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水母の骨を拾う  作者: とりにてぃ
ひび割れた水槽

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波間に剣を突き立てん#4

「こちらで調査は以上です。続いて我々人間が行う深水操作の基礎について指導させていただきます」


 総真が行っていた全ての深水操作の確認が取れたのち、剱は少し汚れたホワイトボードの前に再び立つ。

 ソファーに座す子供達は互いに顔を見合わせ、総真の体を見つめた。


 深水を操作できる肉体であると同時に深水を認知していない状態でもある総真は非常に複雑だ。

 まずは認知することから始めるべきだと述べる剱に2人は深く頷いた。


「認知ってどうやるの?」

「体外に深水を出すことから始めます。視覚的に認識しそれを操作するのが最も手っ取り早いのです」

「毒を体内で扱うリスクも少なくなるし、一石二鳥な方法なの」

「体外に深水を……全然分からん……」


 言われていること自体は理解できる。要は体の外に液体を出す行為をすればよいのだ。

 人間であれば多少なりとも覚えのある行動であり、それを手や足といった皮膚の上で連想する。


 これが思ったよりも難しい。

 体から深水を染み出す想像など人生において一度もしたことがないのだ。


「体内の深水は人によって感覚が違います。総真様は扱うこと自体はできております故、体内で違和感を覚える物体に意識を集中させるとよろしいかと存じます」

「違和感……違和感……」

「私はとっても硬く感じるわ。人によっては冷たく感じたり、重く感じたりするみたい」

「私は少しピリピリしています。葬術に関係があるとも伺います」


 葬術を持っていないはずの総真にはさっぱりだが、要は生きていて凡そ感じない違和感を覚えるらしい。

 体内の深水を認識しようとすると体が反応し、そうして感覚が生まれてくるのだとか。


 深水操作すらない、体内に深水を持たない人類の時代から馴染んだとはいえ異物であることに変わりはない。

 世界が水没してから1000年余り、深水との向き合い方を学んだ人類が編み出した深水操作は未だ深水の全てを解明し切れていなかった。


「もっと詳しく説明できん……?」

「医学的な面と深水研究の面、海魔研究の資料から説明が可能ですがいかがいたしましょう」

「やっぱいいです……」

 

