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水母の骨を拾う  作者: とりにてぃ
ひび割れた水槽

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25/48

あなたは私、私はあなた#3

 同刻。西区山間。南区から急行してから数分。

 ロックは深水のボトルから直接飲み込み、周囲を見渡した。


 黒い球は既に破壊したが、同時に地響きに襲われた。レッド相当の海魔を片手で叩き潰し、地から湧き上がる深水に舌打ちを零す。

 南区に葬務官が集中した所為で西区、東区、北区は大騒ぎだ。

 

 常駐の葬務官以外増援が見込めず、リュードの傍から剱を引き剥がす羽目になった。

 襲撃の原因になったリュードは未だ目覚めておらず、つい数時間前まで喜びの涙を流していた剱が今度は心配故に無言で泣いていた。

 怖すぎてちょっと引いた。


 本当は兄の元へ行きたい。剱の呼びかけにも、電話越しのロックの声にも全く反応を示さなかった。

 これは、もしかしたら。


「死んでる、なんて言わねぇよな」


 300年微睡みの海に沈んでいた兄の声が一向に聞こえない。今までだって死体を無理やり動かしているような状態だった。

 だからこそ延命のためにあの石棺で眠っているのに。


「はっ!?なんだ!」


 吹き飛ばした海魔が地面で水溜まりとなった直後、再び地鳴りが響く。

 今度は少しばかり小さく、ロックの足元からせり上がっているような感覚だった。思わず後ろに飛びのけば、先ほどまで踏んでいた土から間欠泉のように深水が湧き上がる。


 噴き出た深水の中央。墨汁のように黒く染まる向こう側に金の瞳が見えた。


「アビス……!」


 深水を割って出てきた女性。彼女はロックを見止めると、穏やかな微笑みを浮かべた。


「やあ、ロック。300年ぶりだね」

「テメェ!どの面下げて陸に来やがった!自分のしたことを忘れたか!?」


 女性目掛けて振るわれた拳は寸前で避けられる。2撃目を打つ前に距離をとられ、再び舌打ちが零れた。

 女性の名はアビス・オーレリア。300年前の大戦の引き金を引いた人物であり、海魔の女王たる存在。


 彼女が腕を軽く上げると同時に周囲にいた海魔達がピタリと動きを止める。時でも止まってしまったかのようだ。


「言っただろう。何をしてでも君たちにまた会いに来ると。300年かかってしまったが、より良い収穫も得られたんだ」


 アビスはロックに会えたことが心底嬉しいのか、笑顔を絶やさず話しかけ続ける。

 嫌悪を露骨に示されても全く意に介した様子がない。彼女は昔からそうだった。


 自身が持つ愛を一方的に押し付け、拒否をしても受け取ったと勝手に解釈をして話を進めてしまう。

 彼女の中に拒否はない。必ず肯定の言葉が返ってくると思い込んでいる。絶対に彼女の言ったことは現実となるのだ。


 どれだけ相手が嫌がっても、嫌悪を示しても、泣き喚いて許しを乞うても、彼女には一切届かない。

 

「どうせまた実験だろ……お前はそればっかりだ!クソみてぇな遊びのために!兄貴がどれだけ……!」


 目の前が真っ赤になっていく。思い起こされる記憶は全て怒りと悲しみに濡れている。

 300年前。生れ落ちてからアビスを手にかけるその日まで、彼女は恐怖の全てだった。

 

 記憶の中で血にまみれて、雨に濡れ、虚ろな目をする兄が映る。

 美しかった金の目が黒く濁り、明るく破天荒だった性格が歪み果て、壊れた心を隠して兄妹達に笑いかける兄の姿。


 日に日に増えていく傷。治療しているはずなのに一向に治らない火傷の痕。最も愛を注がれ、最も苦しめられた長兄。

 彼女はまだ、リュード・オルカを求めているのだ。自身の実験(あい)のために。

 

「遊びじゃないよ。彼自身が望んだことだ。私は子供の願いを叶えただけ」

「望んだこと!?兄貴が……!あんなことを……!望むわけねぇだろ!!」


 蹴り上げた足が宙を裂き、固まっていた海魔がはじけ飛ぶ。もう1撃いれたくともいつの間にか遠くへ離れており、攻撃のチャンスが少ない。

 回避に専念しているところを見るに肉体の強度が足りていないようだ。


 当たり前だ。昔は()()()()()()()()()()()生きていたのだから。

 深水だけの肉体では長時間の運用に耐えられない。


「リュードには会えなくてね……そうだ、オーレリアの顔をやっとみれたよ。あの子、私のことを覚えていなかった。君たちの仕業だね」

「は……?南区に行ったのか!」


 目の色が変わる。だめだ。それだけはだめだ。あの子に関わらせてはいけない。同じにしてはいけない。あんなことを、あの子にまで。

 同じことは2度と起こさないと死んだ兄妹達に誓ったのだ。決して、繰り返しはしないと。


「あの子は人間だからね。うまく造れているか心配だったんだ。まさか手を加えられているとは思わなかったが……リュードも変わったんだね」

「戯言もいい加減にしろ!テメェの言葉で耳が腐る!」


 いたちごっこに苛立ち、自身の指を嚙み千切る。手の中で鋭利なナイフへと変形していく指にアビスが目を細めた。


「それはロイドの……」


 言い終える前にナイフが左目を抉りぬく。貫通した先はぽっかりと穴が開き、深水が外気に触れた。

 彼女は狼狽えることなく頭に穴をあけたまま微笑みを浮かべた。心底面白いものを見ている子供のように残った瞳が輝いている。


「素晴らしい!私の手を離れたあとも進化を続けているんだ!さすが私の生み出した人類!」

「違う!俺たちは人間じゃない!醜い生き物と一緒にするな!」

「よかったよかった!これで300年前をやり直しても安心だ!」


 話を聞かないアビスは喜びに小躍りし、くるくると回っている。穴の開いた顔を歪め、1つとなった金が弧を描いた。


「今度こそ、救ってあげるからね」


 溶けていく顔は慈愛と優しさに満ちてる。だというのに、ロックの身には恐怖ばかりが襲い来る。

 溶け残った残骸は300年前と同じ。血と泥と雨に濡れた、水溜まりが残っていた。

 

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