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水母の骨を拾う  作者: とりにてぃ
酸素は水面へ上りゆく

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訓練官1年生#2

 海魔の出現場所は南区海岸沿い。再び壁の向こう側にワープを用いて移動してきた4人は、すっかり瓦礫の山と化した一帯を眺めていた。

 カノンの葬術による一掃はすさまじい威力で、薙ぎ払った地域の再興には数か月の時を要する。


 被害に遭ったのはシャーレの施設のみ。南区に配属されていた人たちが主に被害を受け、重要な観測拠点も吹き飛んでしまったようだが、壁内部にも予備の施設があるのだとか。

 問題は近辺に頻出する海魔。先日の戦闘から浄化が追い付かず、ブルー以下の海魔が頻出しているという。


 1日に2、3体出現すれば多いほうであった海岸沿いで20分に1体確認されている。

 1等葬務官が弔いに当たっていたが24時間体制20分置きのおかわりに耐え切れず、1日で消耗しきってしまったと報告があがった。


 担当していた1等葬務官が3名しかいなかったことも大きな要因にあげられる。広大な海岸沿いを交代もなしに戦い続ければ疲労もする。

 中央区で余っている人材はすぐさま南区に急行せよと指令が出され、総真たちも例にもれず南区へ飛ぶ羽目になった。


「カノン様って南区の視察に来ていたんですよね」

「う、うん。襲撃の2日くらい前から滞在してたの。海岸沿いの警らだよ」

「その……襲撃の予兆というのはなかったのですか?」

「最初の報告、えっと、海魔が海上に出たって言ったやつ……あの時以外は、なかった……と思うよ」


 南区防衛線の火ぶたを切ったのは海上に出現した無数の海魔の群れであった。

 リュードの泡を越えたのか内側で発生したのかは現在調査中だが、突如現れたのは事実だ。


 海岸の警らと視察に当たっていたカノンは2日前は異常を感じず、当日に突然出現したと報告を上げている。

 その前から予兆らしきものは何1つなく、海は平穏そのものだったと。


 襲撃から海魔の出現数が各地で大幅に上昇している件についても現在調査中で、2等葬務官以上が過労死寸前の働きを見せている。

 前代未聞の人員不足は現場を直撃し、浄化も全く間に合っていない。


「白狼は?南区配属だったんでしょう?」

「俺はなんも分かんねぇよ。配属されてすぐのことだったし、壁の外側にいたのも数日だ」

「少なくとも目に見えて分かるほどの違和感はなかったのね……」


 今回の襲撃は不審な点が多く、のちに続く海魔の頻出も原因究明ができていない。

 調査をしたくとも人員が裂けず対症療法の弔いが精一杯なためだ。


 原因さえわかれば一時でも休める葬務官が増えるというのに厄介なことだ。


「ロックお兄様が各地で残滅に当たってくれているけど、北区と東区が中心で西区と南区が手薄なの。お兄様も万能じゃないし、移動手段が限られているから……」

「御1人で2区カバーできている時点で素晴らしいです」

「原因究明に出ているはずなんだけどね……人間さんたちにすっごく怒ってるから、八つ当たりに気を付けてね」


 シャーレへ初めて来たときの阿鼻叫喚の地獄絵図を思い出し、サッと血の気が引く。

 弱い者いじめで得られるストレス発散は趣味が悪すぎて全く理解できないがロックにとっては良い遊びなのだろう。


 あまりにも酷い趣味に総真は思わず母に叫んだ。

 

