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水母の骨を拾う  作者: とりにてぃ
ひび割れた水槽

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22/50

南区防衛戦#3

「んだテメェら!」


 突如現れた総真達を怒鳴りつけた青年は、後ろ手で海魔を掴み氷漬けにしていた。

 凍った海魔をそのまま別の海魔に投擲し、地面にぶちまけられた深水をさらに凍らせている。


 凍結に巻き込まれた海魔達が停止し、その場は一瞬の静寂に包まれる。

 霜焼けた頬を拭った青年が白い息を吐きだし、赤く腫れた手で棒を海魔へと突き立てた。


「援護ならいらねぇ!邪魔だ!」

「選り好みしている場合じゃないわ!」

「うるせぇ!巻き込まれたくなかったらさっさと失せろ!」


 氷柱となった切っ先を向けられ、彩春は一歩下がる。

 血走った瞳と荒れた呼吸、凍傷の手から血が滴り落ちる。戦闘の興奮で正常な判断が下せなくなっている。かなり長い時間1人で戦い続けていたようだ。


 青年の周囲のみ霜が走り、深水を被った道が凍っている。街路樹は霜に覆われており青年の体からは絶えず冷気が放出されていた。


「落ち着いて。私は神崎彩春。訓練官だけれどあなたよりは上官よ」

「……はぁ?神崎彩春ぁ?」


 向けられていた刃がゆっくりと下を向く。

 開いていた瞳孔が徐々に落ち着きを取り戻し、海魔の氷像の中、青年は切れた唇を開いた。


「主席サマじゃねぇか」

 

 主席と呼ばれた彩春は僅かに眉根を寄せ、一瞬総真へ目線を送る。

 何のことだかさっぱりわかりません、と首を振ると通っていた学園での卒業成績のことだと教えてくれた。


 深水操作を扱える者は総じて中央区にある巨大な学園へ通うことになる。

 葬術を扱える者となるとさらに数が絞られ、毎年両手に収まる程度しかいない。個人指導のため顔を合わせることはないが名前くらいは知っている者も多い。


「てめぇ、3等だろ。こんな後方にいていいのかよ」

「4等の子と組んでるから前には出られないの」

「チッ、ンでそんな荷物抱えてんだ」


 すみません、荷物で。

 戦闘未経験な上に学園にも通っていない素人の自覚はあるので反論はしない。引きつる顔を隠しもせず苦笑いを浮かべ、睨みつけてくる青年の視線を躱した。


「おい、コイツ学園で見たことねぇぞ」

「説明がややこしいから今は後にして。状況報告が先」

「へーへー、すんません3等葬務官サマ」


 不遜な物言いに僅かに彩春の肩が跳ねたが、追及する時間も惜しく話は遮らなかった。

 青年の名は糸居(いとい)白狼(しろう)。学園を卒業後南区に配属され、訓練官として海辺の防衛を行っていた。


 今回の大群出現の際に真っ先に前線に出た者の1人だ。

 担当官が負傷により戦線離脱し、1人になった4等葬務官の白狼は後方へ合流しろ命令されここまで下がったばかりだという。


「海辺はレッドがうじゃうじゃいやがる。特務葬務官が1人来てから半分は片付いたがそれでもまだヤベェ」

「特務葬務官?」

「白い髪の奴。見たことねぇ奴だから名前はしらね。すげぇ強かった」

「ロック様だわ」


 特徴が合致する特務葬務官はロックただ1人。どこにもいないと思ったら前線で海魔を吹き飛ばしていたようだ。

 

 ロックが到着するまでは1等葬務官でも苦戦するような海魔が複数いたらしく、厄介なものから優先的に始末して回っているとのこと。

 弔うと言わないところが実にロックらしい。

 

