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水母の骨を拾う  作者: とりにてぃ
ひび割れた水槽

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閑話 側仕えの談義#1

 ロックとの話し合いが早朝にまで及んだ数分後。冬仕は無遠慮に医務室に入り込み、放射線室の扉を蹴り上げた。

 バコンッ!と大きな音を立てて壁にまで吹き飛んだ扉は大きくひしゃげ、ぶつけられた壁はへこんでいる。


 診察台を勝手にベッドにしていた秋仁がのそのそと顔を上げ、冬仕の顔を見た途端心底面倒くさそうに顔を顰めた。


「こんな朝に何の用……」


 がらがらに枯れた声と上体を起こす気のない弟に冬仕は一瞬拳を握りこんだが、重傷だったことを思い出し殴るのはやめた。

 職務怠慢ではなく列記とした怪我人であることを直前に思い出さなければ鉄拳制裁をしてしまうところであった。


 ゴロゴロと転がり続ける弟の傍にパイプ椅子を引き、彼の身には小さいクッションを平らにする。

 ほんのりとこけた頬と落ちくぼんだ瞳に秋仁はひと目で徹夜を見抜いたが、いつものことに指摘をする気も起きない。


「怪我人の病室に乗り込んでくるほどのことがあったワケ?」

「緊急で側仕え会議を行う」

「マジ?」

「大マジだ」


 突然の話に秋仁は驚いてあんぐり口を開けたまま固まった。

 側仕え会議はたとえ総帥でも参加できない神に関する取り決めを話し合う側仕えの特殊会議のことだ。


 3人の側仕えが一堂に会し、神達に対する取り決めを改めたり重要な内容の情報共有を行う。

 そこで語られた内容は一切外部に漏れず、誰も訪ねてはならないことになっている。


 ロック・ジョーの初代側仕え、神崎夏が取り決めたものだ。

 この会議は側仕えをしている間に1度発生すればいいほうで、行うことなく職務を全うした者もいる。


 この会議で重要な点は3つ。

 1つ、神にとって最大限利になることを定めること。

 

 2つ、会議の内容はいかな理由があっても神以外に漏らしてはならない。

 3つ、自身の主人を1番に考え、他の主人を慮ること。


 秋仁が側仕えに任命されてから会議は今回が初めてだ。

 剱と冬仕が側仕えをしていた際にロックが行方不明になったことでおこったとき以来。


 25年ぶりの招集である。

 剱はこれに同意し、怪我人の秋仁がいる放射線室で行うことが部屋の主に無断で決定した。


「防音性については知らないぜ。他人に聞かれてもいいのかよ」

「芹沢に防音の葬術を借りてきた。一定時間効果がある」

「芹沢の葬術すげぇ」


 特殊かつ扱いが難しい葬術を発現しやすい芹沢はものに効果を宿し、任意で発動できる葬術を持っているものもいる。

 防音の葬術はそれにあたり、情報統制の際や会議などで大変重宝する代物だ。防音はサブ効果なのだが、本人があまり扱わないため便利としか広まっていないのが不憫である。


 なるべく放射線室に人が立ち入らないようにも猪野家に伝え、あとは剱を待つばかりというところ。

 入口にバチバチと弾ける音が響き、一拍置いて隙間から凄まじい光が差し込んだ。


 ドンッ!と落雷に似た音と共に輝いた光は直ぐに収まり、わずかな焦げた匂いとゆっくりと戸を開けた剱の姿が現れた。

 彼は相変わらずの無表情で放射線室に立ち入り、付近に合った適当な椅子に勝手に座す。


 剱には珍しく少々不機嫌そうで、眉間に小さくしわが寄っていた。


「すまない剱。忙しいときに」

「構わん。リュード様が行けとおっしゃった」


 会議を退出したのち、治療と急速に追われたであろうリュードの世話は剱の仕事。

 その仕事をほっぽって来いということはできず、あとから合流するように伝えていた。


 しかし、意識のあるリュードからなるべく早く側仕え会議に合流するように命じられ、こうしてやってきたという。

 リュードの命令がなければ側仕え会議はリモート参加のつもりだったようだ。


 主人が倒れたのだから致し方ない。

 冬仕とて絶対にありえないがロックに問題があれば最大限彼の世話を焼かなければならない。


「それで?俺に説明は?」


 会議に参加していた2人は会議の目的を知っているが、ずっと寝込んでいた秋仁には見当もつかない。

 挨拶するのにも圧の伴う2人の間に割って入り、ベッドを少しばかり中央に寄せた。


 冬仕はしばし考えるように両手にを組み、そうして剱と秋仁の顔を覗き込む。

 そうして告げられた議題は秋仁の予想とは違い内容が飛び出てきた。


「お前たちは、神を信じているか」


 突然の質問に面食らい、秋仁はしばし考える。全く表情の変わっていない剱はにべもなく「信じている」と伝えているが、秋仁は即答できるほどの信頼は寄せていない。

 カノンのことを愛し、カノンのために行動し、カノンに幸せを届けるために側仕えをしていても信心深いとは限らない。


 にべもなく肯定した剱を傍目に、秋仁は僅かに首を振る。

 そのうえで、彼はカノンを信じていると真逆のことを口にした。


「神は信じてないけど、カノン様は信じてる。それぐらいかな」

「リュード様を疑う要素がない」


 主人を完璧に信じている2人は全く動じていない。

 これは踏み絵なのかと自問自答する秋仁を他所に、冬仕はあちこちに散らばった資料を拾い上げた。


「俺は信じられなくなった」


 朝までかかったロックの生い立ち。

 その全てを訊いた今、冬仕の中で様々な選択肢が揺れ動く。

 