「人間に八つ当たりするのやめようよぉ!息子としてどうかと思う!」

「お母さんもそう思う。でも止めると総真が1日中連れまわされちゃうよ」

「それはちょっと……」


 妹としてカノンもあんまりな趣味だと思っているそうだが、代替案の負担が1人に一極集中しすぎている。

 1日連れまわされることは子供のころから何度もあったもので付き合うのがとても大変なのだ。


 夜眠れない日が続いている状況で地獄の買い物レースや耐久新曲演奏会は勘弁願いたい。

 どうにかして双方回避できないかと模索していると、背後に立っていた白狼が眉間に深いしわを刻んで物凄く恐ろしい顔を浮かべていた。


「どうした白狼!?」

「お前……カノン様を母さんって呼んでんの……?」

「あ、うん……え!?そんな怒る!?」

「不敬だろどう考えても!」


 今すぐ頭を下げて謝れ!と頭頂部を強く押され、首が捥げそうになる。確実に筋は痛めた。

 顔面をコンクリートに押し付けようとする白狼に対抗して頭を上げ続けていると、傍で見ていた彩春からきつめのチョップが白狼の脳天に直撃した。


「いってぇ!テメェ何しやがる!」

「カノン様が怒っていないのにあなたが口出しするんじゃありません!」

「母親呼びはねぇだろ!」

「総真のお母様がカノン様なんだから何もおかしくないのよ!」

「はぁ!?!?!?!?!?」


 今日一番の大きな声で叫んだ白狼に、カノンがそっと触手で耳を塞ぐ。足元から這い出た深水の触手はひんやりと冷たく、総真の耳も塞いでいた。

 事情を知らない白狼へかいつまんで総真に本当の両親が現状いないことや、育ての親がロックとカノンであることを説明する。


 情報を開示するたびに大声をあげる白狼に、目の前に立つ彩春は疲弊し途中で片耳だけ触手で覆ってもらっていた。

 話せる内容はさほどないはずだったのだが、彼が一々驚いて悲鳴を上げるせいで10数分もかかってしまった。


「だから……総真は……特別なの……」


 耳がキンキンと響いており、小声で話しているはずなのに大きく脳内に響く。

 げっそりとした彩春に哀れみの目を向け謝罪の意で頭を下げる総真に僅かながら首を振り、呆然とする白狼の眼前で手を振った。


「分かった?もう説明しないから」

「……とりあえず、飲み込んだ」

「ならいいわ。今後カノン様への不敬は総真に限り見逃すこと!いいわね!」

「おう……」


 周囲に虚無と宇宙が広がり目を見開いて気のない返事を返す白狼に本当に話を聞いていたのかと彩春が詰め寄る。

 すっかり喧嘩漫才が板について来た2人に、母と子は肩を竦めた。


 意気消沈してしまった白狼を気味悪がりながらも更地になった南区を進んでいく。

 仮で急遽整備された道は瓦礫を端に寄せたばかりで尖ったガラスや崩れたコンクリートなどがあちこちに転がっている。


 先に進むカノンがそれらを全て綺麗に触手で退け、背後を歩く子供たちは何不自由なく歩けていた。

 非常に申し訳なさそうに下を向く彩春とぽかんと口を開けたままふらふらと歩く白狼、そんな2人に気まずくなる総真というなんとも奇妙な光景だ。


 道の途中にはいくつもバブルが浮かび上がっており、まだ弔いきれていない海魔が応急的に閉じ込められている箇所がいくつもあった。

 弔う葬務官の負担もあるが、何よりも心配なのは再び眠りについたリュードへの負荷だ。


 通常の出現頻度でも大きな代償を背負っていた彼が大量出現とバブルの行使に、今までと比べ物にならない痛みを背負っているのは想像に難くない。

 訓練後早々にリュードの私室へ戻ってしまった剱は再び苦しむ主人の棺の前で祈りを捧げ続けているのだろうか。


「私たちの弔う海魔はあれね」


 前方に見えてきた青空よりも濃い海辺を思わせる蒼の泡が僅かに虹を浮かび上がらせる。

 周囲にいくつかあるブルーの泡の1つを彩春が指さし、前方を歩くカノンが小さく頷いた。


「Bブロック最北端に位置するブルーのバブル……中に入る前に海魔の情報を共有するね」


 各々のスマートフォンからぴこん!と電子音が響く。届いた詳細な資料にはマグロ型海魔と記されており、古い時代の図鑑から引用された写真が載っていた。