「後ろに来たら雑魚が山ほどいやがるし、誰もいねぇし!クソみてぇな気分だ!」


 後方で戦っているはずの訓練官達はそもそも数が少ない。大群に押しやられて皆指定の持ち場から離れてしまったのだろう。

 散り散りになった訓練官を探すだけの余裕はなく、孤立無援で立ち往生していたと白狼は冷気を吐いた。


「最初の報告と海魔の数が合わないの。海辺ではどうだったの?」

「報告通りだ。異様に多いのはここだけじゃねぇの」

「異常に増えているのはブルー以下だけ……」


 正確な数は把握できていないが、異様に数が増えていると白狼が感じるのはこの訓練官が担当している後方のみのようだ。

 壁が最も近いこの位置で急激に増殖しているのはきっとたまたまではない。


 だが増えている理由が分からない。出現場所が特定できない限り、海魔は増え続け訓練官の負担は増すばかりだ。

 

「戦闘経験の浅い訓練官だけを執拗に狙ってる?それとも壁が目的?でも階級の低い海魔だけがなぜ……」

「おい!戦場のど真ん中でちんたら考え事してんじゃねぇ!」

「そうだぞ彩春。いつ海魔がまた押し寄せるか分からない」


 深い思考の海に沈んだ彩春へ怒声が飛ぶ。至極真っ当な主張に彼女はびくりと全身を震わせた。

 

 幸いこの場は白狼の奮戦によって一時的に新たな海魔は近づいてこない。恐らくこの氷が原因だ。

 海魔の深水に浸った靴が氷へ触れた途端霜に覆われた。全身が深水で構成された海魔が触れればひとたまりもないだろう。


「ご、ごめんなさい。この場が一旦収まったのなら移動しましょう。なるべく壁に近いところへ」

「あ?んで壁なんかに行くんだよ」

「壁付近には医務官と補給物資が集まっているはずよ。あなた、凍傷の腕のまま戦う気?」


 彩春の指摘に白狼の両腕を見ると、棒を持つ手が真っ赤に腫れあがっている。霜に焼けた手は皮が剥け酷い有様だ。

 治療しなければ凍傷が悪化し壊死してしまう。


「ハッ!誰がテメェの葬術にやられるか!」

「事実凍傷になっているでしょ。見栄を張らないの!」

「見栄じゃねぇ!今は下がってる場合じゃねぇだろ!」


 にべもなく後退を拒否され、彩春は少しばかり不機嫌そうに頬を膨らませている。

 だが白狼の主張も決して間違いではない。戦力を減らせるほど葬務官に余裕はない。


 白狼は勢いよく棒を地面に突き立て先端についた氷を打ち崩す。するすると背丈よりも長かった棒が腕ほどの長さまで縮み、腰のホルダーに差し込んだ。


「他の場所にいくっつーのは同感だ。おい!雑魚!」


 急に投げつけられた暴言に背筋が伸びる。確かに雑魚だがもう少し言い方があるのでは。


「テメェの葬術は?」


 彩春の葬術は学園内で把握している。残るは顔の知らない総真のみ。

 一時とはいえ戦線を共にするならば葬術を教えろと要求する白狼に、総真はしどろもどろに答える。

 

「え……っと……ない……」

「あ?ナイ?なんだって?」

「葬術は、ないです……」

「はぁ!?ガチの雑魚じゃねぇか!んでこんなやつが葬務官になれてんだ!」


 氷像を震わせるほどの大声が響き渡る。当然の反応だ。葬術のない葬務官の前例は皆無と言っていい。

 秋仁は戦えればそれでいいと言っていたが、やはり戦闘系の葬術ありきの葬務官。

 あの男が例外なのだ。


「ちょっと!総真はイエローを弔った実績があるのよ!ここまで来るのだって一緒に戦ったわ!」

「雑魚はともかくイエローは嘘に決まってんだろ!秋仁さんじゃあるまいし!」

「あんな煙害よりよっぽど優秀よ!」


 やはり秋仁は葬務官の中でも一目置かれる存在のようだ。彩春が必死にフォローを入れているが結果的に叔父を罵倒している。それでいいのか。

 白狼は全く信じていないようで、総真をゴミでも見るような瞳で見下している。


「深水操作は?」


 苛立たし気な問いかけに視線を逸らす。すみません、それもないです。


「まさかできねぇとは言わねぇよなぁ?おい?」

「いやーえっとー」

「彩春ぁ!一般人を保護したなら正直に言えや!」

「れっきとした葬務官なんだってば」


 総真とて自分のことは一般人だと思っている。なんだかんだ海魔と戦っているが、秋仁のグローブがなければ決定打に欠ける何の技術もないパンチや蹴りが精々だ。

 身体能力の高さに甘え、素人がおかしな動きをしているだけに過ぎない。なにせ人生で喧嘩すらしてこなかった15歳だ。


 怒りのあまり白狼がくすんだ金髪を搔きむしる。ギロリとアーモンド色の瞳に睨まれ、しょんぼりと肩を萎めた。

 

