表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水母の骨を拾う  作者: とりにてぃ
あなたの為のアクアリウム

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/39

休符から始まる#3

「謝罪はいい」


 ぴしゃりと言い放たれた明確な拒絶。いつの間にか浮いていた深水は消え去っており、腹部に違和感を覚える。震える手で制服を捲ると、薄く残っていたはずの傷跡すら消え去っていた。

 秋仁と似た葬術のはずなのに何をされたのか、そもそも葬術の発動すら全く気が付かなかった。

 

「動けンだろ。早く出て行ってくれ」


 にべもなく告げられ、ソファーから立ち上がる。先程より断然体が軽い。全身をぺたぺたと触って確かめる間、彼はケトルで湯を沸かしている。


「あの……」

「総真を守ってくれたことには感謝している。今すぐ殺さねぇのは最大限の譲歩だ」


 彼はただ忘れろと、何重にも壁を重ねる。関わってほしくない。強い拒絶の意志は人間への侮蔑と軽蔑が入り混じっている。

 そうだ、彩春の知っている神とはこういう存在だ。彼らはその歴史から()()()()()()()()()()のだから。

 

「やはり、ロック・ジョー様……なのですね……」

「無駄なおしゃべりをする暇があるなら足を動かしてくれないか」

 

 震える脚を叱咤し、その場に留まる。帰れと促されると自然と足が玄関に向かってしまいそうだった。けれどここで引き下がればどこかに消えてしまう、そんな予感がした。

 きっとそれは真実になるだろう。25年もこの狭い世界で最も財力と権力が集まるシャーレから姿を晦まし続けたのだ。小娘1人から逃げるなど造作もない。


「わ、私も、仕事、です、ので」

「アイツの手先じゃないなら仕事はもう終わりだろ。俺は謝罪を拒否した。それ以上食い下がるなら……」


 ガチャリと扉が開く。片手に赤い箱を持った総真が額に浮かんだ汗を拭いながらズカズカとリビングへ足を踏み入れた。その場の空気を破壊する無遠慮さは彩春にとって天の救いより尊いものである。


「父さん!部屋片づけてくれよ!なんでハードカバーの本が山になってるわけ!?危ないだろ!」

「ワリィ~!お前を探すのに押入れ探っててさぁ」

「どこ探してんだよ」

「ちょっと前は書斎の押入れに隠れるのが好きだったじゃねぇかぁ」

「何歳のころの話してんだ!」


 途切れた言葉と共に鋭利なナイフのように尖った風はドアに押し出され、にっこりと微笑んだロックが総真へ振り返る。茶葉を受け取り、カップを2つ並べ始めた父に総真は小首をかしげた。


「あれ?来客用のカップなかった?」

「この前割った」

「じゃあ俺のマグカップ使ってよ」

「…………はいはい」


 棚から白いマグカップを指さした息子に父は一瞬眉根を寄せる。かなり返事に間があったが、テーブルには3つのカップが並んだ。

 不満を隠さず、緩慢な動作で紅茶を淹れる父を背に総真は立ち尽くす彩春の顔を覗き込んだ。


「立ってて大丈夫か?顔色悪いぞ」

「いえ……あなたが来てくれたから少しマシになったわ……」


 空気が。

 しかし直接的に何かを言えば口を開く前に殺されかねない。米神を抑え、ありきたりな言葉と共に総真の手を握ると、彼は更に首をひねった。

 彼の肩越しにこちらをジッと見つめる影が見える。襲い来る恐怖に総真の手をさらに強く握りしめた。


「総真。こっちゃ来い。治療してやる」

「ええ?いいよ。このくらいの痕なら目立たないって」

「いーから。母さんに見られたら俺がどやされる。あー……お嬢さんも座れ」


 紅茶を飲む間ぐらいは見逃してやる。言外に滲ませる殺意に目を瞑り、彩春はカップの置かれた食卓の椅子を引いた。

 湯気立つ紅茶と何の変哲もないダイニングテーブルだというのに、断頭台に首を差し出したような感触がする。


 彼らはこちらを気にせず、総真の腕に残った傷を診ている。損傷が大きく、どうしても傷跡が残るだろうと診断されていた。ロックは傷跡に眉間の皺を深め、こつこつと総真の額を叩く。


「海魔にやられたんだって?ったく……お前は葬務官じゃないンだぞ」

「ご、ごめんって」


 こうしているとロックはただ息子を心配するだけの父親だ。彩春に向けるような明確な殺意は一切なく、金の瞳には少しの心配と純粋な愛情が浮かんでいる。

 彼は深水を浮かべることもなくただその手で傷跡をなぞる。次に目にした時には瘢痕は跡形もなく、まるで最初から怪我をしていないかのように滑らかな腕が存在していた。


 やはり葬術の使用を感知できない。通常、葬術を使えば多少なりとも深水葬術の痕跡が残る。それがロックの葬術には一切見られないのだ。どういう原理で治療を施しているのかも全く分からない。未知、という言葉が頭を過る。


