閑話 側仕えの談義#2
神への不信感を抱く冬仕の気苦労など気にも留めず、秋仁はごろごろと身を横に足をのばす。
見てくれは完治したように見せかけているが、相当辛いのだろう。顔色はあまり良くない。
だが片時もスマートフォンを離さず、カノンからの着信があるのではないかと何度も画面を開いては閉じ、開いては閉じ。
剱は冷静にその場に立っているように見える反面、常に全身から紫電が走っておりいつでも稲妻となって去っていく準備をしている。
誰も彼も主人のため。2人は冬仕と仕える目的が全く違う。
人類のために神に仕える冬仕。主人のために仕える剱と秋仁。似て非なる彼らには考え方に深い溝がある。
2人にとって人類などどうでもいいのだ。主人の世話を焼くことで結果的に人類を救っているだけで、彼らは人間がどうなろうと知ったことではない。
心理学に精通していながらカノンの人間嫌いに介入しようとしない秋仁と、一切リュードに意見しない剱の姿を見れば嫌でも分かる。
「何か意見したいなら資料持って来いよ。資料。俺だって暇じゃないんだしさ」
「療養中なのは百も承知だ。だがこれはカノン様に頼まれた会議でもある」
「マジ?先に言ってよ」
途端に居住まいを正した弟をぶん殴ってやりたい気持ちを抑え、横目に視線をずらす剱にある資料を送る。
ろくに扱っていないスマートフォンからデフォルトの通知音が鳴り、複数のデータが表示された。
これは秋仁が調査した日野総真の身体検査の結果だ。
ロック、カノンの連名で外部への漏洩を一切禁じられている資料であり、側仕え以外の者に共有すると死罪が待っている。
何故今この資料を、と冷たい視線を投げ寄越す剱に冬仕は1つのメモを見せた。
手書きでつづられた内容を目で追うのを待ち、覗き込もうとする秋仁を制す。
「リュード様から直々にご指名だ。お前に日野総真の深水操作に関する身体検査を任せると」
「なぁんで冬仕を通してご指名?直接言えばいいじゃん」
「これはロックとカノン様がリュード様に陳情し、最終的に出た決だ。昨晩の話し合いで決定した。その時剱は席を外していたんだ」
「リュード様のご命令により少々監視にでていた」
昨晩のこと。
ロックから過去と神々についての情報を聞き出した冬仕はずきずきと痛む頭を抱え、情報の整理に勤しんでいた。
一つずつ順を追って整理するのは非常に骨が折れ、内容があまりにも酷い所為で余計に時間がかかってしまった。
いかにして人類に公表するか、否、公表せずに懐にしまうべきなのかを迷っている刹那。
会議室の扉をカノンが勢いよく開け放ったのだ。
彼女はロックへ何事かを説明したのち、早々に会議室を出てリュードの下に行ってしまった。
その数分後には剱が総真の下へ監視に行ったという。
衝撃の展開に頭が追い付かなかったのだが、アビスの出現と総真がアビスの手に影響を受けたと説明され肝が冷えた。
それから一晩中彼の行動を観察していたそうだが、眠らない以外は異常がないとのこと。
シャーレ内部でアビスからの干渉があり、直接総真を狙ったなどという話は許容できず、総真へのアプロ―チが急務となった。
誰もが見ているうちに襲われれば対処のしようもあるが、1人で過ごしている間に誘拐などたまったものではない。
アビスの手に渡ればどうなるかすら分からない存在を野放しにできず。こうして詳しい者に声がかかったのだ。
「謹んでお受けいたします。今からでも」
「待て待て。総真が部屋を出てから行け」
早々に光となって消えようとした剱を引き留め、常識な時刻を指さす。
このままでは早朝に突然押しかける上司なんて最悪な記憶になりかねない。
「総真の医学的視点から言って彼は特殊だけど、わざわざ急いで調べるワケ?」
「資料がある。目を通しておけ」
状況がさっぱり分かっていない秋仁のために会議の資料と決定したことを上げていくと彼は渋い顔で資料を眺めた。
総真に関する調査は人間離れした部分と一般人の部分で表に落差が激しい。
情報が混乱しやすく、真実を探求しにくくなっている。
「ここに深水操作の項目を足して欲しいそうだ。全てが出そろったのち、改めて秋仁に検査をしてもらう」
「カノン様の下へ復帰するまで少しかかるぞ」
「カノン様の下と人類の下にも帰るだろうが。一緒にするな」
完治してからでよいと優しさを見せたのにまた主人の話ばかり。
気の弱く意思表示が薄いカノンを心配する気持ちは分からなくはないが、治療に専念できないのであれば意味がない。
「早く帰って来いと言われているだろう。さっさと休まんか」
「休ませるためにはまず会議を終わらせてくれない?」
「横になりながら言うな」
涅槃のポーズでぐったりと話を聞いた弟はさらにぐだぐだと体が崩れていく。
手術に成功したとしても大きな怪我を負ったのだ。早々本調子には戻らない。
「ここまでくると海魔と見分けがつかん」
「酷いこというなぁ」
ゆっくりと起き上がってきた秋仁が縫い目のついた体を診る。
あとを消すには数日かかる見込みだと告げられ、軽く肩を竦めて笑った。
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総真についての対応についてしばし話し合った結果、ひとまず剱に深水操作の検査を任せるにとどまり、側仕え会議は解散となった。