「俺の邪魔したら凍らす!自分の身は自分で守れや!彩春!責任もって見とけ!」

「当たり前でしょ!誰があなたみたいな粗暴な人に任せますか!」


 このまま言い合っても現状は変わらないと諦めた白狼はずんずんと先に進んでしまう。

 向かっている方向は未だ海魔の出現報告が上がっている方面だ。訓練官もおらず大通りに面している所為でかなりの数が溜まっているらしい。


「ちょっと!水分補給ぐらいしなさいよ!」


 ポーチに入ったペットボトルを取り出しながら先を行く白狼を追いかける。

 ぶつくさ言いながらも彼は奪い去るように水を受け取った。


 行く手を阻む海魔を弔いながら大通りへと向かう。シャーレが管理しているビルはどれも幾ばくか破壊されているが、被害自体は大きくない。

 倒壊した建物に道を塞がれる心配はなさそうだ。問題はそれ以上に厄介な海魔による封鎖である。

 

 霜に覆われてなお動く海魔を蹴り上げ、射線から逸れたものに拳を叩き込む。

 小さな爆発に巻き込まれた氷柱が飛び散り、周辺にいた海魔へ突き刺さった。傷口から凍り付いていく海魔達にさらにとどめの一撃を入れていく。


「総真!左に抜けたわ!」

「りょーかい!」

「どけ!雑魚!」

「うわっ!」


 余力のない彩春と白狼のフォローに回り、確実に海魔を弔うことに集中する。

 彩春との連携はそこそこできるようになってきたが、問題は白狼だ。


 彼の戦いは伸縮自在の棒と広範囲に渡る凍結によって変幻自在。中距離での複数戦に長け、凍結によるサポートも優秀だ。

 彩春の射線に入った海魔の足止めによって残滅速度は数倍になっている。


 攻撃力も申し分なく、凍結した海魔を砕き、氷を攻撃に転用する手数の多彩さは総真にはとても真似できない。

 これだけ聞けば非常に優秀なのだが、総真との相性は最悪だった。


「テメェ!邪魔したら凍らすつったろ!」

「ごめん!ちょっと上失礼!」

「クソッ!ちょこまかすんな!」


 深水操作のない一般人とはとても思えない身のこなしを披露する総真と致命的にかみ合わなかった。

 1メートル以上ある海魔を助走もなしに軽々飛び越し、周辺にある木々やビルの壁、果ては氷漬けになった海魔を足場に蹴りやパンチを繰り出す。


 近接戦闘に特化したスピードタイプの動きは誰にも予測できず、ヒット&アウェイの一撃離脱が白狼の凍結を潰してしまうことが多々あった。

 邪魔をしているつもりは一切なくても白狼の予測の範疇を超える動きを見せれば、彼の攻撃の妨害になる始末。


 葬術もなく深水操作もできないという事前情報が白狼に常識という名の枷を与えていた。


「おい!深水操作できねぇのも嘘か!?」

「ち、違うって!本当にできない!」

「人間が素手で海魔を殺せてたまるか!」

「一応装備はあるんですけど!?」


 見せつけた白いグローブに再び舌打ちが聞こえる。どうして。


「爆発してんのはソレの所為か!誰だ!んなボロキレ渡したやつ!」

「秋仁先生」

「あの人は刀術の達人だろうが!グローブなんか使うか!」


 そんなことを言われても渡してきたのは事実秋仁だ。確かに刀は持っていたが本人も同じグローブを付けていた。

 秋仁が戦っている姿は1度も見たことがないため、このグローブの正しい使い方は微塵も分からない。


 眼前に迫りくる海魔に再び拳を打ち付け、飛び散った深水を頭からかぶる。

 数々の戦闘でかなりの深水を吸った制服が薄黒く身に張り付いた。


「それ、秋仁が開発した総帥用のグローブよ!爆発型は試作段階でテスト使用者募集中って言ってたわ!」

「試作品渡してきたの!?初心者に!?」


 今明かされる衝撃の新事実。このグローブは試作段階の爆発型というもので、深水操作をした状態で海魔に拳を当てると爆発するように仕込まれている。

