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水母の骨を拾う  作者: とりにてぃ
あなたの為のアクアリウム

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13/40

海魔対策特務機関シャーレ#3

 シャーレ本部の入口で下され、巨大な入口の前に立ち尽くす。建物を見上げようとすると背がひっくり返りそうだ。

 悠々と歩いて行ってしまう2人を追いかけ、真っ白な施設内に足を踏み入れた。


 あちこちに人がおり、青や黒の制服を着た人たちが忙しそうに行きかっている。時折現れる白い制服の葬務官はあちこちに怪我をしている人が多く、建物内はアルコールの匂いが鼻についた。


 包帯をもって走り回る人、担架で運び出される人、医務官を呼ぶ人。時折怒号が響き渡り、場は騒然としていた。


「ここは葬務官が主に使う建物で訓練所や食堂、宿舎も併設されてるよ。ここはロビーね!にしても今日は騒がしいねぇ」

「怪我人が多いですね……海魔の出現情報はいつも通りなのですが……」


 彩春のスマートフォンを覗き込むと、海魔の出現情報が映し出される。良くわからないが朝から昼頃、現在の時間帯に至るまでで凡そ大小合わせて15体ほど弔ったと書かれている。

 多いのか少ないのか全く判断が付かない。彩春曰く、一般的らしい。


「1日に30体前後ならいつものことよ。そのほとんどが等級の低い個体だから気にするほどのことではないわ」

「じゃあなんでこんなに怪我人が?」

「腑抜けてるからだ。阿呆ども」


 背後から突如として振ってきた聞き慣れた声に3人が振り返る。白銀の三つ編みと汚れ1つない葬務官の制服。肩に羽織った外套には黒い腕章。そして、金のライン。


「父さん!」

「総真、道中何事もなかったか?葬務官の制服似合うなぁ!さすが俺達の子!世界一かっこいいぞ!もう特務葬務官になれるんじゃないか?」


 わしわしと飛び跳ねた総真の髪を撫で、全身を使って総真を褒めたたえる。持ち上げて放り投げようとしたところで秋仁からストップが入り、しぶしぶその場に下した。

 周囲にいた人々は呆然とそのやり取りを見つめ、次第にざわざわとどよめきが大きくなっていく。


「御子が……?いやでも生殖能力はないって話じゃ……」

「カノン様とリュード様はご存じなのか?」

「母親は誰だ?」


 口差のない者たちが好き勝手に言い出す。ロックは無言で総真の耳を塞ぎ、ぎろりと周囲を睨みつけた。


「愚図共。また遊ばれたくなかったらとっとと職務に戻れ。使えねぇゴミは殺したって良かったんだ」


 呟く程度の小さな音。けれど良く響いた言葉にサッと人々が散っていく。一瞬にして閑散としたロビーに、苦笑いを浮かべた秋仁と青ざめた彩春、耳をふさがれて目を瞬かせる総真。

 当の犯人は気にした様子もなくハッ!と人間たちを鼻で笑った。


「あれなにしたんです?」

「俺がいない間に葬務官共が腑抜けたと剱に聞いた。ちょっと遊んでやったらあのザマ。使えねぇ道具に何の意味があるってンだ」

「うわぁ。皇の爺さんもえらいことするなぁ」


 ロックの遊ぶがどの程度なのか想像もつかない。神と人間には超えられない絶対的な差があるのだ。文字通り葬務官たちは弄ばれたのだろう。

 

