や数日の間に何度も通った医務室の診断は全て人間であるというもの。

 確実に人間たる総真にとってこの事実はとても恐ろしいことだ。


 イデアシリーズの肉体がこの体と関連性があるということは、総真の精神は海魔由来に近しいものになる。

 それ即ち、精神は人間にあらずという烙印を手にすることになる。


「君の過去を洗いざらい調査するのは確定として、親についての調べもつけておいた方がいい。それが一番確実だ」


 生みの親。それは人間が生まれる過程で必ずいる存在。

 その存在が明確に証明できればイデアシリーズと直接的な関連が否定できる。


 人か、海魔か。知りたいようで知りたくない現実に頬を伝う汗が妙に冷たかった。


 

 

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