 不信感を募らせた冬仕の前には疑問を疑問とも思わない問題児が2人首を傾げていた。

 主人から告げられた内容は人間側の認識を根本から覆す内容であった。

 このような話を他言すれば世界は混乱し、人間達は海魔を見る目が180度変わっていしまう。


 もしかしたら武器を手に取れなくなる者も出てくるかもしれない。

 黙っていた理由が良く分かる。これにさらにリュードが語りたがらない真実とやらが加われば混乱は避けられない。


 人類という種への自己嫌悪で頭がおかしくなりそうだった。

 神達に一切の非はない。むしろその生まれでよく今まで人類という種を庇ってこれたと感心する。


 隠してきたのは人類への慈愛ではない。彼らは自身の生まれを恥じ、嫌悪し、醜聞に耐えられないからこそ自己のために隠したのだ。

 そこに人類への有利不利、愛情は含まれていない。


「側仕えのお前達には後で詳細にまとめた資料を送付するが……ロックの話が本当ならば我々は身の振り方を改めて考えねばならぬだろう」

「へーそうなんだ。大変だな」


 他人事と言わんばかりに飛んできた気のない返事をギロリと睨みつけ、無言のままでいる剱にも視線を送る。

 彼は心底興味がないと全身が告げており、微動だにしない身から紫電が漏れ出ている。


 地面を焦がした紫電は何度か跳躍し、扉付近で止まった。

 これは帰っていいか?と遠回しに聞くときの合図だ。こちらも真剣に考えていない様子。


「貴様等……!」

「何が起こったのか分かんねぇのに考えろって言われても無理な話だろ。じいさんは知らないけど」


 秋仁の言い分は最もだ。彼は会議で何があったのか、ロックとの話し合いで何が分かったのかすら推察できない。

 のちの資料から重大性を知ってもらうとして、多少悲壮感漂う冬仕を気にかけても良いはずなのだが。


 一方剱は終始興味がないと態度で表し、一旦聞く行動だけをとっている。

 リュードの言いつけで会議に参加し、良く話を聞くこととでも言われたのだろう。


「剱、お前は会議にいたではないか」

「リュード様のご命令が全てだ。何を疑い、何を疑問に持つ。全く理解できん」


 主人の言い分こそがこの世の全てである剱の発言は全く響かなかった。

 本人が無表情かつ無感情に事実として伝えてくるのが良くない。


 皇家は特に神の中でリュードに仕えることこそ至高だと宣っていた。

 人類を真の意味で守っているのはリュードだという主張に多少の反発はあれど、概ね全員が同意していること。


「リュード様を信ずることはそう難しくない。任を達成できるまで盲目になればいい」

「じいさん、そりゃ頭使わねぇから記憶力や注意力が下がるぜ」

「リュード様を覚えていられればそれでいい」


 全てをリュードの意志で決めている彼にとって、任に私情を持ち込むのはプロフェッショナルの精神に欠ける行為である。

 だが考えとは正反対に最近は自身で物事を考える任務が増えた。


 思考するには大きな負担のかかる葬術のようなものを行う必要があり、簡単にはいかない。

 だがそれにはお構いなく、計画は進んでいく。

 

 ロックはリュードの計画の全容は知らないと言っていた。

 これから明かされる真実に身震いし、全く動じていない2人を睨みつけた。


「主人を信ずるのはいいが、盲目的になるのはいかがかと思う」

「主人が全てだ。言い分をもってはいけない」

「俺は半分賛成、半分反対。悩む理由が分からないのも賛成」


 主人が何を考え、何を行い、仮に人類の敵になってもついて行くつもりでいる2人にとって今までの質問は意味のないもの。

 信じられなくなった、という冬仕の発言こそ信じられていない。


「反抗期は良くないと思うな~」

「とっくに過ぎとるわ!」


 秋仁も同意見のようで、主人が目指す理想を実現する手伝えさえできればいいとのこと。

 側仕え会議も半分以上が盲目的で意見がこれっぽっちもない存在では意味が薄れる。


 無味無臭、分かりきった崇拝が支配する思考停止に何も言えず、冬仕はため息を落とした。

 誰も同意してくれる人間がおらず、話の内容が誰にも教えることができない。


 溜まっていくストレスと寝不足による思考の跳躍に追い込まれ、結局引き下がるために一歩引いた。

 自分とは違い、他の葬務官は主人に対する愛の歪みかたが尋常ではない。


 どうあがいても味方になってはくれないことは分かっていたが、まさか無関心を貫くとは思いもよらなかった。


「リュード様が死ねと言ったら死ぬ気か」

「望むのであれば」


 本当の意味でリュードが命である剱は冬仕への援護も、否定もしない。

 毒にも薬にもならぬとはまさにこのこと。本当に話を聞きに来ただけではないだろうに。


「カノン様のお傍でカノン様の望むようにカノン様の幸せを実現するのが俺の仕事。てめぇらのことなんかしりませんってば」


 非協力的な態度で接する弟に目も当てられず、白み始めていた頭痛が再発した。

 ロックを信じられない理由は今までの積み重ねもそうだが、彼らの盲目的な態度にも原因がある。


 誰もストッパーのいない社会は大問題だ。組織のトップともなればなおのこと。

 逆らう役であれば上の役職で彼らと本気で渡り合わなければならない。


 馬鹿の一つ覚えのように主人の名を呼ぶ側仕え達に、冬仕は深い溜息を落とした。


 

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