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水母の骨を拾う  作者: とりにてぃ
酸素は水面へ上りゆく

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閑話 形なきは命足り得ぬ

「外殻のない生物は生物足りえるのだろうか。殊更人類においては精神だけの生存を良しとしない傾向にある。肉体が死ねば人としての死。精神が死ねば脳としての死。であれば生まれながらに肉体をもたないオーレリアは生きていると言えるのか、死んでいると言うべきなのか」

「生きている一択。他の択はテメェの頭を切開してでも改めろ」


 薄暗い膜の向こう側。人影が揺らめき、世界が僅かに揺れ動いている。

 僅かに下側と背面が暖かい。誰かに抱えられているようだ。


 鉄板を踏むような高い足音が響き渡り、頭上からは聞き覚えのある声が聞こえている。

 その声がリュードの声であると分かる程度には聞きなれてきた声音であった。


「私とて生きていると定義しなければ肉体を作ろうなどと提言しないさ。この子が産まれなければあの計画は凍結せざるを得ないと思っていたのだがね」

「クソ計画だ。今すぐ止めたほうがいい、が。今回に限っては止める気にならんな」

「大切な弟のためだろう。協力することはあれ止めることはないと信じているさ」

「嫌な信じ方だ」


 いくつかの電子音が響き、2人の会話が聞こえ続けている。

 抱えているリュードは相手に嫌悪感を示しているようだったが決して彼の行動を止めはしない。


 男は何も考えていないかの如く感情が読めず、淡々とした口調で言葉を紡いでいる。

 向かう先はよくわからない。膜の中では何も見えず、明暗だけが全てを支配している。


 薄暗かった空間が段々と夜のように真っ暗な闇へと迫っていく。

 縋るように熱の下へ身を寄せると、ゆっくりと膜の側を暖かな熱が撫でた。


「大丈夫、怖くない。兄ちゃんがついてるから」

「移動したのかい?重心の変更が?私がもっていると全く反応がないから分からないんだ。ちょっと持たせてもらっても?」

「誰がテメェに渡すか。さっさと行け」

「良いじゃないか触っても。私だって我が子を抱っこしたい」

「我が子だぁ?遺伝子上だけだろうがクソ野郎」


 早足に近づいてきた男を追い払ったリュードによって、膜が大きな熱に覆われる。

 両手で隠されたことはわかったが、男の発言に首を傾げるしかなかった。


 彼は誰かを我が子だと口にしていた。誰か子どもがいるのだろうか。


「幾ばくかの内蔵以外は深水だけだ。重心が移動したとすると僅かに空間が?だが殻の中は満たされているはず。移動した際になにか形を形成しているのだろうか」

「触んなつってんだろ!」

「せめてライトを当てさせてくれ」

「眩しくてびっくりしたら可哀想だろうが!スコアに手を出すなら帰るぞ!」

「それはいけない」


 リュードの怒鳴り声に彼はそそくさと離れて行き、頭上から溜息が聞こえる。

 そうして再び僅かに揺れ動き始めた膜の中で、ただじっと僅かな温もりに縋っていた。


 とても狭く小さな場所に閉じ込められているというのに不思議と外に出たいとは思わない。

 この場所から出ていけば死んでしまうような不安定さと、身体がどこにもない不安感が拭えない。


 暖かみに触れている間だけは心がどこか落ち着いており、まだマシだ。

 しばらくそうして背面に見を寄せていると、暗かった視界が少しずつ明るく照らされ始める。


 これと言って見えるものは何もないままでも、明るいだけで心は少しばかり晴れやかだ。


「ここがイデアの研究施設。700年前の先人類が行っていたクローン研究を元に……」

「聞きたくねぇ。それよりスコアの身体はどれだ」

「全く……こっちだよ」


 明るい空間を進んでいく。先程より静かな部屋の中は時折水が動くような音と泡が弾ける音が聞こえている。

 とても心地よく、聞き慣れた音のような気がする。


 彼らはしばらく歩き続け、部屋の中でも一等明るい場所で立ち止まった。

 前方を歩いていた男がこちらに近づき、膜をつついているような気配を感じる。


「これが君の肉体。イデアシリーズ1型クリノ・イデア。完全に人間として造られた器だよ」

「化物じゃねぇだろうな」

「先人類の母体をベースに匿名の父親の遺伝子を組み合わせた完全なる人間さ。もちろん、海魔を注入しても耐えられるように操作はしているがね」

 

 明かりへと徐々に近づいていく。何かがその向こうにあるらしい。

 全く見えはしないがどことなく繋がりを感じる。


「後々海魔に知性を与えられるように海魔に耐えうる器を量産しなくては。後ろには次の実験のために2型と3型の実験が……」


 饒舌に実験について語る男を無視し、リュードは抱えた弟をそっと持ち上げる。

 決して大きく揺れないようにゆっくりと冷たいなにかに近づけた彼が、なぜだかは分からないがこちらを見ているような気がした。


「母さんに似てる。そっくりだ」


 ぽつりと、リュードの言葉が頭上に降り注ぐ。

 眼の前の存在はリュードの母親に似ているらしい。一体、彼の母親はどんな存在なのだろうか。


 再び膜に暖かな重みが乗っている。分厚く大きな熱がリュードの手だとようやく理解し、そっと膜の向こうで手を重ね合わせる。

 そこではたと、自身の手の形へ違和感を覚える。


 薄黒い色の幕が五本の指を形成し、赤子のように幼い手を形どっていた。

 