 あくまで感覚頼りの説明に理論立てて説明してくれと嘆いたが、非常に複雑な資料を取り出されそうになって慌てて元のやり方に戻った。

 説明されても理解できる気がしない。


 俺は感覚派、感覚派、と頭の中で反芻し、懸命に体内の違和感を探る。

 最初はこれと言っておかしな点は1つも見当たらなかった。今まで深水操作を扱っておいて感じ取れなかったのだ、当然ともいえる。


 うんうん唸りながら全身を探り、時に体のあちこちに触れて身を捩る。

 それでも良く分からず、ふかふかのソファーにぼふりと間抜けな音と共に身を投げた。


「だめだ、全然分からん」

「そうよね……今まで扱っておいて分からなかったんだからそう簡単には行かないわ」

「ふむ」


 考え込んだ教師2人が妙案を浮かべるのを待つ間、じっと体内を探る。

 やはりこれと行ったものが分からず、ぐだぐだとソファーに沈むばかり。


 どうしたものかとその場の全員が頭を捻っていると、突然室内に大きな警報のような音が響き渡った。

 ビー!ビー!と鳴り響く音と共に入口になかったはずの赤いランプが点滅している。


 何か緊急事態なのかと身構えていると、剱の紫電が目の前を横切っていった。


「申し訳ございません。予期せぬ来客があったようです。見てまいります」

「来客を知らせるベルにしては物騒すぎん?」

「ここは神専用の訓練施設だから……側仕えと神以外が来た、とか?」

「あり得そう」


 訓練室から下3つを含めた計4フロアは側仕えと神以外が立ち入ることは難しく、誰かが侵入した時点で防衛システムが作動してもおかしくない。

 そもそも起動キーを持っている誰かが来たという知らせでもあり、彩春は入口に視線を送った。


「5大名家の当主なら持っていてもおかしくないわ。剱さんとお父様は側仕えだし、残り3つの誰かだと思う」

「猪野、芹沢、華園だっけ?」

「華園家は滅多に製造部から出てこないから、猪野家か芹沢家だと思うわ。剱さんに用かしら」


 瞬きをする間に扉をくぐって消えてしまった剱の残滓は地面に残った直線の焦げ跡のみ。

 直ぐに進展はないだろうと再び深水の認知に入って数十分。


 やり方をあーでもないこーでもないと説明し続ける彩春と眉間にしわをよせて全身をまさぐる総真という奇妙な構図が出来上がったころ、漸く剱が訓練室へと戻ってきた。

 隣には褐色肌の白衣を身に纏ったグラマラスな女性が付いており、それが猪野家の当主であると認識するのにそう時間はかからなかった。


「総真様。猪野家の者が総真様の訓練に関わりたいとのことです」

「や!彩春ちゃんと総真ちゃん!ごめんねー急にきて!」

「ご無沙汰しております、アゲハさん」

「こんにちは……?」

「ウチは猪野アゲハ!気軽にアゲハちゃんって呼んでね!」


 初対面にしては随分とノリの軽い猪野家当主、猪野アゲハはピンヒールを力強く鳴らし、丈の短いタイトスカートで足を組む。

 15歳には非常に刺激の強い姿に総真は思わず視線を逸らし、きょろきょろと意味もなく目線を泳がせた。


 美しい水色の髪がさらさらと流れ、深い緑を携えた瞳に見つめられるとどぎまぎしてしまう。

 全く閉じる気のない胸元が教育に悪く、高鳴る胸が抑えられない。


 隣に座る彩春に何故だか申し訳なく、捨てられた子犬のような目で助けを求めた。

 しかし彼女は深く頷き微笑むばかりで助け舟は出してくれない。


 何故だか「分かるよ、その気持ち」と言わんばかりの視線だけが送られている。

 こんなところで共感して欲しくなかった。彩春から見ても魅力的な女性だということしか分からない。


「猪野。総真様の教育に悪い。せめて白衣を閉じろ」

「えー?おじいちゃん硬すぎでしょ。多少見えたって教育にそこまで影響はナイって!異性への興味の発達は健全な成長の証でもあるでしょぉ?」

「貴様が不健全だと言っている。それとも多少痺れても構わんのか」

「ヤダヤダ!やめてよ!人を丸焦げにするAEDとか笑えない!分かったって!閉じればいいんでしょ!閉じれば!」


 バチバチと紫電を飛ばす剱に恐れをなしたのか、彼女は渋々白衣のボタンを閉じていく。

 動きにくいことを考え脚はまだ多少出ているが、それでも先程より露出はマシだ。


 心が少し落ち着いて来たのを感じ、剱に感謝の視線を送る。彼の表情は全く変わらないので伝わっているのか定かではないが。

 彼女はぶつくさと文句を言いながらすっかりおさまった身を見下ろし、青空に染まったネイルの指でくるくると円を描いた。


「で?どこまで進んでるワケ?体外に深水は出せたの?」


 彼女の問いかけに沈黙が落ちる。

 認知すらできていないとは言いずらく、彩春と総真は互いに先程とは違う理由で視線を泳がせた。


  医療部門の長であるアゲハであれば何か別の視点を持っているかもしれない。

 一縷の望みをかけてアドバイスを強請ると彼女はしばし考えたのち、指先に1粒の深水を取り出した。


「総真ちゃんはさぁ、深水に耐性があんだよね?なら人のを触って感触を覚えたらいいんでね?」

「なっ!それはリスクが伴います!耐性があるとしても限度というものが……」

「ウチがいれば問題ないっしょ。医療に関しては秋仁より優れてんだから」


 猪野家は治療系の葬術を発現しやすい家系。例にもれずアゲハも治療系の葬術を有している。

 彼女は特に浄化能力に長け、秋仁の浄化能力も彼女直伝のものだと豊満な胸を反らして自慢している。


「秋仁がプール一杯分を瞬時に浄化できるとしたら、ウチは川1つ瞬時に浄化できるワケ。耐性のある子の汚染ぐらい朝飯前よ」

「それは……そうかもしれませんが……」

「基準が全然分からん……」

「失礼いたしました。浄化能力についてもご説明いたします」


 新たな内容の出現に困惑していると、剱がホワイトボードに情報を書き足していく。

 いつの間にか増えた浄化という項目は深水に深くかかわり、人間社会にも大きな影響を与えていると書かれていた。


 浄化能力は深水操作を扱う者が必ず習得する必須技能。

 深水を浄化するときに生まれるランダムな副産物は小さな陸地の中で欠かせない物資であり、これにより人類は安定した生活を手にしている。


「浄化ってどのぐらいできんの?」

「浄化員も1日で浄化できる量である程度ランクがあります」

 

