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水母の骨を拾う  作者: とりにてぃ
ひび割れた水槽

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33/52

落とした指揮棒#2

 神崎流開錠にて無事に部屋の扉が吹き飛ばされた不法占拠の家主は、そろそろと簡易ベッドから降り地に足付けて訪問者をせせら笑った。

 怒り心頭とまではいかないが、かなり怒っているのは態度で良く分かる。


「彩春さん?扉を蹴とばすんじゃないって何度教えたら分かるんです?」

「鍵を開けていない秋仁先生が悪いと思います」

「自室に鍵をかけて何が悪いのさ」

「不法占拠でしょう!」

「もう5年は占拠しているので自室です~」


 そんなに前から放射線室1つを秋仁の一存で潰しているのか。

 室内を見渡すと名前のわりに医療設備はほとんどなく、X線もCTもない。


 占拠してから移動したらしい床の跡だけが放射線室だった名残を感じる。

 彼は散乱した資料を自ら拾い上げて回ると、ひらひらと1冊の分厚い本を見せびらかした。


「これを探してただけなんですけどー?鍵を壊されるほどのことじゃないんですけどー?」

「待って。突っ込みどころが多いから1つずつ処理させて」


 問答無用で本の説明に入ろうとした秋仁を止め、悠々とその場に立っている彼を3人でみつめる。

 あちこちに開いていた穴は見る影もなく塞がっており、傍には点滴が繋がっている。


 空になった輸血パックが落とされ、水分補給用の電解質輸液がつるされていた。

 そしてあちこちに散らばる深水の封入された携帯ボトルだったもの。


 10数個は下らない数が散乱し、彼が何をしたのか察しの悪い者でも分かる。


「自分の葬術で治療したんですね?」

「それが早いじゃん。だいじょーぶ。あと1週間は療養しないと前線には戻れないよ」

「つまり全治5カ月の人が1週間後には戦線復帰するつもりなんですね?馬鹿ですか?」

「優秀と言い換えてくれたまえ」


 総真の隣ではカチコチに固まったカノンが状況を飲み込めず後ろに倒れ始める。

 そっと背に手を回し、地面にたどり着く前に現実を指さした。


「あ、あき、あきひとぉ!休んでなきゃだめだよぉ!」

「何を仰いますカノン様!1秒だってカノン様を御1人にするわけにはまいりません!5カ月なんて言語道断です!」


 1秒も離れたくないのなら5カ月は気が遠くなるような時間だろう。だからって死にかけた人間のフィジカルではない。

 葬術を扱ったら最悪負荷で死んでしまうと言われていなかっただろうか。


 彩春が見せてくれたカルテにも葬術での治療は禁忌と書いてあったような。


「葬術を使うなって医務官に言われたんですよね!?」


 彩春の言葉に背後2人でうんうんと頷く。

 兎に角絶対安静だという話だったのに、あの人歩いてますよ。


「確かに俺を診てくれた医務官はそう言っていたよ。だけど、同じく医務官の秋仁さんはどうかな?」


 秋仁の手には彼の名前が書かれた電子カルテのコピー。

 続きの部分には葬術を使用した治療が確認されたため療養期間を1週間まで縮める、と書かれている。


 書き換えた人の名は神崎秋仁。

 

「勝手に書き足すなー!!」


 彩春の絶叫が医務室に木霊する。秋仁の以外の全員が満場一致で深く頷いた。

 誰のために療養しろと言ってるのか分かったものではない。


 しかし、秋仁はどこ吹く風。へらへらと笑ってカノンへ近づき、先ほどから手にしている本を彼女に手渡した。

 彩春のことはガン無視である。なんという胆力。


 彼はじっと顔を見るカノンから視線を逸らし、本を高く掲げた。


「カノン様。ロック様がリュード様を診察した際のカルテです。25年前で止まっていますが、現状確認に有用かと。リュード様の診察は人間の手が1度も入っていませんから、情報はこれしかないんですよね」

「あ、ありが、と……あれ?これってお兄様の部屋にあったものじゃ……?」


 ロックの部屋はつい昨日壊滅したばかりだ。恐らくこのカルテも吹き飛ばされている。

 ではなぜこれがここにあるのか。

 秋仁はへらりと笑ってなんてことないように真新しい紙に書かれたカルテを摘まみ上げた。


「ロック様のお部屋への入室権、カノン様がお持ちでしょう?勝手にスマホ借りてこつこつ電子化していたんです。これはたまたま持ち出していた原本ですね。あ、スキャンしただけなので中身は見ていません!カノン様に嫌われてしまいますから」


