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水母の骨を拾う  作者: とりにてぃ
酸素は水面へ上りゆく

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Marlin#2

 2人での探索開始から無言の時間が長らく続いた。

 話すことはないと言わんばかりにずんずんと進んでいく白狼の後を追い、目視で周囲を見渡す。


「なんもいないなぁ」

「本体ばっかり探すんじゃねぇ。周りも見ろ」


 残念なことに海魔らしき姿は確認できず、深水の水溜まりも落ちていない。

 海魔が出現する場所には深水が溜まっている場所があるの可能性が高く、そこから出現した海魔は深水の周りをベースに移動することが多いのだ。


 体が深水でできている海魔は定期的に深水を補給せねば生きていけない。

 人間が水分を補給するのと道理は同じ。水溜まりが発見できればそこを起点に調査することも可能だ。


「索敵能力のねぇ俺達は環境の情報から探る。いいな!」

「了解……なんだけど……」


 合理的な説明の後に白狼の方を見るとかなり距離を取られていた。

 3メートル以上離れている白狼の周囲には霜が降り積もり、総真の立ち位置を境に冷気が途切れている。


 再び近づこうとすると同じ分だけ距離を取られ、慌ててその場に留まった。


「離れすぎじゃない?」

「テメェがいると葬術が狂うんだよ!戦闘時以外は来んな!」


 曰く、総真の深水の濃度が悪影響を及ぼしているらしい。

 深水に作用して急速に温度を下げる葬術は、深水の濃度が高ければ高い程凍りにくくなる。


 総真は全く凍らない、いわば天敵。近くにいるとその部分だけがぽっかりと穴が空いたように溶け、感覚が狂うらしい。

 

「主席サマでも多少凍るつーのに、お前おかしいだろ」

「そういわれても……」


 彩春は神崎家の家系。5大名家はその名に恥じずそれなりに濃度の高い者が多い。

 その彼女でさえ冷える程度には影響があるというのに、総真はむしろ溶かしてしまうほど相性が悪かった。


 深水操作を常に回しているのも大きな要因となっている。

 本来一所に留まるはずの深水が全身を巡る所為で全く凍らなくなっているのだ。


 前回の共闘の時は指先は氷の影響を受けていたため、その違いが良く分かる。

 白狼は気色悪いと非常に嫌がりながら距離をとり、棒を突き立てた。


「いいか?ここより先には基本近づくな!」

「深水操作をやめればいいんじゃ……」

「戦場で武器投げ捨てる馬鹿がどこにいんだよ!あほか!」


 葬術を持たない総真にとってグローブと深水操作だけが海魔に対抗できる武器だ。

 他人の武器のために自身の命を投げ捨てるような所業は許しがたいと強めに叱られ、総真は肩を竦める。


 そうして奇妙な距離を保ちながら進む羽目になり、白狼の後に続いて霜を踏みしめる。

 相変わらず痕跡らしいものは見当たらず、気まずい沈黙ばかりが零れた。


「あのー……」

「あ?」

「いや……なんでも……」


 無言の時間が耐えがたく呼びかけた直後に物凄い目で睨まれてしまった。

 人を射殺さんという殺意に満ちた瞳であった。とてもではないが話しかけにくい。


 どうにかしてコミュニケーションを図ろうとしていると、意外にも白狼の方から言葉が飛んできた。


「てめぇ、カノン様とロック様の養子ってのは事実か」

「え、あ、うん……2人に育てられたのは事実」


 南区の防衛戦ではロックのことをよく知らなかったようだが、中央区に戻った際に神の帰還について聞かされたようだ。

 ロック本人にはまだ出会えていないらしく、彼は胡乱な目で総真を見た。


「んでこんな奴育てることになったんだか……」

「生みの親が父さん……ロック、様……に預けたらしいよ。俺が赤ん坊の頃だから詳しくはしらないけど……父親は特務葬務官だったとか……」

「特務葬務官!?15年前の!?」


 大声を上げた白狼に驚き、曖昧に頷く。

 預けられたのが15年前だったのは承知しているが、そんなに驚くことだろうか。


「テメー自分が何言ってんのかわかってんのか!?15年前の特務葬務官を思い出してみろ!」

「ええ?」


 15年前。その時点で特務葬務官であった人間は2人だけ知っている。

 リュードに仕えている皇剱。彼は幼少期から特務葬務官として何十年も務めている。


 神埼冬仕。彼は25年前のロック失踪事件から特務葬務官であったはずだ。

 他に特務葬務官がいたとしても座学を受けていない総真にはさっぱりで、首を傾げる。


「剱さんと総帥……あと誰がいるの?」

「ばっかお前!だからおかしいつってんだろ!」


 焦る白狼とは正反対に総真はただ首を傾げるばかり。

 確かに特務葬務官を調べれば誰が父親か知ることができるが、まるで興味がなく知ろうともしなかった。


 だが彼は深く溜息を付き、事実だけを述べた。

 