「秋仁。てめぇも後でゆっくり遊んでやる。嬉しいだろ?嬉しいよな?」

「ウレシイナー。嬉シクテ死ンジャウカモナー」

「大丈夫だ。ちゃーんと治してやる。五体不満足も元通りに。傷跡も残さず綺麗さっぱり。輸血も一緒にしてやる。失血死の心配はねぇぞ」

「俺これから五体不満足になるってことですか?」

「葬術の訓練にもなって一石二鳥じゃねぇか」


 誰が自分の四肢を捥がれて訓練になると喜ぶか。絶対に恨み節の方が先に来る。バシバシと肩を叩かれているだけで骨が折れそうだ。これでもかなり手加減してくれている。


「とりあえずゆっくり話せる場所に行きません?総真くんもホラ。質問したいことが山ほどあるでしょうし」

「……チッ。人間共はこれだから……俺の部屋に行くぞ」


 秋仁が親指で示した先にはこちらを覗き込んでいる職員達。懲りずに様子を見に来たらしい。それに1つ舌打ちをこぼし、ロックはスタスタと廊下を歩き出した。

 3人で顔を見合わせ、早い歩調に慌ててついていく。勝手知ったる家といった雰囲気だ。


 廊下にはたくさんの扉があると同時に負傷者らしき人達が座り込んでいる。疲労が顔に滲んでいるが大けがには至っていない。


 彼らはロックを視界に入れた瞬間に青ざめ、必死に目を反らしている。視界に入りたくない、あなたに逆らう気はないと全身で訴えていた。


「いやー調教がお上手ですねぇ。みんな死線を経験した葬務官なのに。子育ての影響ですか?」

「使えねぇ愚図はぶっ殺す。人間は殺す殺さない以前に生かす価値がねぇ生き物であることを忘れンな」

「使える基準ってどこなんです?」

「最低でも特務葬務官」

「それ3人以外死にますよ」

「じゃあ死ね」


 吐き捨てられた言葉に人々の肩が揺れる。誰も反論を口にするどころか、震えて身を寄せ合っていた。物怖じせず自分から話しかけに行く秋仁を化け物を見るような目で畏怖している。


 嵐が通り過ぎるのを待つ姿は見るに堪えず、総真は肩身の狭い思いをした。父親の横柄な姿は初めて見る。さらに、黒に金のラインが入った腕章。やはり父は。


「あ!俺は兄のところへ行ってもいいですか?報告入れるついでに呼んできます!彩春!あとよろしく!」

「ちょ!叔父さん!!」


 彩春の静止も聞かず、秋仁は走ってどこかへと消えてしまった。総真は顔を覆った彩春の肩を軽く叩き、ぽんぽんと慰めた。


「アイツのことは放っておいていくぞ」


 地下に居室があると言われ、本部内でも最も奥まった場所にあるエレベーターに乗り込んだ。

 下へと長く続く閉じた箱の中を深い沈黙が場を満たす。何とも言えない重苦しい空気が漂っている。最初に口を開いたのは総真であった。


「父さんが神様ってのは本当?」

「んぐっ」


 彩春は思わずおかしな声を出しそうになり慌てて飲み込んだ。余計に滑稽な音が鳴った気がするがこの際気にしない。いきなりの直球な質問。単刀直入な言葉にロックはしばし思案するように視線を巡らせ、深く頷いた。


「あー、いかにも。我こそがロック・ジョー。シャーレの創設者の1人にして海魔を斬滅する者」

「どうしてずっと教えてくれなかったの?」

「それは……」


 総真の問いかけは責めるというより、純粋な疑問を抱いているようだった。

 息子からの問いかけへの答えを探し、長い沈黙が落ちた。呼吸音だけが耳を叩き、静寂が重い。数時間にも感じた時間はエレベーターの到着音で幕を閉じた。


「嫌だろ。自分の父親が急に神だ、なんて言い出すの」


 開け放たれた扉と共に告げられた言葉に、総真と彩春はぱちぱちと目を瞬き顔を見合わせる。彩春も自分の父親が突然自分は神だ、なんて言い出す姿を想像して思わず顔を歪めた。


