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水母の骨を拾う  作者: とりにてぃ
ひび割れた水槽

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23/39

あなたは私、私はあなた#1

 手のひらに灯された炎は素手の上へ宿り、慌てて振りしだいても消え失せることはなかった。


「ど、どど、どうしたらいい!?」

「知らねえよ!てめぇの葬術か!」

「総真は葬術使えないんだってば!そもそも炎の葬術なんて聞いたことない!」

 

 前触れなく現れた炎に3人で軽くパニックに陥っていると、スタッと軽い音が背後から響く。

 新手の海魔かと炎とは反対の手を振りぬけばその手は軽く掴まれ、何事もなかったかの様にいなされてしまった。


「先生!」

「よっ!遅くなってごめん。医務官も現場もてんやわんやで」


 爆発することなく戻された拳の先。ひらりと手を上げた秋仁が濡れたコートを肩に掛け、抜身の刀を持ったまま現れた。

 深水に塗れたその姿からかなりの戦闘を強いられたのが察せられる。


 彼は巨大な闇と総真の手に灯った炎を見比べ、へらりと軽薄な笑みを浮かべた。


「なにこれちょーおもろ。写真撮っていい?」

「馬鹿秋仁!」


 言葉と同時にもうシャッターを切っている叔父に姪による渾身の右ストレートが飛んだ。残念ながら掠りもせず躱されている。

 彼は抜身の刀をそのままにビルの淵に足をかけ、ケラケラと笑っていた。


「あれぶった斬るってマジっすかー?」


 インカムに手を掛ける秋仁への返答はおどおどした優しい声にて届いた。


「――そ、そう!なるべく早く!」

「りょーかいです。カノン様はご準備に集中してくださいね」

「秋仁!私達にも共有!」

「あーごめんごめん。状況報告ね」


 カノンからの指示は察するにあの巨大な球体を斬り伏せること。しかし10階建てのビルと同じほどの高さがある球体に刀一本で立ち向かうのは無謀にしか聞こえない。

 先程叫んでいたロックも今は応答がなく、カノンが弱々しい声で指示を飛ばしていた。


 何があったのだと秋仁に詰め寄る彩春を抑え込み、球体を切先で指し示した。


「総真くんの報告とほぼ同時にあの球体が各所で出現し始めたんだ。この数分でシャーレは大混乱。皇のじいさんまで出張る事態になってるよ」

「各所って、どこにも見当たらないけど……」


 南区を見渡す限りでは球体は目の前にある1つのみ。壁の向こうにある場合は確認できないが、秋仁は首を横に振った。


「出現したのは南区、東区、西区、北区の4ヶ所。どれも市街地から外れた場所で出現してる」

「はい!?」

「んだそれ!別の区に海魔の出現報告はなかっただろ!」

「だからてんやわんやなんだよ」


 現れた球体はロックにより即時破壊命令が下され、西区へロックが、東区へは冬仕が、北区へは剱がそれぞれ向かった。

 出現予兆のなかった地域へは特務総務官が、そしてこの南区は例外的に秋仁が指名された。


 現場にいたカノンは残滅準備のために動けず、相応の力を持った者に白羽の矢が立ったのだ。

 前線にいるはずの1等葬務官を押し退けて秋仁の名が上がったのは、彼の一芸に秀でた刀術に由来した。


「ちょ、調査は?あんな意味不明な物体何も調べずに斬っていいの?」

「それは俺も考えたんだけど、ロック様が調べても無意味だーって」

「無意味……?」


 何の調査もせずに破壊するのはどうかと最初こそ秋仁も抗議したが、ロックによる即時破壊命令によって跳ね飛ばされた。

 さらにカノンがロックの発言に同意したことで秋仁は反対どころか嬉々として切伏せにやってきたというのだ。それでいいのか側仕え。


「ロック様のお話では今すぐ破壊しないともぉっとヤバいのが出てくるらしいよ。ありゃ見た目通り卵なんだって」