 嫌われなかったら勝手に人のカルテを見るのか、という問いは誰も口にできなかった。

 敬愛してやまない上司の私物を勝手に持ち出し、神の私室を荒らし、個人情報を許可も得ずに電子化するような輩だ。今更過ぎる。


「おそらくロック様がお求めのはずです。リュード様のお部屋に向かわれる際はお持ちください」


 動揺に震えるカノンの肩に背後からそっと触れ、わざとらしくスマートフォンを掲げる。現在所持しているものとは別物だ。

 いつもは持ち歩いていないカノンの全ての権限が付与されたスマートフォンだ。どうやら秋仁が持ちだしていた様子。


 医務室に運び込まれてから一度もカノンの部屋に訪れることはなかったはずだ。一体どこから取り出したのか。

 彼女に手渡した瞬間、秋仁は今までの軽快な動きが嘘のようにベッドへとのろのろと移動する。


 やはり無茶していたのか、横になった直後からどんどん顔色が悪くなり、軽薄な態度がどこかへ消え去ろうとしていた。


「じゃ、俺は優雅に眠らせてもらうから。お見舞い組はいったいった。カノン様もロック様の身許へお早く」

「こら!秋仁先生!」


 さっさと出ていけ、と追い払うしぐさをされ致し方なく3人は部屋を出ていく。

 これ以上は誰にも見られたくないと言いたげな背中が相当の辛さを我慢していたのが伺えた。


「あき、ひと!」


 部屋を出る直前。吹き飛ばされて開けっ放しになった入口でカノンが背を向けた側仕えに呼びかける。

 名を呼べばいつも笑って顔を見せてくれる彼が医務室にきてからずっと視線が合わなかった。

 

 こんなことは初めてで、カノンは不安から濁った声でその背へとたどたどしい言葉を投げかけた。


「はやく、戻ってきてね……」


 返事はない。代わりに軽く上げられた左手がひらひらと左右に揺れていた。


――――――――――――――――――



 秋仁に追い立てられ、カノンと総真、彩春の3人はロックがいるであろうリュードの私室を目指した。

 