「よし。もう無茶すンな、よ!」

「いって!」


 ぴんっ!と弾かれた指が額に当たる。床に転がって身悶える息子にカラカラと笑い、湯気立つ紅茶を口に含んだ。


「お嬢さんからだいたい話は聞いた。海魔が討伐されたならもう心配することはねぇだろ。なぁ?」

「は、はい!出現の原因はダムの浄化装置の破損ですので、装置の取り換え工事さえ終わればもう同じことは起こらないかと」

「総真も生きて帰ってきたし、怪我の痕もない。いやーよかったよかった」


 だからはよ帰れ。そう言われているような気がする。

 熱を持つマグカップを緊張から指で突き、だらだらと流れ落ちる冷や汗で背が気持ち悪い。帰りたいのは彩春だって同じことだ。病院を出たあと、秋仁の身勝手な言いつけさえなければ!


「そういや、先生もあとで合流するんだろ。いつ頃?」

「着いたらメッセージを入れるって……」


 そう。これだ。総真から問われた内容にポケットにしまったままのスマートフォンを見る。画面には時計が表示されるばかりで助け船は見当たらない。


 山へ向かう道中。車を手配した秋仁から届いたメッセージには合流するのでできうる限り日野邸に居座れと書いてあった。最初は何を言っているのだと思ったが、ロックの対応を見れば意味が良くわかる。

 

「先生?」

「俺を治療してくれた先生。葬務官さんで、神崎さんの叔父さんだって」

「へぇ。何て名前なんだ?」

「秋仁さんって人」


 ここで冬仕と告げていたら問答無用で殺されていた気がする。それほどまでに強大な殺気が目の前で蠢いていた。

 ロックは何かを考えるように顎を触り、額を抑えて立ち上がる息子を見やる。人差し指の爪でカップを擦る音が嫌に大きく響いた。

 

 コツン、と陶器を叩く手が止まる。紅の水面が波打ち、金の瞳が大きく蠢く。光を宿さぬかの光が強い侮蔑へと染まる。

 人を射抜く言葉の矢は彩春の背後。固く閉ざされた扉へと矛先を変えた。


 「じゃあ、廊下で聞き耳を立てている不審者はその秋仁ってやつじゃねぇンだな」


 ロックの言葉に一斉にリビングの入口へ視線が集まる。扉の向こうはしんとしており人の気配は一切ない。

 

 勘違いではないか。彼の指摘を否定しようとしたその刹那。ゆっくりと、リビングの扉が開け放たれる。この場にいる人間は誰も近づいていないのに、独りでに。


 同時に軽薄に恥を上塗りした愚かな声が響き渡った。


「いやぁ!まさかバレるとは思わなかった!」


 凍り付いた空気の中、霜を踏みつけるよりも軽い足取りで入室した男、秋仁はにこやかに片手をあげた。その足は土足のままだ。無遠慮に他人のテリトリーを踏み荒らした男は、怯むことなく一歩を踏み出す。


 住居に不法侵入した挙句、指摘が正しければ盗み聞きも。家主に見咎められた絶体絶命の状況で堂々と前に出る折れ曲がった根性と大胆さに、彩春は両手で顔を覆った。


「叔父さん……」

「ごっめーん!案外早く来られてさぁ!ちょーお話盛り上がってるみたいだから、入りづらくてぇ」

「メッセージは!?玄関はどうやって突破したんですか!」

「それは正規のルートで入手しましたぁ」


 くるくると指先で回す鍵。タコ型海魔の足によく似たキーホルダーが付いたそれに、ロックの片眉が上がる。同時に総真が唖然とした顔で鍵を指さした。


「それ母さんの鍵じゃん」

「そ!事情を説明したら快く貸してくれたよ」

「チッ」


 今露骨な舌打ちが聞こえた。音の方向に目を向けると、一切笑っていない目が秋仁を刺している。視線だけで人が殺せそうだ。

 殺意を向けられている秋仁はなんのその。全く気にした様子もなく、挑発するようにわざとらしく鍵を揺らした。


「お久しぶりです、ロックさん。ま、諸々の積もる話は追々。今最も大事なのは今後どうするか。そうでしょ?」

「今後?お前たちに後があると思うか?」


 ごきり、と嫌な音が響き渡る。骨を鳴らす音だと認知できるのに、刃物を研ぐ音へと錯覚する。今日ここで死ぬのだ、と助命を祈る神は目の前にいて、精神にすら逃げ場のない悲惨な現状に静かに涙が零れた。

