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水母の骨を拾う  作者: とりにてぃ
ひび割れた水槽

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24/50

あなたは私、私はあなた#2

 目の前で突如として変形を始めた海魔に容赦なく刃を振りぬく。

 金の瞳を覗かせたソレは泡立つ海魔から()を突き出し、指先で刃を摘まんで止めた。


 「おいおい!俺の渾身の一振りだぜ!」


 手加減したつもりはない。確実に首をとるつもりで刃を振るった。

 しかしソレは秋仁の刃など全く意に介さず、パキン!と指先1つで摘まんだ彼方をへし折った。


 徐々に形を成していく海魔は頭から順によくよく覚えのある形に直っていく。

 頭の先から始まり、骨、神経、肉と形成されていく身は最後に金色の眼球を拾い上げ、漆黒の長い髪を引き摺った。


 そう、それは、()()()()()()()()

 金色の瞳を携えた漆黒の女性。一糸まとわぬ姿で路上に突如出現したその顔はその場にいた人間がよく知っている顔。


 随分と大人びており、性別も違う。目の色だって違う。だというのに、とても既視感のある相貌。


「……俺?」


 日野総真によく似た女性が海魔から現れた。


 女性は静かに周囲を見渡し、天を覆う泡を見つめる。隙だらけだというのに誰も手が出せない。

 圧倒的な威圧感。


「残念。実験は失敗したか」


 深海に潜っているかのようにくぐもった声音。脳に直接響く不思議な声に体が動かない。

 秋仁でさえその場に留まり、折れた刀を構えたまま視線だけを女性に向けている。


 次に刃を下せば、折られるのは刀ではなく自分自身。そんな予感が頭を離れない。

 歯の根が合わない。主人のために思考すら投げ捨てて奮っていた刀が初めて恐怖という感情に支配され、鞘から抜けなくなっていた。


「オーレリアしかいないね。他の子供達はどこかな」


 女性は総真を一瞥すると、再び視線が彷徨う。誰かを探しているらしい。

 再び聞こえてきたオーレリアという名。その名の意味が分からず、総真は固まった身を僅かに震わせた。


「ねえ、あなたに聞いているんだよ。愛しい私の子」


 炎に包まれた手を女性が握る。勢いを失った炎は瞬時に消え去り、皮膚の焼け爛れた総真の手を冷たい海水が触れた。

 愛しい私の子。そう呼ばれた総真は目を見開く。誰が、誰の子だって?


「あなたの、子。お、れが?」

「オーレリア。どうした。お母さんのことを忘れてしまった?」


 オーレリア。なおもそう呼ぶ女性に総真は困惑する。胸を支配する、締め付けるような感情がなんなのか分からない。

 女性を見ていると、何かを感じる。とても、とても悲しい気持ちに似たものが込みあげてくる。


 初めて会ったはずなのに、他人とは思えない何かを総真は女性に感じ取っていた。

 女性は総真の反応にしばし考え込むように目線を逸らし、氷のように冷たい手とは正反対に優し気な手つきで総真の頬を撫でた。


「あなたはまだ生まれていなかったから、記憶ごと全て奪われてしまったのか。可哀そうに。何も知らないのだね」


 何を言っているのか理解できなかった。

 この人が母親?自分を産んだ人?