「お兄様がカルテを探しているなら1度自室に戻っているはず。まずはロックお兄様の自室に寄ろう」


 側仕えのいないカノンはどことなく気を張っているのか、おどおどとした気弱な様子はない。

 数分のエレベーターに詰められている間、彼女は分厚いカルテを悲痛な面持ちで見つめていた。


 リュード・オルカの診察は人間達の手が入ったことは300年の歴史の中で1度もない。

 全ての診察はロックがリュードの私室で行い、カルテの共有すら行わなかった。


 この中に何が書かれているのか。今手にしているカノンとこの先にいる2人にしか知らないことだ。


 エレベーターがロックの私室への到着を知らせる甲高い音を上げる。

 重苦しい扉が開かれ部屋へ続く扉を手にかけた次の瞬間、カノンはあんぐりと口を開けた。


「なに……これ……」

「あ!母さん知らないじゃん!」

「そうだったわ……説明が大変ね……」


 崩壊した室内は一部修繕に入っていた形跡があるが、ほとんどが破壊された昨日のままだ。

 南区に出張していたらしいカノンは兄と側仕えの喧嘩を知らなかったのだ。


「お父様とロック様の喧嘩の果てにこうなっちゃったので……」

「そう。父さんと総帥の喧嘩が原因で……」

「ち、父親の立場の人が2人出てくるとややこしいね」


 確かにややこしい。だが事実は事実だ。

 カノン曰く、2人の喧嘩は25年前は日常茶飯事だったため致し方ないだろうと部屋の惨事を納得してくれた。


 瓦礫が散らばり、ギターだったものが散乱した室内で、破けた紙を手にしている人影が見える。

 白髪の三つ編みが揺れ、継ぎ接いだ手が無残にも紙切れを引き千切った。


「クソ……吹き飛んだか?」


 何かを探しているのは明白だ。

 瓦礫を紙切れと同じように握りつぶすロックに近づけずしり込みする彩春の手を引いて、家族2人が前へと出た。


「ロックお兄様!リュードお兄様のカルテを探してる?」

「カノン?そうだが……何か知ってるのか」

「これだと思うんだけど……」


 カノンが掲げた表紙の赤い分厚い本。辞典かと見まごう程に厚さのあるそれを見てロックが目を見開く。


「それだ。お前が持ってたのか?」

「え、あ、う、うん。そう!私が持ってたの!」

「……そうか。カノンが持ちだしたのなら構わない。カノンが持ちだしたなら、な」


 明らかに動揺したカノンを胡乱な目で見つめたが含みのある言動でおさめ、それ以上は言及しなかった。

 絶対にカノンが自分の意志で持ち出したものではないのが目に見えているが、ここで言及して誰の仕業か分かった方があとが面倒だと悟ったのだろう。


 総真には分かる。悪いことをしたとき正直に白状しなさいと口で言いながら、怒らない自信がないという顔をしているときがある。

 今がその顔だ。


「……うん。抜けはないな。助かった。兄貴のところに行くが全員一緒にいくか」

「私もよろしいのですか?」

「秋仁の代理とでもいえば入れるだろ。側仕えが怪我をした場合、臨時の側仕えを指名することがある。それを使え」


 リュードの部屋に入るには神から許可をもらった者、あるいはリュード本人の側仕え、そして神から同伴を許された側仕えのみが入室できる。

 彩春はどれにも該当しないため、臨時制度を活用するようだ。

 総真は恒久的に神達の私室に入る権限が付与されている。家族だから、ということらしい。


「入室管理ってそんなに厳しいの?」

「システムは破壊すれば通れる。問題は剱だ。アイツ一々うるせぇンだよ」


 リュードの部屋を管理している側仕え、皇剱はとにかくルールにうるさい。厳密にはリュードが定めたルールに、だ。

 多くの葬務官や側仕えは神を一律神として認識するが、剱だけは違う。


 彼はリュードに忠誠を誓い、リュードの言葉だけを聞き、自身の意志すら一切ない。

 これには主人も手を焼いているようで、ロックもカノンもその異常な執着に頭を抱えていた。


「側仕えってのはどうしてこうも主人に執着するやつが多いかね」

「ごめんなさい……」


 誰かさんのことも言っていると察した彩春から謝罪が飛んでくる。

 謝ると逆に特定しているようで良くない気もするが。


 エレベーターで1つ階を下った先。1つだけだというのに嫌に長い間密室に閉じ込められ、やっと開いた扉の先は再び巨大な鉄扉。

 そこへ腕章をかざしたロックにカメラがむけられ、重苦しい音を立てて長い廊下への道が開かれる。

 

 底冷えする廊下は青白い非常灯が灯り、足元をよく見ていないと転びそうだ。

 息をするのも苦しい空間を歩き、彩春はかじかんだ手を重ね合わせた。


「どうしてこんなに寒いのかしら……」

「え?そう?寒い?」

「総真は平気なのね」


 鼻先まで赤らんだ彩春とは違い、神2人と総真は平然と廊下を歩いている。

 身を凍らせるような寒さを感じているというのに彼らは全く気にならないらしい。


「あれだろ。深水操作の体温上昇」

「ナニソレ」

「寒い日に騒がしいから教えたやつ」

「ほら、体がぽかぽかするまでぐるぐるしなさいって教えたよね」


 なんだその直感的な説明は、と彩春は遠い目をしてしまう。

 体内にある深水は血液にも溶け込んでいる。つまり、深水操作は血液にも及ぶ。


 体温上昇の深水操作とはつまり血流の操作。しかしこれは身体への負担が大きく、生半可な人間が行ってはいけない禁忌だ。

 寒いからという理由で教えていいものではない。神の基準は無茶苦茶だ。


「環境適応は人間の方が得意だろうが」

「私たちは化学と努力と進化で適応していきますが、あなたたちは深水一本で解決しています……人間には無理です……」


 総真がいる限り完璧に人間には不可能とは言い難い気もする。

 実戦には用いないが、実用的な深水操作ばかり習得しているようだ。些細な日常を豊かにするために。


 戦いにばかり転用するようになった昨今から見れば、彼の深水操作は異常だ。

 待機命令中にその謎を解明しないといけない。


 彩春はこぶしを握り締め、ぐっと気合を入れるように天を仰いだ。

 当の本人は何事かと首を傾げている。


「寒いなら俺の手を貸すよ。少しはマシになるかも」

「ありがとう」


 冷たい廊下の中。先のない暗闇を見つめ、暖かな手を握り返した。

 この道はまだまだ続きそうだ。

 

 

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