 しかし、ここには救いの神がもう1人いる。何1つ現状を把握できていないこの事態の元凶、日野総真である。


「これ、なんの話?」


 純粋な疑問を浮かべる彼の一言に、4人が顔を見合わせる。何も知らない可哀そうな一般人。言葉の意味が何一つ分からない置いてきぼりの子供。彼がおずおずと片手をあげて説明を求めると、秋仁はにっこりと笑って1枚の書類を取り出した。


「ごめんね。説明したいのは山々なんだけど、長ーくなっちゃうから超端折って大事なところだけ伝えます。あ、これが一番大事な紙ね!」


 差し出された紙1枚には小難しい内容が長々と書かれている。目を凝らして嫌に小さい文字を追いかけ、やっと読み取れたのは「徴兵制度」と「4等葬務官」という2つだけであった。

 ヘルプ、とテーブルに投げ出された紙を奇しくもロックと同時に覗き込む。


「海魔対策法第52条……戦線維持と市民の安全確保を優先した徴兵制度について……?」

「シャーレ管轄外に3等葬務官相当の実力者が出現した場合における安全対策として、該当者にあらゆる法を度外視した強制的な徴兵を行う……あ゛?」

「つまり?」

「日野総真君は、本日付けで4等葬務官に着任したってことです!」

「はぁ!?!?」


 ガタンッ!と大きな音を立てて椅子が倒れる。立ち上がったロックが今にも秋仁に掴みかからんとしている。咄嗟に総真が羽交い絞めにしたことで命拾いしたが、あれは確実に首を絞めに行っていた。


 書かれている内容は形骸化した徴兵制度を用いた強制的な葬務官への着任命令である。訓練も積まずに3等葬務官相当の実力を持つ存在が現れることなどまずもってあり得ない。そのあり得ないを前提にした、超法規的措置。それが徴兵制度である。

 これは300年前に改正された法律で、優秀な人材であれば訓練など積まずとも重用する、もしくは扱き使うことを前提にした非人道的な法律である。


「ま、まって!俺が葬務官!?なんで!?」

「資質あるものは皆平等に葬儀に参列すべし。これ葬務官の常識ね」

「俺は葬術どころか深水操作すらできませんけど!?」

「なぁにをいうかあ!3等葬務官が複数人であたるイエロー級を弔ったんだよぉ?彩春とね。これ立派な3等葬務官相当でしょ!」


 秋仁の一言にぽかん、と口を開けたまま固まる。哀れな総真に彩春は何も言わずに肩を叩いた。

 

 葬務官以外には実感が湧かないやもしれぬが、これは相当にイレギュラーな事例。

 訓練も積まず、葬術も使わず、身体能力のみで海魔と渡り合ったのだ。蹴りひとつで触手の破壊にも成功している。万年人手不足の葬務官にとって喉から手が出るほど欲しい人材だ。

 

 だが、やり方が強引すぎる。明らかに神を意識した所業。総真を先に手中に収め、神へ選択を迫っているのだ。


「ちなみにこれ、拒否すると死刑になるから」

「はあ!?死刑!?」

「素人が深水を操っていることになるからねぇ?毒を常に持ち歩いているってことでしょぉ?そんな危険人物放って置くのは無理じゃない?」

「だからって死刑なわけねぇだろ!違うよなぁ!?神崎さん!!」

「それが……」


 シャーレは海魔対策を一手に担っている。人類の存亡を背負っている組織だ。シャーレの一言は法律であり、全ての人間はシャーレのいかなる指示も遂行する義務がある。

 それに反するものは、海魔と同じと見做されてしまう。

 

「上に説明するの大変だったんすよぉ?最後は鶴の一声でぱーっと通っちゃいましたけど」

「こんな無茶苦茶な内容通るわけがない!!」

「そぉでしょぉねぇ。あなたが思い浮かべている御方が止めに入れば、ですけど」


 泡が浮かんでいる。ぱちん、ぱちん、と規則的に弾ける泡はロックの怒りに呼応し、激しく礫を飛ばす。飛び散った深水がカーペットに泥のような染みを作った。神の怒りをも恐れぬ物言いとはよく言ったものだ。本当に神が怒り始めたときはどうすればいいのだろうか。


「鶴の一声って、誰の声だと思います?」


 秋仁はひらり、と両手をわざとらしく宙へ上げ、両手を組む。心臓の位置まで掲げた手は尊き存在に祈りを捧げる。果たして、誰への祈りなのだろうか。


「伝言を預かっています。我らが神からのお言葉です」


 スマートフォンに映し出された一本の動画。再生ボタンと共に流れ出た抑揚のない悲しき声。真っ暗な闇の中、嗚咽と共に響く音が心臓を逆撫でる。

  

「懺悔し、自責し、生を受けたことに万感の想いを抱いて、命ある限り心からの謝罪を。今なおのうのうと鼓動に酔う愚か者である私に、慈悲深き罰を与えたまえ」


 雨が降り始めた。


 締めくくりの言葉と共に泡が1つ、弾け飛んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