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水母の骨を拾う  作者: とりにてぃ
ひび割れた水槽

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あなたは私、私はあなた#4

 南区、激流直前。

 迫りくる漆黒の波に向け、折れた刀と脇差を構える。


「俺を中心に半径2メートル。それ以上は絶対に離れないで」

「どうする気なんですか!?」

「そりゃもちろん、斬るしかないでしょ」


 深水の大波。流動体相手に刀で斬ったとしてもそれは一瞬のことだ。高濃度の深水に触れた刃の方が先に溶けてしまう。

 常に波を上回る浄化を発動しながら迫りくる波を斬り続けなければならない。


 先ほど前進した際に周囲に何もない場所を選んだ。

 建物すらも深水に溶かされ押し流される葬術だ。注意するべきは波本体だけじゃない。


 放心状態の総真、不安そうに秋仁を見る彩春、凍傷で戦う余力のない白狼。

 そして、片方の刀が折れた秋仁。どう考えても状況は不利。だが、やらねばならない。


 カノンは秋仁を信じて葬術を発動したのだ。彼女は心が弱いとよく自分で言うが、決して意志は弱くない。

 発動しないと決めたら人類が滅んでも葬術を発動せず総真を選びとった。


 今目の前にある波は秋仁への信頼の証。ならば答えるのが側仕えの務め。


「これってつまり、カノン様からの愛だよね!」


 愛しい人からの信頼(あい)。受け止めねば男が廃る。


「四季一刀流、花嵐(はなあらし)


 貴女には花が良く似合う。そう言っていつも花を贈っている。

 深水に濡れた手で触れて溶かしてしまう貴女が悲しまぬように、いつも浄化の膜で覆って渡していた。


「まさかこんなところで役に立つなんて」


 刀を浄化作用を持った膜で覆い、波へ切り付ける。次の深水が来る前に斬撃を浴びせ、それを無数に繰り返す。

 この地点を通り過ぎるまで凡そ30秒。永遠にも感じる短い時間、音速を超える速度で刀を振り続けた。


 速度についてこれていない筋肉が引き千切れる音がする。千切れ傍から治し、再び千切れては治していく。

 こんなの筋肉痛と同じだ。大したことない。骨ごと砕けた腕を振りながら治し、自身に言い聞かせる。


 膜で覆っているのは刀だけ。他は全て後方の子供達へ浄化を回した。万が一にも怪我がないように。

 代わりに秋仁自身へ浄化は回っていない。飛び散った深水が肌を溶かし、刀を握る手は骨が露出している。


「秋仁先生!私の深水を使ってください!」

「俺も!ボトルがまだあります!」


 渡された深水はすぐさま子供たちの浄化へ回す。そうではないと叫ぶ2人を背に、必死に腕を動かした。

 治療の葬術は膨大な深水を使う。1度治療に使えば脱水症状を起こすほどだ。


 それを腕に集中して常に回し続けている。当然、脱水症状は既に起こしてる。

 残り少なかった体内の深水は最初の10秒で使い切った。残り20秒。浄化に回す分を多く確保し、治療は腕ばかりに集中する。


 飛び散った深水が喉を焼いた。穴の開いた喉から空気が漏れ出る。血と共に噴き出た空気が紅い泡を作り、呼吸が苦しくなる。

 困った、これでは声が出せない。


 あと10秒。深水が溶け込んでいるなら理論上血液も使える。だがそれは死への片道切符。

 血液にまで手を出せば、治療は容易ではない。失われた血液は取り戻せないのだ。良くて失血死、悪くてミイラだ。


「……は、ひゅ」


 大丈夫。そう伝えたかった言葉は空気となって喉の穴から漏れ出る。彩春の辛そうな顔が心に刺さった。

 まずった。余計に心配させてしまった。余裕そうに振舞わないといけないのに。

 

 あと5秒。皮膚の治療をやめ、筋肉が露出したままの腕をふり、血が地面に散っていく。

 足場は秋仁の周囲2メートル以外は全て溶けてなくなっている。削られて露出した地面から煙が上がっていた。


 あと3秒。片目に飛んだ深水が視界を多く。感覚のない手では誤ってうっかり刀をとり落としそうで、残った片目を見開いた。

 あと2秒、あと1秒。薄くなっていく波の狭間。残り1秒がとても長く感じる。


 遠のいていく意識の中、波を斬りつけた最後の一閃。壁の向こう側が視界を覆う。

 開けた光が差し込み、やっと葬術が通り過ぎたことを悟った。


 視線の先にはもう何1つ残っていない。平らげた大地だけがその場に残されていた。


「ご、あ……げほっ」

「秋仁先生!」

「秋仁さん!」


 刀を放り投げて倒れ伏す。まともに治療へ回さないのを見かねてあえて深水のボトルを1つ残していた彩春がボトルを差し出す。

 残った意識で血が滴る部分だけでも治療した。なんとか失血死せずに済みそうだ。


 後回しにした喉から声は出ず、穴が開いたまま真っ赤に染まった手を見る。深水に溶かされ血管がつぶされている。治すのが大変そうだ。

 いや、今は考えたくない。全身が全く動かない。弾けた深水の粒を治療もせずに食らったのだ。あちこち穴が空いている。


「秋仁!あきひとぉ!」


 遠くから声が聞こえる。何故だか霞がかった意識の中、その声だけははっきり耳に届いた。

 涙声になりながら走ってくる白いドレスのかわいい人。


「は、の、さ……」


 カノン様かわいい。天使かと思いました。もしかしてお迎えですか?

 なんて、軽薄な言葉を発して和ませようとした口へは空気が届かず、喉から気泡ができるばかり。


 彼女がいるのなら安心だ。もう自分は立たなくてもいい。ちょっとぐらい休んでも大丈夫。

 張っていた糸が切れてく。持ち上げようとしていた手が、穴だらけの地面へと落ちて行った。


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