「どういうこと?」

「15年前の特務葬務官はその2人しかいねぇんだよ!」

「はい!?」


 意味が全く理解できず、慌ててスマートフォンに入った資料を開く。

 その中に歴代特務葬務官の項目があり、何年から何年まで勤め上げたかが書かれた欄を注視した。


 確かに白狼の言う通り15年前、もしくはその近辺で特務葬務官をしていた人物は件の2名のみ。

 他は誰も任命されておらず白狼の言うことは正しい。


 となるとロックの言葉を鵜呑みにするのであればこの2人のどちらかが父親ということになってしまう。

 だがそれではおかしい。


「まって!父さんの居場所は誰にも知られてなかった!赤ん坊の俺を連れてこれるはずがない!」

「どっちかが嘘を吐いて黙ってたんじゃねぇのか?」

「状況証拠的に剱さんが父親になっちゃうだろ!」

「あながち間違いじゃねぇかもしれねぇぞ」


 冬仕はロックに出会って早々に殴りかかっていた。居場所を知っていればわざわざ殴りになどいかないだろう。

 行動自体がブラフの可能性もあるが、最も有力なのはやはり剱が知っていて25年間しらばっくれていた可能性だ。


 白狼はさらに共通点をあげる。

 似ているとまでは言わないが、近しい要素はあるだろうと総真の髪を指さした。


「黒髪、高濃度の深水。共通点はなくはねぇ」

「いやいや、いやいやいや!剱さんはそもそも結婚してないって聞いてる!」

「ガキこさえるだけなら結婚は必要ねぇだろ」

「皇家の人たちとは似てないじゃん!色だけ!」

「まぁなぁ」


 顔の造形だけで言えば皇家とは全く似ていない。総真はどことなく女性に近い顔立ちをしていて、良く言えば可愛らしく悪く言えば覇気がない。

 一方皇家は鋭い眼光と整った顔立ちが特徴で、性別問わず端正な顔をしている。造形だけ見れば血縁は考えにくい。


 混乱し始めた総真をよそに、話題に上げた白狼は他人事のように眺める。

 見ていて面白いほどの慌てぶりに茶々を入れようと棒の端に霜をつけた刹那、バッと思い切り顔を西へと向ける。


 突如現れた2人以外の深水の気配が薄っすらと感じられたのだ。

 なおも慌てる総真の頭をひっぱたき、西側を指さした。


「カジキがいた!追うぞ!」

「え?え?このまま!?俺まだ飲み込めてないんだけど!?」

「戦ってるときは頭空っぽにしろ!」

「無責任だぁ!」


 走り出す白狼に置いていかれないように同じように駆け出す。

 霜の後を追って進んだ瓦礫の裏から尾ひれの形をした漆黒が覗き込んでいた。

 

 走り出した先には複数のカジキがたむろする深水溜まりが存在していた。

 最悪なことに深水溜まりはかなりの大きさになっており、白狼1人では浄化ができない。


 そもそも浄化のやり方を知らない総真は戦力外通知を受け、致し方なく綿密な作戦を立てることとなった。


「首席がいれば浄化は任せりゃよかったんだが、できねぇなら凍らす1択だ」

「凍らせるの?」


 深水を補給する海魔たちは文字通り深水溜まりが生命線だ。

 複数の深水溜まりがある場合は雀の涙程度だが、使用できなくすれば戦力を削れる。


 単純に海魔のサイズが小さくなったり、攻撃力が大幅に落ちたりするらしい。

 消滅には至らないが少なくとも新たに生まれることはない。戦況が有利に傾くのは間違いない。

 

「あの程度の濃度なら俺でも凍らせられる。問題は周囲のカジキだが……」


 カジキよりも濃度の高い深水溜まりを凍結させるにはカジキの相手をしている暇はない。

 一点集中で凍結させている間に引きつける役が必要になってくる。


「海魔は深水の量や濃度が高い方に惹かれやすい。てめぇなら囮に最適だ」

 