 最低限の説明だけはする、と側仕えに残した事実は2つ。1つはあの物体が海魔を産むための卵であること。もう1つは吸収した海魔から上位の海魔を作る特殊機構であること。

 なんとも信じ難い話だが、あの物体は現在進行形で複数の海魔が合体を繰り返し新たな等級の海魔を作ろうとしている最中なのだと宣った。


 南区への大量出現はおそらくこの卵の形成に必要な海魔を産みだしていた故だろうと彼は語った。卵に発展するだけの深水から等級の低い海魔を大量に産みだし、それらすべてを素材に新たな海魔を作り出す。誰かが制御不能の生命を使って実験を行っている不気味さに、背筋が凍り付く。


「実験はアビス・オーレリアの専売特許だ。どうせ好き放題遊んで俺達を困らせたいだけだろ。あのクソ野郎」


 忌々し気に吐き捨てたセリフは多くの葬務官を混乱させた。


 海魔同士が融合する話など聞いたことがない上、あの球体自体出現が初めてだ。神の言葉を鵜呑みにしていいのかと葬務官の間でも意見が割れている。

 現場は混沌を極め、本部の人たちも前例のない事象に忙しく走り回っているとか。


「斬ってみれば中身が何なのか分かるっしょ!だいじょぶだいじょぶ!」

「あなたの場合はカノン様のご命令に逆らう気がないだけでしょ!」

「そうともいう」


 そうとしか言わない。だが彼に何を言ってもだめだ。カノンの命令が下った以上、秋仁は誰何と言おうとあの球体を斬る。

 止める術を持つ者はこの場に誰もおらず、片手に炎を宿してパニックになった総真はただ茫然と彼を見ていることしかできなかった。


「じゃ、行ってくるねー」


 葬術もなく、ただ1本の刀を手に秋仁が空を駆ける。いつも通り軽薄な態度を浮かべる彼の足が一直線に未知の物体へと向かった。


「カノン様の御心を乱す存在は悉く切り伏せないとね」


 一足飛びに球体へと飛び上がった秋仁の足が、球体を足で蹴り上げる。球体は硬く、鉄を踏みつけているような感触だ。

 足場にするにはちょうどいい。


四季一刀(しきいっとう)流」


 天へと高くつき上げた刃が青白く輝く。

 刀が一瞬のうちに消え去り、空間が歪む。


巻雲(けいうん)


 一閃。

 目を開けていられないほどの閃光が走る。

 次の瞬間凄まじい轟音と共に球体に一直線の亀裂が走った。

 

 割り開かれた球体は崩れ落ち、濁流となった深水が地を流す。

 一等高いビルの上に降り立った秋仁は油断なく刀を握りしめ、深水の渦の中にできた黒い影を見つめていた。


「おお。レッド相当かな。ちょーきもい」


 高濃度の深水から現れた不気味な影。2メートルを超える存在には手足がなく、不格好な長い触手のようなものがあちこちから飛び出ている。

 吸盤のついたソレをもぞもぞと動かし、ほんの少しずつではあるが移動をしているようだ。


 ロックの話は真実だった。球体の出現から数分足らずで切り捨てたというのに、グリーンやブルー相当からレッドが生み出されている。

 更に破壊に時間がかかっていたらもっと強力な海魔が出現していたかもしれない。


 レッドは2等葬務官が数名か、1等葬務官1名が弔える強さの海魔。

 本来であれば2等葬務官の秋仁には手の余る相手だ。さらに後ろには3等以下の葬務官3人が控えており、かなり危険な状況と言える。


 だが彼は、そんなこと知ったこっちゃないと深水の濁流の中に身を投じ、不格好に蠢く存在の前へと降り立った。


「さぁって。どこから斬り落とそうかな」


 深水で満たされた水溜まりを踏みつけ、刀を低く構える。

 どういう仕組みなのか、硬度が異常に高い海魔を前に青白く光る刃を突き立てようとした刹那。


 背後から大音量の悲鳴が響き渡った。


「うわあぁぁぁああぁっ!!」


 ドドドッ!と響き渡る誰かの足音。真面に動けていない海魔を無視して後ろへ振り返ると、片手に宿した炎が火柱となって暴れ狂う総真が全速力でこちらに走ってきている姿だった。