 ロックはその反応に肩を竦め、前へと歩き出す。白の中を進む白銀を見失いそうで、2人は揃って後を追った。


「母さんもなんだよね」

「そうだ。日野クララとお前には名乗っていたが、本当の名前はカノン・クラーケン。クララは……俺がクラーケンからとった」

「安直……」

「カノンは気に入っているぞ。もう使えないけどな」


 寂しげに笑う横顔に何も言えず、同じように眉根を下げて笑うことしかできなかった。

 家に帰れないわけじゃない。けれど確かに崩れた平穏ともう無知な頃には戻れない事実が胸に深く突き刺さった。


 ロックの案内でたどり着いた地下29階。エレベーターから直線状に伸びた廊下からいくつかの扉を通り過ぎ、最奥の戸が開く。


 中はとても広く、地下とは思えないほど天井が高い。白で統一された壁一面にはズラリとギターが並べられ、応接セットらしきものとデスク、本棚が並んでいる。


 家の書斎と比べるべくもない広さだが、置いてあるものは殆ど同じだ。今まで知らない場所にきて足元がおぼつかず不安になっていたが、この部屋は何故だか安心できた。

 奥にはさらに扉があり、そこは個人的な居住スペースだという。


「総真にこの部屋のアクセス権限を付与しておいた。いつでも来なさい。ここに住んでも構わない。あるものは全て触ってもいいし壊してもいい」

「壊しはしないけど勝手に触ったりはする!」

「よしよし。子供は遠慮すンなよ」


 隣に立っている彩春が無言で顔を覆った。小声で側仕えでも部屋には勝手に入れないと零している。羨まし気な目を向けられた。シャーレでは神に関わるのは相当名誉なことのようだ。


「長話になる。座りな。紅茶しかねぇけど」 

 

 座るように促され、そろそろと高級な皮に腰を掛ける。座るだけで沈み込み、未知の体験に背筋が伸びる。


 父が取り出した茶葉は昨日土産と言って持ってきた銘柄と同じものだ。幼いころから中央区に寄るとあの茶葉が土産だった。シャーレにいたころから愛飲していたのかもしれない。


 高級店のティーセットが差し出され、父が目の前に足を組んで座る。こうしていると別人のようだ。その存在がいつもの何倍も大きく感じる。威圧感とでもいうのだろうか。


「質問には誠実に答えよう。嘘もつかない。誤魔化しもしない。言えないことは言えないと伝える。理由もな。それで納得してもらえないなら言葉と行動で尽くす。いいな」

「もともと父さんは嘘を吐かないじゃん。答えてくれるならそれでいいよ」

「……すまンな」


 長く白いまつ毛を伏せた父の姿はいつも通り、優しい父の姿だ。服装が変わっても立場が高くなっても父は総真に対してだけ、家族の情を覗かせる。


 聞きたいことは山ほどあるが考えは纏まっていない。追々質問しても答えてくれるだろう。ならば今は最も気になる質問をするべきだ。


「父さんと母さんが神様なのは分かった。父さんはなんで25年もシャーレを離れたん?」

「それについては見たほうが早い。お前の父親に関することでもある」


 空中に映し出されたホログラム。その中にいくつかの写真が表示される。途切れた脚、剥がれ落ちた肉、抉れた腹。怪我の箇所はあちこちで、そのどれもが肉と血に溢れている。


 流れ出した水に沿って汚れたシーツを丁寧に交換する誰かの手と共に、別の個所がぱしゃりと音を立てて弾け飛んだ。


 泡がはじけ飛ぶほど軽い感覚で誰かの身が崩れていく。時々映り込む泡は大小さまざまで、弾けて消えるたびに耳を劈くような悲鳴が聞こえた。


「いっ……」

「総真?大丈夫?」


 その悲鳴を聞くと頭が割れそうだ。胸中を掻きむしりたい衝動に駆られる。今まで感じたことのない感情の波に目じりに涙が溜まっていく。悲鳴を聞きたくなくて耳を塞いだのに、頭の中に直接響くようだ。耳鳴りが止まらない。