 一般的に浄化員と呼ばれる浄化専門の職員が行える浄化は1日にバケツ1杯分。

 バケツ2杯分にまで上がれば通常の2倍浄化できる。少しずつ浄化能力を育て、日々の糧になっている。


 秋仁のプール1杯分を瞬時に浄化できるというのは浄化員の中にはおらず、規格外の力だと説明された。


「浄化員としては最高峰。他に替えの効かない存在です」

「じいさんも人をほめることあるんだ。彼はよく言えばオールラウンダー。悪く言えば器用貧乏だからねぇ。頭ひとつ抜けてるけどそれじゃあ特務葬務官サマの足元にも及ばないよね」

「2人とも浄化に関しては規格外ってことね……」

 

 側仕えの同僚と彼の師であるアゲハは同じタイミングで肩を竦める。

 どれか1つを極めれば頂点に立てていただろうにもったいないと、アゲハは弟子の人生を嘆いていた。


 浄化員にもならず、医務官にもならず、最もいばらの道であろう葬務官となり側仕えに上り詰めた功績は大きい。

 アゲハは師として医務官になって欲しかったと小さく零し、苦笑いを浮かべた。


「浄化についてとりあえずわかった?ウチがこの場にいるんだからさっさと触ってみるに限る!」


 差し出された深水は綺麗な球体を描き、光に反射して淡く輝いている。

 これがアゲハの体内に保有している深水だという。淡く光っているのは彼女の葬術に関係があるのだろうか。


 水滴を指さされ、恐る恐る指先を差し込む。殆ど重みのない感触と共にひんやりとした冷たさと得も言われぬ清涼感に襲われた。

 真夏の暑さから解放され、涼やかな秋の風を浴びたようなさわやかさだ。


「なんかすごく……クリア?ですね?」

「お、同じ感想ジャン。私も自分の深水はすーすーしてて透き通った感覚があるんだよね」


 浄化能力の強い彼女らしい深水ともいえる。

 幸いなことに触れた指先は何ともない。汚染されてもいなければ赤くもない。


 ひたすら軽く柔い物体はアゲハの意志で霧散し、手には感覚だけが残された。

 これが深水に宿る感触だというのなら、確かに体内にあれば違和感を覚えるだろう。


「指は問題なし!彩春ちゃん!おじいちゃん!2人も協力して」


 バシバシと背中を叩かれ、彩春はともかく剱までも深水の雫を差し出す。

 触ってみろと促され、彩春の深水から恐る恐る指先を伸ばした。


 彼女の深水は非常に硬い。葬術は使っていないはずなのだが、水滴に触れても全く形が変わらない。

 ほんの少し柔らかい木に触れているようであった。


 剱のものは水滴の時点で紫電が走り、触る前に感電しそうだ。

 一瞬だけ指先で水滴を突くと、全身を駆け巡る稲妻が脳を焦がし、全身に何かが走り抜けるような感覚があった。

 

 びりびりとしびれた指先は静電気に触れたかのように痛みを感じ、稲妻が時々走っている。

 本当に大丈夫なのかとアゲハに泣きつけば、彼女は正常な状態だと告げた。


「剱さんは濃度が高いから余韻があるんだね」

「濃度も関係あるんだ」


 言われてみれば剱の深水だけ突いたときに反応がゼリーのように柔らかくも硬い。

 彩春の硬さは本来あるべき形を変形させたような、少し違和感のある硬さだった。


 だが剱のものは素材から硬いような感覚を覚える。

 これが濃度の違いというものなのか。


 「この感覚を踏まえてもう一度探ってみなよ。絶対にあるはずだから」


 これだけ個性豊かな深水であれば、違和感とは何なのか理解もできるというもの。

 じっと目を瞑って体の中をイメージし、あちこち身を触って考える。


 そしてやっと丹田の当たりにほんのりと暖かな感触があることに気が付いた。

 

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