 マグロ型は巨大な体躯と常に動き続ける回遊が厄介だと記されている。


 バブル内での位置関係が外部から観測しにくく、中に入るまでどこに居るか分からないのがマグロ型の特徴だ。


「マグロってあれだよね。海に沈む前は日本ですごく食べられてたっていう」

「魚類を生で食す寿司なるものが主な調理法だったらしいわね。海魔のいる海でも生息しているのかしら」

「か、海魔の出現から海の魚は食べなくなったって……いるかいないかは、海に行かないと……」


 押し寄せる波の音ばかりが響く広大な海は殆どが深水に汚染され、毒の沼と化している。

 容易に近づくことはできず、入ればたちまち海魔に殺されてしまうか深水に侵されて骨片1つ残らない。


 一生確かめる機会は訪れないだろうが海の魚というのは夢のある話だ。

 川魚の養殖は続いているが、それもごく少数で貴重品だ。これだけ広大な海にまだ魚がいるのなら有用な食料資源の宝庫となるだろう。


「マグロ型は攻撃性が低くて、ぶ、ブルーの中でも弔いやすいから……3人でも弔えると思うよ……」

「私1人でこなせる案件だけど……私たち連携はボロボロだものね。各々が1人で戦うよりパフォーマンスは落ちていると想定して安全策で行きましょう」

「だね。俺と彩春はともかく白狼を入れたら即席パーティーだもんね」


 南区の防衛戦でも白狼とはタイミングが合わず、非常に苦労した。

 3人で訓練を積んでおらずリーチの被りやすい総真と白狼が足を引っ張り合うことが想定される。


 ブルーは3等葬務官の彩春1人で弔えるレベルだが、ここは慎重に行動した方が良いだろう。

 まだ虚空を見続けている白狼の眼前で手を振り、作戦会議のために何とか正気を取り戻させた。


「話聞いてた?」

「あ?あぁ……マグロ型海魔?聞いてた聞いてた」

「はぁ……まあいいわ。作戦会議よ。即席は即席なりにできることがあるんだから」


 彼女は何度かスマートフォンを操作し、全員の画面に作戦会議用の画面を表示する。

 参列官からの情報とこれまでで分かっている海魔の情報が載ったものであり、バブルが覆っている箇所を地図で示したものであった。


「マグロ型海魔は常に動いているから侵入と同時に索敵を行うわ。白狼、経験は?」

「索敵はあんまし。俺は葬術の反動がデカいからな」

「あなたの葬術って氷よね。どんな葬術なの?」

永久凍土(えいきゅうとうど)。深水に干渉して凍らせるだけの葬術」


 白狼のもつ葬術永久凍土は相手や自分の深水に干渉し性質を氷へと変化させるものだ。

 その仕組みは浄化に近く、使用に並々ならぬ訓練が必要になる。深水を氷に変化させる性質上、自身の深水に多大なる影響を受けやすく凍傷になりやすい。


 どちらか片方だけを凍らせるのは非常に困難であり射程もそう長くはない。

 だが中距離範囲、彼の射程内であれば深水さえあればどんなものも凍らせることができ、海魔には効果抜群だ。


 一方で索敵のような細やかな作業は苦手で、今までの指導では戦闘にまず注力するように言われてきたという。


「となると私がこのパーティでは索敵担当ね。苦手なんだけど……」

「索敵って具体的にどうすんの?」

「深水を扱うのよ。海魔は人間よりはるかに多く濃い深水を持っているからそれを探るの」


 彩春も苦手だという索敵もまた浄化作業に近い。

 もっと広範囲に薄く広く空気中に自身の深水を散らし、高濃度かつ多量の深水を探すのだ。


 範囲はひとそれぞれだが、彩春は半径10メートルまでならば警戒しながら索敵できるそうだ。


「回遊魚はバブルに閉じ込められるとある一定のルートを作ってそこを回遊するわ。まずはルートをあぶりだしましょう」

「了解!」

「へーへー」

「わ、私はバブルの端で待機してるね……」


 任務のタイムリミットは日が暮れるまで。それまでに弔いバブルが弾けなければカノンが前に出る。

 誰か負傷者が出た場合もすぐさまカノンの下へ退避するように命じられ、3人は深く頷いた。

 

 

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