波間に剣を突き立てん#5
感じ取れた感覚は徐々に熱を持ち、その輪郭が浮かび上がる。
轟々と燃え上がる炎を身の内から感じ、背に冷や汗が流れた。
頭の中が一瞬何かにさらわれたように白む。体を焦がされる感覚にすぐ探るのをやめ、荒くなる息を呑み込んだ。
「どう?分かった?」
「大丈夫?すごい汗よ」
左右からアゲハと彩春に覗き込まれ、小さく頷く。
感覚の説明をしようと口を開くと、脳裏に浮かぶのは燃え上がる体。
制御できない炎に身を焼かれ、酷い火傷を負った記憶が蘇る。
つい昨日、数時間前に体感したことのはずなのにその殆どが消えている。火傷によって気を失っていたからだろうか。
この炎に触れたら再び噴き出すのではないかという不安に駆られ、感覚を深追いせず総真は眉をひそめた。
「火の……感覚がある……」
「へぇ?火ねぇ。熱く感じる人もいるみたいだけど火を感じるってのは初めてかも」
「総真、それは……」
事情を知らないアゲハは興味を抱いたようだが、彩春は不安そうに総真を見ている。
昨日のようになってしまえば、この場の人間では対処できないかもしれない。
前回はリュードの葬術によって抑えてもらっていたが、本人は現在眠りについているという。
伯父の助けなしで収められる保証もなく、不安そうにその胸に手を当てた。
会話の内容や様子から察したのだろう。ホワイトボードに長々と文をつづっていた剱がぽつりと言葉を落とした。
「総真様。炎を感じているのならご安心ください。それは貴方の深水の性質によるもの。炎がもう一度現れることはありません」
「そうはいっても……」
「もう一度申し上げます。炎が出てくることはありません。お忘れください」
剱の言葉を耳にした途端、突如頭が真っ白に吹き飛ぶ。
眼前に紫電を帯びた泡が横切っていくと同時に、ぐらりと身が揺らいだ。
ソファーに倒れ込んだ総真を慌てて支えた彩春と突如気を失った総真に目を見開くアゲハ。
気絶の原因となった剱は平然とその場に立ち、敵意を向ける彩春に首を傾げた。
「どうした、神崎の子」
「どうしたもこうしたもありません!今何をしたのですか!?」
「リュード様のお言葉を伝えただけだ」
リュードのこととなると、剱は指示に従う以外の行動はしない。つまり今発した言葉は一言一句正確に全く同じ言葉を告げたはずだ。
言葉がトリガーになっているのか、はたまたリュードが何か仕込んでいたのか。
ソファーに倒れ伏す総真の体の周りにはアゲハが飛ばした深水が舞っており、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「何も異常はないじゃない!どうして倒れたの!」
「あ、アゲハさん!強く揺すらないで!」
診察と浄化に長けたアゲハの診察をもってしても異常は検知されないという。
考えられる可能性は調べられないほど高度な葬術を付与されているか、総真の体自体に問題があるかもしれないと述べた。
「ウチの診察で見つからないなら小規模な葬術か、総真ちゃんの体に何か仕込まれているのかも。最初からあるものは異常として検知されないから、ちゃんとした設備で見ないと分からないの」
深水を使った診察は浄化と並行して行うことで本人の深水と共鳴し体内の水分を検査する。
身体に異常があれば如実に出てくるが、最初から備わっているものは異常として検知されない。
ないはずのものがある、あるはずのものがない。そういった異常は医療器具を通してみなければ検出できない。
アゲハは尊厳を傷つけられたと不満を零し、目を閉じている総真の身を激しく揺さぶる。
首ががくがくと揺れつづけ、彩春が必死に止めようと頭を支えた。焼け石に水だがないよりはマシだ。
この混沌をもたらした剱は平然としており、再びホワイトボードの作業に戻ってしまった。
「剱さん!リュード様は他に何か仰っていませんでしたか!?」
「気絶したら起きるまで放っておくようにと。何をしても自力で起き上がるまで無意味だとおっしゃっていた」
「じゃあリュード様はこの状態を把握しておられるのですね!?」
「そうだ。問題ないと聞いている。命に別状はない」
剱はそれ以上取り合ってはくれなかった。何をしても目覚めないという情報から一旦総真をソファーに横たえ、アゲハと共に様子を見守る。
常に体の状態をアゲハが診続けているがあまりにも変わらないため本人は早々に飽きてしまった。
「何にも変わんないしヒマだからしりとりでもしなーい?」
「しません!」
緊張感のない大人たちに彩春は頭痛を覚える。
子供が1人気絶したというのにこの態度。命に別条がないと分かるや否や全く総真を気にかけもしない。
浅い呼吸を繰り返す総真の額には汗が滲み、苦しそうに身を捩る。
これで異常がないとは信じられない。だが医務官のトップに君臨するアゲハが診断的ないとなるとそう簡単には解明できそうにない。
彩春の脳裏に過るのは気絶した後の様子。
意識がもうろうとしていた南区で次に目覚めたときは一部の記憶をなくしていた。
今感じていた炎の記憶も。火傷を負ったあとも覚えている様子からアビスに関する記憶の一部として南区の時だけ消えたのかと考えていた。
だが違う。炎1つでも彼は気絶し、きっと今頃また記憶を失っている。
リュードの言葉で気絶したということ。それを把握しているという事実。
信じたくはないがリュードの葬術が関わっているとしか考えられない。彼の葬術なら記憶を消す程度造作もないはずだ。
眠り続ける総真の震える手を、ただ静かに見ることしかできない歯がゆさが得も言われぬ悲しみを与えた。