 いつもなら面白さのあまり動画を撮ろうと構えるのだが、何やら様子がおかしい。


 健脚を発揮する足とは反対に体は大きく仰け反っている。これでは一切バランスが取れず転んでしまいそうな走り方だ。

 だというのに、速度は全く落ちず総真の悲鳴だけが流れている。

 まるで足だけが自分の意志でこちらに向かってきているかのようであった。


「そ、そうまっ!ま、まって!おいてかないで!」

「雑魚!止まれ!巻き込まれんぞ!」

「無理無理無理!止まらない!全然いうこと聞かない!」


 後から屋根の屋上伝いに駆け寄ってくる彩春と白狼に停止を促されているが、総真は無理だと悲鳴を上げ続けている。

 全く止まらない足はついに海魔のすぐそばまでたどり着き、轟々と燃える炎が僅かに揺れ動いている気がした。


「おやまぁ。なぁにしてんの」

「先生っ!足が!足が全然いうこと聞かなくて!腕もだけど!」


 顔だけをこちらに向けた少年がいつの前にか構えをとっている。手に宿していた正体不明の炎は拳の周囲をいったりきたり。今すぐあの海魔を殴れと言わんばかりだ。

 状況がさっぱり呑み込めていない総真の身は彼の意志とは関係なく動き、頭と体が分離しているような感覚に襲われる。


 もしかしたら事実、本当に頭と体の感覚が分かれているのかも。


「君じゃ太刀打ちできないと思うけどなぁ」

「俺もそう思うんだけど!体が止まらない!」


 摩訶不思議かつ愉快な状態の総真が今し方生み出されたレッドへと拳をぶつける。だが海魔はピクリとも動かず、ガンッ!と鈍い音が響いた。

 殴られたというのに海魔は気にした様子もなく再び触手を前に出す。まるで知性のない動きは何かを探るようにあちこちに触れ、妨害者へは見向きもしなかった。


「相手にされてないね」

「しないで、欲しい、けどっ!」


 反撃をしてこない海魔の姿に、さほど脅威と感じなくなった秋仁は総真の動きを見守る。

 一体何がしたいのか分からない体はぽこぽこと何度も海魔を殴りつけ、そのたびに総真が悲鳴を上げた。


 いつ攻撃が飛んでくるか予想のつかない状況で体がいうことを聞かなければ悲鳴も上げたくなる。

 なぜ体がいうことを聞かなくなったのか。そして、手を中心に天高く昇る炎はなんなのか。聞きたいことは山ほどあったかが、生憎総真は何も知らない様子であった。


「先生!この体止めて!」

「まずその炎をどうにかしないと難しいかな。それ葬術?」

「わかんない!」


 合流したときから明らかに火力が増している炎が握りこんだ拳を包み込む。熱く燃え上がる炎を纏った拳がもう一度海魔に叩きつけられ、バンッ!と小さな爆発が起こった。


「うわっ!」

「あ、あーあ」


 この現象はなんなのか。その真実にたどり着く前に総真が振り上げた拳が海魔を打ち砕く。

 ついさっきまでピクリとも反応していなかった海魔の突然の消失に、秋仁は目を見開いた。


 消えたことに驚いたのではない。殴られた海魔が、突如ぼこぼこと音を立て、細長い形に変形していく。

 徐々に作られた形があまりにも見覚えのあるもので、普段飄々とした態度の秋仁が、油断も隙もなく刀に手をかけた。


「おいおいマジか」


 奇行に走った総真の身から炎が離れていく。徐々に細長い何かへと吸収されていった炎から、ぎろりと金の飴玉が覗き込んだ。

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