 説明の間、白狼は口をへの字に曲げて非常に遺憾だと言わんばかりの表情を浮かべた。

 頼りないのは重々承知しているが顔に出されるとかなり傷つく。


 水辺にいる海魔は全部で3匹。まとまって攻撃されると厄介だが、なんとか対処できる数だ。

 援護なしに1人で総真が引きつけるだけなら比較的楽なミッションである。


「南区での弔いよりは遥かに楽だろ」

「そりゃまあそうですけどね!?難易度は同等ぐらいだよ!」


 乱戦になっていた南区での弔いは実戦として非常に難易度の高い戦いだったが、今回はそれに勝るとも劣らない。

 戦闘素人にはどちらも過酷な内容だ。


「彩春と合流したほうがいいんじゃ……」

「一報いれて突撃したほうが早ぇだろ」


 白狼の持っているスマートフォンの画面には連絡用アプリのメッセージに一言。海魔を見つけた、のみ。

 これでは状況が把握できず困惑するのではないかと思ったが、白狼は気にせず氷の刃を伴った棒を構えた。


「てめぇも葬務官なら腹くくれや」


 物陰から飛び出した白狼が一直線に深水溜まりへ駆け出すのに続き、転びそうになりながら海魔達の前へ躍り出る。

 一瞬白狼へと目線が向いた海魔達は総真が現れた瞬間に一斉にこちらを向いた。


 高濃度の深水を携えた総真のほうがいい獲物だと判断したようで、容赦のない突進が3匹同時に繰り出される。

 地面をえぐり取る速度に咄嗟に反応し、飛び上がる。


 爆音と共にえぐれた地面と角が折れるほどの衝撃が大地を揺らす。

 身を翻しバック転の要領で地面をくるくると回りながら距離を取り、再び向かってくるか海魔へ拳を叩きつけた。


 命中した1匹はその脆さから深水を撒き散らしながら爆散し、周囲にいたカジキへ余波が伝わる。

 尾ひれと背びれを損傷した海魔は再び舵を取り、ぐるぐるとその場を回り始めた。


「地上なのに泳いでるのはずるくないか!?」


 抵抗をものともしない泳ぎに理不尽を感じるのもつかの間。再び突進が繰り出される。

 幸いカジキは突進攻撃ばかりで驚異的な攻撃手段には出ない。


 距離を取ってきちんと目視をしてから躱せば、身体能力が爆発的に向上した総真にとって取るに足らない相手だ。

 着地点に再びやってきたカジキめがけ重力に任せって拳を振り下ろす。


 先程の爆発を学習したのか、拳を突き出したのを見るやいなやカジキたちは散っていき、地面だけが無惨にも爆発した。


「どのぐらいで凍結終わるの!?」

「3分は持たせろ!」


 深水溜まりへ周囲を見向きもせず突っ込んだ白狼は棒を深々と墨のような深水へ突き刺す。

 棒の周辺から徐々に凍り始めているが速度は牛歩だ。


 水たまり以上、池以下といったサイズ感の深水溜まりを全て凍らせるには確かに3分はかかるだろう。

 残った2体の海魔が再び襲い来る前に白狼から距離を取るように駆け出す。


 拠点を潰されるという恐怖感、はたまた獲物を切り替えるほどの知性は持ち合わせていないカジキたちはまんまと総真の方へおびき寄せられていった。

 白狼の視界からなるべく外れない程度に距離を取り、攻撃を躱すことに専念する。


 ヒットアンドアウェイを心がけ、無茶な突撃は決してしない。

 1人で戦う必要は微塵もない。白狼が凍結を終わらせればカジキは十分弔える。


「あとどれぐらい!」

「2分だ!さっさと弔え!」

「んな無茶な!」


 拳からの攻撃が厄介だと学習したカジキたちはむやみに総真の射程へとやって来ない。

 殴る素振りを見せるだけで素早く泳ぎ去ってしまい、とてもではないが一撃入れる隙は少ない。


 知性はないくせに連携は巧みだ。数の利を活かし、総真の突撃を阻止している。

 1体が間合いに入ればもう1体が死角に入り込み、その逆もまた然り。


 ぐるぐると総真を囲うように徐々に追い詰められ、再び飛び上がって円の中を抜け出しては鬼ごっこを続けた。

 そうして逃げ回っている間に先ほど砕いたはずのカジキの角が再生している。


 自前の深水さえあれば身体を簡単に再生できる海魔を相手に持久戦は不利だ。

 逃げに徹する総真は常に一定の距離を取り続け、瓦礫を巧みに扱ってくるくると宙舞った。

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