 詳しい構造については分からないが、この爆発は総真の無意識下に行われている身体強化の深水操作に反応して起こっていた。


「嘘だったんじゃねぇか!」

「ちが!自分の意志でやってるんじゃないんだ!無意識で!」

「んなことできんのは海魔か神しかいねぇだろ!」

「そんなこといわれても……」


 総真の背景事情を知らない白狼からすれば、おかしいのは総真の方だろう。彼は常識に則って至極当たり前のことしか口にしていない。

 特殊な生まれを説明する暇はなく、鋭い氷柱のついた棒の軌道を素早く躱し、彩春を狙って跳躍していた海魔を踵落としで地面に叩きつけた。


「言い争いしないで!さっきより海魔が増えているわ!」


 頬を霞めた彼女の弾丸が背後にて不定形の鎌を振り下ろそうとしていた海魔にあたる。

 咄嗟に肘鉄をお見舞いし、ひしゃげた街灯に飛び乗った。


 かなりの数を弔ったはずなのに一向に数が減らない。むしろ増えている。

 広い大通りには海魔がひしめき合い、足場がない程たまった場所は海魔同士がつぶし合いをしている。

 

「無限にわいて出てくるんだけど、これもしかしてここが発生源だったりしない!?」

「同感だ!この近くに湧き場所があるとしか思えねぇ!」


 異常発生しているブルー以下の海魔は小さな深水の水溜まりからでも発生するという。

 だがこれだけの数になると池より大きい深水溜まりがあるとしか思えない。


 街灯からビルの壁へ飛び移り、垂直の壁を駆け上がる。落ちるより早く足を前に出し駆け上がった屋上より見下ろした地は海魔の温床。

 どうにか深水のたまり場がないか見渡してみると、1か所のみ異様に開けた場所があることに気が付く。


 不思議なことにその周りからずるずると身を引き摺って不定形の海魔達が歩み出す。

 地図の上に墨を落としたかのように真っ黒く染まるそこは目を凝らしても何も見えない。深淵を覗き込んでいる気分だった。


「彩春!真っ黒い場所がある!その縁から海魔が生まれてるけど、あれが深水の水溜まり!?」

「写真を撮って!今なら撮った時点で勝手に作戦本部に送られるわ!」

「プライバシー!!」


 緊急時の仕様なので諦めて撮れと叫ばれ、慌ててスマートフォンを取り出す。

 戦場に似つかわしくない簡素なシャッター音が響き渡り、撮影と同時にどこかへ転送すると勝手に通知が入った。本当に送られている。


 次第にインカムの向こう側がにわかに騒がしくなる。先程まで繰り返し戦況報告が流れていたはずだが、急に誰かの声が割り込んできた。

 聞き覚えのある、良く通る低い声。耳元に差し込まれた怒声が総真の耳を襲った。


「——総真!今すぐその場から離れろ!」


 響き渡るロックの怒鳴り声。同時に漆黒に包まれていた深淵がゆっくりと形を成していく。

 不定形の海魔達が一斉にその場で弾け飛び、深淵へと再び吸い込まれ、大きな球体となった影は全ての光を飲み込んでいた。


「なんだ……あれ……」


 何物も写さぬ闇が楕円を描く。卵のような形を模したそれは何故だか見覚えがあった。

 何故だかは分からない。だがとても懐かしい気持ちだった。郷愁、という言葉がしっくりくる。


「総真!離脱命令が出ているわ!壁まで戻るわよ!」

「なんなんだあれ!海魔どもふざけやがって!」


 ビルを駆け上がってきた彩春が球体を見て固まる総真へと近づく。そこでふと、彼の異変に気が付いた。


「総真……?」


 総真は呆然と己の手を見る。その手には轟々と蒼く輝く炎が立ち昇っていた。

 

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