監視任務に戻りつつ、リュードの次の指示を遂行すると早々に紫電となって消えて行った剱を除き、放射線室に兄弟だけが残された。
多忙を極める総帥も席を立つはずであったが、冬仕は横たわる秋仁の足元に座し、包帯に塗れた弟を眺めた。
その目は郷愁の色を宿し、はるか昔を懐かしんでいるように見える。
「強くなったと思っていたが、やはり側仕えの任を全うするには力が足りないのではないか」
「アンタじゃなかったら斬ってたね。2度と口にするなよ」
青筋を浮かべた弟はすぐ傍に置かれた折れた刀を指さす。先日の戦闘でアビスに折られたものだ。
無残にひび割れた刃を苦い顔で見つめ、深々としたため息が落ちる。
「片手で刀は折られるし、カノン様の葬術は防げなかった。側仕えを辞めろって内心ではじいさんも冬仕も思ってんでしょ」
「側仕えという括りで言えば、此度の失態は許容できぬ」
「だろうね」
神の最も近くに仕える側仕えがほとんどの場合特務葬務官に限られる理由が良く分かる。
あれだけの大津波でさえ、カノンにとってはちょっと力を見せた程度のものだ。
お遊びで死ぬような側仕えはカノンの求める役割をこなせず、早々に死を迎えるだろう。
完璧に全てをこなす剱はもとより、冬仕も25年の空白があるとはいえロックによく仕えていたと記録にある。
どちらも神に劣ることはなく、彼らが求める無理難題を全てこなしてきた。
秋仁とて努力はしている。攻撃系葬術を持たぬ身で2等葬務官までのし上がり、カノンの求める精神的支柱の役割を担ってきた。
だが、彼女の葬術を前に子供3人を守る簡単な任務さえこなせない。
あの場にいたのが冬仕か剱であれば怪我をすることなく全員を守り切っただろう。
否、カノンに頼らずとも壁まで後退し全ての海魔を残滅したかもしれない。
実際に剱が出撃した区は彼が出張ってから誰も負傷していないと報告に上がっていた。
特務葬務官は神に並び立つ神業を披露してやっと認められる。防衛での負傷は大失態だ。
このままでは訓練官であるがゆえに側仕えにならない影山特務葬務官と交代しろと騒ぐ葬務官も出てくるかもしれない。
「強くなったと思ってたんだけどな」
刀が一本折れていた。後ろに子供達がいた。攻撃系葬術を持ち得ていない。
言い訳を上げればきりがない。だがそれは本来の側仕えにとって何のペナルティにもならないものだ。
己の無力さを嘆くあまり、治療に支障が出ている。
医療行為とメンタルケアが専門だというのに自分の機嫌も取れないナイーブな心が嫌になってくる。
皮一枚つながった包帯に沈む指を見つめ、薄暗い放射線室に1人閉じこもる間何度も不甲斐なさを嘆いた。
自分が怪我をしたことでカノンの心に傷を負わせてしまったかもしれない。そう思うと血反吐が出る。
「側仕えの基準値としては失格だが、神それぞれに必要な側仕えは違う。カノン様はお前にしか任せられないではないか」
「カノン様はメンタルが弱く意思決定が難しいからでしょ。それだけなら俺以外にも専門医はいくらでもいる」
明らかに力の足りていない秋仁がカノンの側仕えに命じられたのは、15歳の時。
葬務官にも医務官にもなりたくなかった秋仁は、当時任命された上でカノンへ一度も謁見が許されなかった神崎家の者のサポートを命じられた。
心底嫌だったが、この仕事が終われば好きに生きていいと冬仕に説得され、嫌々側仕えの補佐についたのだ。
全く人間とコミュニケーションをとろうとしないカノンとの出会いからいろいろと、本当に色々とあり、今はカノンのために人生を捧げている。
カノンの側にいるために死ぬような努力をしてきた。
医療とメンタルケアが必要だと言われ、医師免許と臨床心理士の資格を取った。
それでは足りぬといくつも論文を出し、その傍ら葬務官として2等葬務官まで上り詰めた。
カノンと問題なく会話し、彼女に任務の説明や協力を依頼できる信頼を勝ち得、実力と治療を兼ね備えた人材は他にはいないと5大名家を説き伏せたのだ。
このままでは実力が不十分と判断され、メンタルケアだけなら他でも出来るなどと言われてしまう。
それでは駄目だ。カノンの傍にいたいからここまで這いずってきたというのに。
「早く鍛錬しないと……」
「安静だと言われただろう!」
「他の連中に座を奪われる前に特務葬務官にならなくちゃ……」
「カノン様がお前を望まれる限り早々外されん!」
ベッドから今にも降りそうな弟を抑え、バタバタと暴れる身を押し込む。
人間に対して臆病なカノンは人間が決めた側仕えとあまりかかわりを持とうとしない。
それを真面に喋れるようにまでした秋仁の功績はとても大きい。カノン本人が交代を望まない限り早々外されることはないはずなのだが。
秋仁は側仕えとして実力が足りない事実をコンプレックスとして捉えている。いくら言葉を募っても彼には全く響かない。
「はぁ……お前も難儀な生き物だな」
「はぁ?なにそれ。俺はいつだって真剣なんですけど」
哀れみを敏感に感じ取った敵意ある視線から目を逸らし、はるか地下にいるであろうカノンへ問いかける。
互いに大きな矢印を持っているのなら、自分の矢印で前が見えなくなる前に目の前の人を良く見たほうがいい。
ずばずばとした物言いで自分勝手に振舞う兄を少しは見習ったほうが良いのではないかと、冬仕は気弱な神へ祈った。




