ひしゃげた譜面台#3
「総真、事情が分からず不愉快だと思う。私も話せないことが心苦しい。だが不確定要素が多く、不用意にお前を傷つけたくない。愚鈍で頼りない伯父で本当に申し訳ない」
人類の頭たちが集結する中、人類を守護する最たる神が惜しげもなく甥へ頭を下げた。
人という種を忌み嫌うリュードが述べた謝罪の言葉に、全員が目を丸くした。言われた本人は慌てて伯父に頭を上げるように頼み込む。
「やめてよ!俺は大丈夫だから!多分説明されてもなんもわかんないし!」
「いずれ語れる時がくる。理解してもらわなければならない日もやってくる。だがしばしの間、私にお前を守らせてほしい。せめて、お前が自分で道を見つけられるまで」
彼は僅かに顔を上げたが、それでも申し訳なさそうな表情を崩さない。
今でさえ人を守るために身を裂かれるような痛みを経験しているはずの男に頭を下げられるような大層な身分ではないというのに。
余計に総真へ視線が集中し、居心地の悪さに父と母へ助けを求める。
先ほどは無視された救援要請を今回はあっさりと受理した2人は席に座したまま、軽く首を傾げた。
「兄貴。俺達が海魔を残滅すれば済む話だ。一々詫びンな」
「そ、そうだよ。問題の根源がなければ憂うこともないよ」
兄妹達の言葉に漸く頭を上げた神は、ゆっくりと席に背を預ける。その顔から不安の色が濃く滲み、眉根は頼りなく下がったままだ。
「……そうだと良いのだが」
リュードと総真達では得ている情報に天と地ほどの差がある。不安要素が拭えないのも致し方がない。
偏に語らない彼に責任があるともいえることだ。
「今回は上層部への情報伝達と顔合わせができればそれでいい。総真、彩春と共に戻りなさい。疲れただろう」
会議を辞して欲しいと遠回しに、しかし心の底から気遣う言葉に逆らう気も起きず、結局何もできないまま彩春と共に会議室をでた。
泡を通してやってきた総真にはここがどこかも分かっておらず、情報もほとんどが遮られる怒涛の時間であった。
彩春は途中で塞がれていた内容を見聞きしているはずだが、きっと教えてはくれないだろう。
早々に知ることを諦めた総真はきょろきょろと周囲を見渡した。
「それでこれからどうすればいいんだろ」
「ここは上層階にある会議室だから、1度下まで降りましょうか」
示された廊下の奥には見覚えのあるエレベーターがある。どうやらここは昨日彩春に案内された展望台の真下に位置しているようだ。
このまま下に降りてロビーまで向かおうと提案され、総真は自身の身を見直した。
「そういえば俺、殆ど半裸のままなんだけど」
「あ、忘れてたわ。会議室に入る前に上着を着たから」
先ほど大炎上事件の所為でシャツが燃え尽きたため、会議室に入る前にロックから上着を借りていた。
特務葬務官の制服は性能が良くとても暖かいが、やはり半裸に上着は人間として恥ずかしさが勝る。
まだ自室がなく私物もシャーレに持ち込んでいないため、個人的な代えの服もない。
制服は現在浄化中。八方塞とはまさにこのことである。
「予備の制服もまだないわよね……どうしましょう」
「うーん……」
「失礼」
「うわっ!?」
エレベーターを前に頭を抱えていた2人の背後に影が差す。つい先ほども同じ体験をしたはずなのに音もなく立たれると非常に心臓に悪い。
何事かとその存在を見上げると、会議にいたはずの剱がすぐ傍に立っていた。
「いつの間に……」
「お洋服がないと困るであろうとのことで代えのものをご用意いたしました。まだ自室がないことを受け、急ぎ寮の部屋も用意させています。2時間後に準備が整いますので、その際に寮へお越しください」
「伯父さんの命令?」
「はい」
剱は伝えるべきことだけを口にし、足音を一切立てずに再び会議室へ戻っていった。扉を開ける音すらしないのは一体どういう理屈なのだろうか。
「よかったわ。何とかなりそう」
「だな。2時間どうしようか」
受け取った服を早速着込むと、不思議なことにサイズはぴったり。父と母に尋ねたのだろうか。
随分と世話焼きな伯父は終始慈愛と同時に後悔と懺悔を滲ませていたように思う。
300年という長い年月の間に数多の出来事があったことだろう。
ふと、あの夜の出来事を思い出す。彼は微睡みの邂逅に言及しなかった。
夢を見ているようなものだと言っていたから、もしや夢と同じで覚えていないのだろうか。
あの時話していたリュードよりも、今の彼は幾ばくか意識がはっきりしていたように思う。
リュードは狂っているとロックは言っていた。痛みの所為で情緒的に一貫性がなく可笑しな発言もあると。
微睡みの中現れた彼は果たして狂っていたのか、正気に戻っていたのか。
「一休みしましょう。色々なことがあって疲れたし、頭を整理したいわ。緊急招集から何も食べていないし、食堂に行きましょう」
彩春の提案に頷き、エレベーターへと乗り込む。
肩にかけた特務葬務官の腕章のついた上着の襟をつかみ、締まっていく会議室への扉をながめた。