 確かに面影はある。違いは瞳の色と性別ぐらいだ。漆黒の瞳を持った総真とは違い、女性は神のような金色の瞳を持っている。

 それ以外は総真と何ら変わりなく、血縁関係があると言われれば信じてしまいそうだ。


 だが、それはあり得ない。女性は海魔から出現した人ならざる者。

 総真とは何の接点もないはずなのだ。少ない15年の記憶の中にも覚えはない。


「私の愛しい子。我が最愛との形ある繋がりの証。あなたの記憶を奪うことでなかったことにしたかったのでしょう。なんと愚かなことを」


 身を固める総真の頬を撫で続けていた女性が空を見上げる。

 泡に覆われた天は変わらずそこにあり続け、300年その姿を変えていない。


 女性はその巨大な泡に向かって、あらんかぎりの声を張り上げた。


「リュード!見ているのでしょう!見ているのなら、私と話をしましょう!」


 天に向かって両腕を広げる女性の表情は満面の笑み。慈愛に満ちた女性は高々と声を上げ、リュードに語り掛ける。

 今は眠っている彼へ、届かぬ声を上げ続けた。


「どれだけ時が過ぎようとも!オーレリアから記憶を奪おうとも!それは意味のないこと!」


 誰が望まなくてもまた会いに来る。お前達の気まずそうな顔が見たいから。お前達の憎悪に満ちた顔が見たいから。お前達がまた殺しに来てくれることを願っているから。

 海の底からでも必ず戻ってくる。どんな手を使ってでも。


「あなたは私。私はあなた」


 最後の言葉はとても小さな声音だった。呟くのと変わらない弱弱しい言葉。だが、それが最も大きく周囲に響き渡る。

 リュードに向けられた言葉だというのになぜか総真の耳にこびり付く。


「……苦しいのね。馬鹿な子」


 返事のない静寂に女性は目を瞑った。

 刹那、女性の眼前に刃が迫りくる。威圧感から抜け出した秋仁が音速を超える速度でその首を斬り落とさんと刀を振るっていた。


 女性は全く避けるそぶりをせず、首を攫う刃を受け止めた。

 抵抗なく女性の首が飛んでいく。斬り落とされた先はぱしゃりと水となって弾け飛び、残った体は音もなく崩れ落ちた。


「また争いましょう。300年前をやり直すの。あなたたちを救うために」


 波紋となって浮かび上がる深水から声が聞こえる。残された言葉の意味と重さに、誰も声を出すことができなかった。


「な、なに!?」

「次から次へと!」


 女性の消失と共に巨大な地鳴りが響く。地震のようなそれは経っていられないほどの揺れを起こし、4人は周囲を見渡した。

 コンクリートで埋め立てられている地面がひび割れ、深水があふれ出している。


 そこから海魔が底なし沼かのように湧き続け、大小さまざまな存在が一斉に壁を目指して進み始めた。

 この場にいる人間には見向きもしない。目指すは多くの人類が居る壁の向こう側。


「全員集合!」


 折れた太刀を鞘へと仕舞い、予備の脇差を引き抜いた秋仁の掛け声に全員が集まる。

 未だ呆然としている総真は彩春が頬を軽く張って引きずった。これはしばらく正気に戻らないだろう。


「撤退だ!俺が道を開く!少年は総真を背負って後についてきて!彩春は殿!」

「了解!」

「クソ!おい雑魚!しっかりしろ!」


 俯く総真の顔を覗き込み、無理やりその身を背負う。一瞬見えた瞳は途方に暮れた迷子のようだった。

 突然海魔にお前は私の子、などと言われれば誰でも困惑する。だが今は呑気に放心できる状況ではない。


 力の入っていない体を何とか背負い上げ、刀を構える秋仁の後ろを陣取った。


「これでどこまで行けるかな……カノン様!撤退します!葬術のご準備は!?」

「——」


 応答がない。ノイズの奥に息遣いが聞こえるため、繋がってはいるのだろう。

 刀身に深水を流し、前方へ一振り。飛び出した刃が海魔達を横一文字に薙ぎ払ったのを確認し、再びカノンへ呼びかけた。


「カノン様!カノン様!」

 