 小さな指先にリュードの手が重なる。この夢の中では何故か彼を兄と認識しているようで、自然と笑顔がこぼれる。

 不定形の海魔のような姿だというのに笑えていると思えているのは、これが夢だからだろうか。


「良かったな。これが完成すれば外に出られる」


 リュードは膜をゆっくりと揺すり、まるで赤子をあやしているかのようだ。

 ちゃぷちゃぷと羊水の中を揺蕩うかの如く全身が揺れ、不可思議な心地に襲われる。


 不思議なことに嬉しい気持ちが沸き起こり、膜を軽く叩くと笑い声が聞こえた。

 喜んでいると思われたらしい。実際に感情は喜んでいるのだが、どこか冷静な自分が違うと首を横に振っている。


「この肉体は何歳なんだ」

「製造は1か月前。身体年齢は15歳にデザインしている。最終的にこの年齢に成長する、という実験結果に過ぎないよ」


 目の前にある誰かの体は15歳らしい。リュードが詳細に伝えた外見は長い黒髪と幼い印象のある女性のような丸い顔立ちが特徴的だという。

 どことなく聞き覚えのある印象だが、誰に似ているのかは思い出せない。


 彼はしばし体について見えない弟に説明をし、そうして男に向かって不満そうな口ぶりでコンコンッと何かを叩いた。

 ガラスのようなものを叩いたような音がしている。

 

「何年でこの年齢に育つ」

「君たちのように兵器として成長が待てない時代は終わった。この肉体は人間と同じ歳月を1年として成長する。身体と共に情緒を育む時間が必要だろう?外に慣れるという意味でも本来の人間に則した健全な成長は望ましい。君たちとは目的が違うのでね」


 話している内容が良く分からない。目の前にいるのは人間らしいのだが、どうにも知っている存在とは違うようだ。

 それはリュードも同じようで、暖かな手が頭上を通過していく。

 

「なら俺達はこの子の成長を見ることは叶わねぇな」

「幼少期はともに過ごせるのでは?」

「化け物と戦争してんだぞ。俺らはいつか死ぬ。真っ先に俺が死ぬのは間違いねぇだろうが、それが明日なのか今すぐなのかは誰にも分かんねぇだろ」


 化け物との戦争。それは海魔との争いのことを言っているのだろうか。

 リュードが最初に死ぬことなどあり得ないはずだ。彼は地下深くで眠り、泡の維持に専念している。


 前線に出ることはないし、戦いに赴くことも早々あり得ない。

 更に今は葬務官達が数多くいる。一体、何の話をしているのか。


「弟を抱いて死ぬ?随分弱気なことだ」

「は?テメェを巻き込んで死ぬことはあってもスコアを巻き込んで死ぬはずねぇだろうが。頭沸いてんのか」

「君ね。仮にも父親に向かって巻き添え宣言はどうか思うな」


 ゴポッ!と一切大きな音が内部から響く。一瞬、兄の手が強く膜を抱いた。

 大きく揺れた周囲と共に驚きが全身を支配する。


 今、男はリュードの父親だと名乗らなかっただろうか。

 では見えない向こう側にいる男はロックとカノンの父親でもある人物。

 

「誰が父親だ。もういっぺん言ってみろ。頭かち割る」

「いくら否定しようと血は争えないものさ」

「全部ぶっこ抜いても生きられんだろ」

「そりゃ君だけだ」


 リュードは男が父親であることを否定しているらしい。

 嫌悪感に溢れた声が男を否定している。決して腕の中の存在に触れられないように腕で覆い隠しているようだ。


 男は否定されても飄々としており、悲しみは口ばかりで気にしている様子はない。

 ただ彼は事実としてリュードとの親子関係を認め、否定することは科学的に難しいと何度も告げている。


「主任!」


 なおも否定しようとリュードが声を荒げそうになった刹那。背後から機械音が響き渡る。

 扉が開いた音だと気づく前に第三者の足音が徐々に近づき、誰かを呼びかける声が大きくなっていく。


 主任と呼ばれた男が離れていく気配を感じ、同時に膜がゆっくりと明かりを拾い始めた。

 リュードが手を話してくれたようだ。おかげて少しばかり遠くの音も拾いやすくなっている。


「海原主任。ジョーとクラーケンのメンテナンスに不備がありまして……」

「どれ。あの子達のことだ。また報告していない怪我でもあったのかい」


 男と誰かが話をしている。海原、と呼ばれた男はなにか光るものを覗き込んでいるようだ。

 じっと目を凝らしても膜の外は相変わらず見られず、かすかな会話だけが耳に届いている。

 

「それが……。先日の戦闘でクラーケンは左足の骨折を報告していたのですが、どうやら完治しているようなのです。身体にジョーの葬術の痕跡があり……」

「ほう……オルカ。きたまえ。緊急事態だ」

「チッ」

「君、知っていたね。葬術の進化に関してはまだ研究途上なんだ。きちんと報告しなさいといつも言っているだろう」

「シチめんどくせぇ報告書書かせるだけだろうが」


 バタバタと走る音が聞こえる。一緒に揺れ動く水の中で意味のわからない会話ばかりが横に流れ行く。

 この夢は一体何なのだ。なぜこんな夢を見ているのか。


 分からない夢境の狭間で、ただ揺蕩う不定形の身体を見る。

 小さく楕円形の膜の内側で音を聞くことしか出来ない幼い身体が酷くもどかしかった。


 


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