 彩春には聞こえていないのか。この泣きたくなるような苦痛に耐え続ける声が。


「この、人は?」

「リュード・オルカ。俺とカノンの兄だ。彼は今尚この肉体で日々を過ごしている。崩れ続ける体では息をすることも激痛を伴うだろうな」


 言葉と共に消えた映像で漸く頭痛から解放される。耳鳴りも引いていき、自然と止まっていた息を吐きだした。

 聞いただけで身が裂けそうな悲鳴。味わっている本人は想像を絶する苦痛を味わっているはずだ。それを、300年も。


「これは進行性のもので治療するアテはない。兄貴は徐々に精神を病み、時に暴れるようになった」


 荒れ果てた室内の写真。自傷による怪我を治療している写真。丸くなって蹲っている写真。そのどれもが悲痛で、2人は言葉を失った。


 常に感じている激痛のせいであらゆる感覚が麻痺しており、何をしても逃れられない。痛みばかりを感じる300年。気が狂うのも当然だ。


「俺はこれに耐えられなくなった」

「だから、行方不明に……」


 ロックは兄が苦しむ姿を300年見続けてきた。どれほど辛いことだろう。人間という種族を守るためだけに身を捧げる兄を何もできず見ているだけなんて。

 強く握りこんだ拳に血が滲んでいる。今尚耐え忍んでいる兄を想いロックはきつく目を閉じた。


「逃げたんだ。現実から目を背けたくて、25年間逃げ続けた」


 誰もロックを止めなかった。雨が降る日、シャーレを走り去るその背を誰も追いかけはしなかった。ただその背に懺悔を捧げ続けた。ロックに苦しみを与えているのは紛れもない人間だ。


「切っ掛けは他にもあった。本当の意味で耐えられなくなったのが25年前。カノンも協力してくれた」

「俺を拾ったのは、その10年後ってこと?」

「正確には託されたンだ。1人の葬務官が俺を訪ねてきてな」


 逃亡先の西区の農村部。そこに1人の葬務官が赤ん坊を連れて訪ねてきてから、ロックの逃亡生活は変化した。


 葬務官は父親から総真を預かり、ロックに育てて欲しいと赤ん坊を差し出したという。父親たっての希望だと。


「父親や母親、その葬務官に関する情報は言えない。お前を育てろと頼まれ俺が了承したとしか」

「……両親はもういないってこと?」

「……それも言えない」


 生きているか死んでいるか、それすらも伝えられないと首を振られる。総真は頷き、追及の手を止めた。彩春からの気遣う視線にも首を振る。


 気になるかならないかで言えば気になる。生みの親だ。会ってみたいと思うのは当然だ。死んでいるなら墓参りぐらいは行きたい。


 だが叶わないというのならそれはそれ。淡泊だ薄情だと言われても反論しない。会ったことのない両親にかける言葉も今は思い浮かばなかった。


「母さんは何を?」

「シャーレの情報を横流ししてくれていた。記録の改竄なんかも手を借りた。あとはまあ、金銭面だな」


 神はシャーレの経費でなんでも購入できる。代わりに給与という形で個人に支払いが行われていないそうだ。必要なものはその都度言いつければ出てくる。

 ロックは逃亡生活中、定職に就くことができなかった。ひとところに留まれず、人間嫌いのロックからすれば人間の下で働くなどごめんこうむりたい。


 結局無一文での逃亡生活になり、妹に金銭面を頼っていた。

 総真の日用品や食費、学費は今まですべてシャーレが負担していたことになる。


「ええ……なんかごめん」

「いえ。正当な対価を払わず経費で落とすなんて杜撰な管理のシャーレが悪いの。働いた分を子供に充てるのは当然よ」


 シャーレで真面目に働く彩春からしてみれば飛んだ寄生虫が紛れていた話だ。申し訳なさに謝罪すると、彼女は毅然と否定した。横領なのに。

 

「ほかに質問は?」

「えーっと、じゃあ神様ってなに?」

「神は神という存在じゃないの」

「え。シャーレでもそういう扱いなの?」

 

 隠匿されていることなのかと問うとロックは首を横に振った。今は人間達に忘れ去られてしまった事実なのだと前置きをし、彼は苦笑いを浮かべた。

 

「知らないほうがいいこともある」


 忘れられたのならもう思い出す必要はない。そう告げたロックの顔はどこか寂しさを浮かべていた。

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