 突然背後から討たれた海魔に何匹かが振り返る。秋仁目掛けて襲い来る存在を切り捨て、一直線に壁へと走り出した。

 できうる限り邪魔になる海魔を退け、後ろからついてくる2人を気に掛ける。


 液状化現象によって溢れた深水から発生した海魔はさして強くはないが、時々イエロー以上が混じっている。

 殿を務める彩春から銃声が聞こえたときが最後だ。道を所狭しと塞ぐ海魔相手にこの人数では自殺と同じ。


 「——あ、き、ひと……そ、総真は?総真は無事!?」

 「良く分かりませんが無事です!ちょっと今固まってますけど命に別状はないかと!」


 総真と同じように放心していたのか、慌てて応答したカノンの声はいつもより震えている。立ち直ってくれただけありがたい。

 息子の無事をいの1番に気に掛ける主人へ正直に返せば、インカムから辛そうに息をのむ音が聞こえる。


 カノンにも女性の出現は見えていたはずだ。葬術を発動するため海側を見渡せる位置に陣取っている。

 だというのに出現自体に言及しないということは、神達には予想のついていたことだったのだろう。


 あれは一体誰だったのか。何故総真の前に現れたのか。神や総真と何の関係があるのか。

 訪ねたいことは山のようにある。だが今は命の方が先だ。生き残らねば疑問も墓場まで持っていくことになる。


「戻るのは無理です!あとでお支えしますので発動できるならすぐに葬術をお願いします!」

「——ま、ま、ままって!」

「ママって?」

 

 この場を切り抜ける方法は2つ。1つは壁へたどり着くこと。これはリスクが高く、壁へは10キロ以上の距離がある。身体強化で走ったとしてもかなりの時間を要する。

 その間海魔を薙ぎ払い続けるのは現実的ではない。

 

 だがもう1つ、秋仁に特大の負担がかかる代わりに生き残る方法がある。

 やろうとしていることを察したカノンが悲鳴を上げた。


「——確実に巻き込まれるよ!人間が耐えられる葬術じゃないのは良く知ってるでしょ!?」

「よぉく知ってますとも。でも走って戻るよか巻き込まれた方が生存率が高い。見えますか!?地面からレッドが複数湧き出るような現場ですよ!」


 前方から湧き出た海魔の深水を探り、顔が引きつる。あちこちからレッド級の海魔が出現し始めている。

 こうも簡単に1等葬務官相当の敵が出てこられてはたまったものではない。


 もう首は締まっているのだ。あとはどう縄を斬るか。解けないのなら、首ごとでも刃を突き立てるしかない。


「総真くんは必ずお守りします!他の葬務官の撤退が済んでいるのなら始めてください!じゃ!」

「——ま、秋仁!」


 耳に差し込んでいたインカムを投げ捨てる。このままでは押し問答になってジリ貧になるだけだ。

 聞く耳を持つ気はないと態度で示せばカノンも諦めて葬術を使うだろう。


 各所で戦っていた葬務官は巨大な球体が出現した時点でほとんどが撤退している。最も近くにいた4人だけ避難が終わっていないのは直前の報告で確認済みだ。

 カノンは怒るだろう。だがこれが最も生き残る確率が高い方法だった。


 放っておいても海魔に4人仲良く蹂躙されるのみ。それはカノンも分かっている。

 だからこそ、それはすぐにやってきた。


「なんだあれ!」

「あれは、カノン様の……秋仁先生!」


 壁を覆い隠す巨大な水柱。聳え立つ壁よりもはるかに高い水柱は壁に沿うように立ち並び、徐々にその幅を広めていく。

 互いが重なり合い、1枚の壁へとなり替わる頃には辺りは暗くなっていた。


 これがカノンの葬術。南区を多く隠す水は全て深水。カノンの体内から作られた深水であり、圧倒的な残滅力を誇る人類最大の大軍葬術。

 押し寄せる波はことごとくを洗い流し、圧倒的な密度に覆われた深水に圧殺される。


 後には何も残さず、雨でも降ったかのように湿った空気だけが残る。

 たった1人で南区の半分を等級関係なく残滅する1撃。


 「全員俺の後ろに集合!絶対に離れないで!」


 迫りくる高波に、秋仁は折れた刀と心許ない脇差をを構えた。



 

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