波間に剣を突き立てん#3
数時間に及ぶ謎技術披露会は1度の休憩を経てやっと終わりを迎えた。
主に動き回っていた総真は肩で息をしながらソファーにもたれかかり、スポーツドリンクを有難そうに飲んでいる。
一方ホワイトボードを前に議論を交わしている彩春と剱は真っ黒に塗り潰されそうなほど書かれた数式や理論を精査し、建設的な会話を続けていた。
深水操作については古くから研究されているのは知っていたが、単純な体術とは言い切れない繊細な代物だ。
一点突破の超技術にできるのではないか、一芸に秀でることができるのではないか、などという話は歴史の中で議題に上がることは何度もあった。
実現不可能だとシャーレの者たちが首を横に振るまでがセットだったのだが、2人は新たな知見を得ているようだ。
「神達の異常な身体能力は強度の高さと深水の割合に由来すると思っていたがこの結果が正しければ濃度が最も影響を与える可能性が出てきた」
「ですがそれだと神達の負担が大きいのでは?耐性を持って生まれるのは賭けです」
「人間であればな。神達はそうではない。生まれながらに耐性を持ち、扱っているのだろう。浄化能力と同時並行であれば実現可能やもしれん」
「浄化能力の消費と操作にまわす分の割合を考えると……」
かれこれ30分は議論を続けている2人に総真はかける言葉がなく、ソファーでうだうだと待つことしかできない。
何の話をしているのかもさっぱりだ。ひとまず分かったことは、葬務官達が扱う深水操作のそれとは異なる技術を仕込まれたことだけだ。
通常の深水操作は一部分に集中させるのではなく、全身に満遍なく行きわたらせることで成り立つ。
だがこの方法には欠点がある。深水を認識しなければならない点だ。
総真の技術はあくまで深水操作に由来しない、身のこなしのみで完結するものとして教えられている。
実際のところは身体に流れる深水を扱っていたわけだが、これには明確な違いがある。
少量身体に流れる深水を扱っただけで生半可な葬術と変わりない威力を発揮している点だ。
深水操作の技術に触れれば、この技の数々は飛躍的に威力を増すことになる。
これは画期的な発想であり、葬術を持たない参列官や技術者たちが多少なりとも武力を持てるようになる事実につながる。
万年人で不足のシャーレには必要な技術であり、同時にさらに多くの人間を戦いに巻き込む恐ろしい技術でもあった。
「非常に有用ではありますが、やはり基礎がおろそかになっているのは否めません。体内の深水を認識できていないのも問題かと。基礎を学んだうえで確立できるものか定かではありませんが、深水の認識から学んでいくことを提案いたします」
「みんながやってる深水操作を教えてくれるってこと?」
「はい」
迂遠な言い回しは相変わらずだが、要は体内の深水を認識できるようになりましょうということ。
深水操作ができると判明した人間がまず最初に行うことであり、最も重要なことの1つだ。
体内の深水を認識できなければ総真のように少量扱うのが限度で、葬術はおろか浄化員にすらなれない。
生涯安泰の出世コースから外されるほど重要な技術だ。
「改めまして、体内の深水についてご存じのことは」
「生まれながらに持ってるってことぐらい」
「それ以上でもそれ以下でもないもの。でも、割合や濃度があるってのは覚えておいた方がいいわ」
「あれだろ?深水の割合が多いと短命で、濃度が高いとすげー硬いってやつ」
「そうね。概ねその認識であっているわ」
人間は多くの水分を保有して生活しているが、その水分が一部深水に置き換わったものが本人が生まれ持った深水の割合だ。
歴代で最も深水の割合が多い人間は8割を占めていたと言われている。その人物は非常に短命で、30歳を迎える前に亡くなってしまった。
濃度は深水自体の濃さ。これは人によって違い、濃ければ濃い程葬術の扱いや身体強化が強くなる。
海魔もこれは同様。全身が深水でできている海魔でも葬務官の濃度が上回れば貫通させることができる。
「現状最も深水の割合が多いのは影山特務葬務官。濃度が高いのは剱さんよ。濃度が高いと少量で高威力の葬術が放てるから、常用できるほどの濃度となると想像もつかないわ」
「量と質を兼ね備えていればリュード様にご負担をかけずに居られたというのに、不甲斐ないばかりです」
特務葬務官に上り詰め、最高ではないとはいえ人類としては非常に多い7割が深水に浸っている男が無茶苦茶なことを言っている。
短命であるはずの彼は既に前例のない70代に突入しており、葬務官の中で最も神に近い男と言われている。
それが不甲斐ないと言われても嫌味にしか聞こえない。
葬術はおろか深水操作すらできていない総真からすれば卑下する意味が分からない。ここまでくると謙虚ではなくただの煽りだ。
しかし剱に対して知識のない総真は不思議そうに首を傾げ、苦い顔をする彩春にさらに深く頭を傾けた。
「良く分かんないけど、たぶん不甲斐なくはない。全然」
「本当に。剱さんが不甲斐ないのなら私なんか路傍の石です」
そこまで差があるのかと目で訴えると、彼女は力強く頷いた。
特務葬務官という肩書のハードルは遥か上空にありそうだ。
当の剱はその理想の高さから子供達からのフォローに軽く頷くにとどめていた。




