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水母の骨を拾う  作者: とりにてぃ
あなたの為のアクアリウム

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海魔対策特務機関シャーレ#2

 教材の次のページにはシャーレの主な目的と設立に関する細かい歴史が載っている。その中に、300年前の戦争が如何に熾烈だったかが強く描かれている。


「大戦によって亡くなったのは人類の約3割。それでも神達の犠牲によって守れた方だと言われているわ」

「神達が作ったシャーレは大戦で傷ついた人々を導くと同時に海魔への対策を練る重要機関。大戦の時に活躍した軍をそのまま転用したって話」


 泡は海魔に対抗する術を失った人類を保護するために葬術を行使したのが始まり。そこからシャーレを設立し葬務官という職業を作ること、深水操作を行える人材を早期発見し育成すること。やることは山積みで、安定するまで150年の時を要したと書かれている。


 150年の間大規模な葬術を扱いながら最前線に身を投じていたリュードは心身ともに疲弊し、長い眠りについたと学校では教わった。

 先ほどの説明が真実なのであれば負担なんて言葉では到底片づけられない。


 一般市民は祈りに懐疑的な者も多い。泡の恩恵は目に見えず、平和な時間が長かった所為だ。

 シャーレに所属する者は皆敬虔で、そこに一般人との隔たりを生むこともあった。


 この真実を知らされているのが彼らだけなのだから当然だ。神が居なければ人類は一瞬で絶滅していた。

 葬務官は内部に発生した海魔の掃討を任されている。いずれは人類だけで海魔に立ち向かわなければならない。

 

「安定期に入ったシャーレの運営は神の手を離れた。いい加減リュード様の葬術なしでも生きて行けるようになるのが今の目標だな」

「とはいっても、私たちは未熟で葬務官は慢性人手不足。葬術を発現する人類は未だに1世代1000人を超えないわ」

「葬術ってあれだろ?先生の治すやつと彩春のばーんって撃つやつ」

「それね。神から与えられたものってシャーレは公表してるけど実際のところはなんとも」


 深水操作を扱える人間はおおよそ5歳までに葬術を発現する。その原理は不確かではっきりとしたことは分かっていない。

 医学的に解明できる部分は深水操作だけでは葬術を発現できない、という点だ。


「端末に日野くんの体内の深水量を示す資料が入ってる。それを見て」

「いつの間に?」


 彩春の手によって現れた個人情報の中にいつ検査したのか分からない健康診断の結果が記されている。

 項目の1つに体内の深水の数値を示すものがあり、グラフを簡単にみると約2割が深水に浸っていた。


「彩春と同じ数字だね。理論上2割以上が深水に浸っている者は葬術を発現する。1割で発現した者はいないからある種のボーダーライン。3割を超える者は短命だったり、自分で力を制御できなかったり弊害が大きいしそもそも数が少ない。大半の葬務官は2割の数字で活動してる」

「じゃあ俺は葬術を発現するってこと?」

「うーんどうだろうねぇ」


 5歳を超えた時点で葬術は自然と自覚するものだ。稀に15歳を超えて発現する者もいるが、とても稀有な例。

 総真が葬術を発現する可能性は全くのゼロではないが、望み薄といったところだと説明された。


「でも葬術が使えない人は葬務官になれないんだろ?」

「海魔を弔う力があれば例外もある。俺とか。葬術が治療なのにどうやって海魔を倒すと思う?」

「えー……ぶん殴る……?」

「半分正解半分間違い。殴るのは合ってるよ。日野君もいずれはできるようになるって」

「ええ?」


 頭をひねっても皆目見当もつかない。

 しばしうなり声をあげて考え込んでいると、目の前に黒く濁った水と透き通った水の玉が浮かび上がった。


「これは私の体内の深水。こっちは浄化した私の体内の深水だったものよ」

「へぇ!体の外に出せるんだ。なんか不思議」

「葬術も同じ理屈よ。空気中にある水分にも限界があるから基本は体内のものを使うの。浄化っていうのは深水操作の1つね」

「資源を採取したり、不必要に発生した深水を浄化する人は見たことあるだろう。あれを海魔にもやるんだ」


 深水は万能の資源だが、そのままではただの毒だ。浄化することで有効活用し、あらゆるものに転用されている。深水操作ができればエリートとして何不自由なく暮らせる所以だ。

 その浄化を海魔自体にも行うのだという。


「ただ深水で攻撃しても通るけど、本当は直接海魔を浄化した方が効果があるわ」

「なんでやらねぇの?葬務官も浄化できるんだよな」


 彩春は先日の戦闘で深水をそのまま海魔にぶつけていた。彼女曰く効率の悪い方法だ。だがそれが第一選択になっているのにはきちんと理由がある。

 それは海魔が全てが深水でできている生物である故。

 

「できないのよ。人間に例えると、走り回っている他人の深水の濃度を測って全身くまなく内臓まで調べるようなものよ」

「超気色悪い」

「ナチュラルに俺をディスるのやめてね。調べものが得意なだけなの!」


 確かに調べ物は得意なようだ。気持ちが悪い程個人情報が抜かれている。スリーサイズなんていつ測ったんだ。

 おそらく入院中、気を失っているときに調べたのだろう。無断で個人情報を抜いた挙句に勝手にまとめてシャーレに送るなんて正気の沙汰じゃない。


「こほん。そんなわけで、日野くんは殴る蹴るで海魔を弔える限り葬務官です。ぱちぱち」

「弔う行動じゃない」

「葬務官に葬術は必須と言われているけど結局のところ海魔を弔う力があれば万事オーケーなの!俺なんか最初落ちこぼれ扱いだったんだよ!?」

「レアな葬術って言ってたじゃん。好待遇なんじゃ?」

「待遇が悪いわけじゃないわ。でも……その、なんというか……風潮で」

「皇が悪いんだよ!皇が!」


 なんだか良くわからないが、葬務官にも色々あるらしい。葬術が戦闘系でなければ葬務官に成る価値もないと散々な言われ方をしたようだ。

 海魔を弔う力という点では純粋に総真は強い。下手な葬術を持っているより肉体1つで弔える存在は大歓迎、と秋仁はにこやかに笑った。


「ま、シャーレにつけば嫌でも感じるよ。あそこは魔窟だからね」

「そんなところに15歳の少年を拉致しないで欲しい」

「あっはっは!仕事なんでね!」


 いつの間にか西区を越え、中央区と書かれた看板を通り過ぎる。山間部を抜けた道路が徐々に開けた大地へとたどり着く。遠くに見える摩天楼に総真は目を輝かせた。

 

 中央区は最も栄えた地区。聳え立つ摩天楼が天を衝き、あちこちに人が溢れかえっている。田んぼと畑ばかりの田舎から出てきた総真の目には何もかもが眩い。


 どこまで行ってもビルが立ち並び、煌びやかな装飾が施されている。行きかう人々はみな一様に笑顔で、群衆の中には葬務官らしき制服の者も交じっている。


「中央区はシャーレが直接自治している街だからね。殆どの施設は葬務官の制服を見るだけでVIP待遇。買い物も大体は経費で落ちるよ」

「葬務官になれれば不自由なく暮らせるってマジだったんだ」

「命がいくつあっても足りない職業だもの」


 海魔との戦闘を思い起こせばこの待遇も納得だ。少ない人員を減らさないように努力はしているようだが、それでも不測の事態は起こる。

 中央区は排水機能や浄化装置の研究を行う関係上常に最先端の技術が投入されている。


 総真の住んでいた西区に比べれば海魔の脅威は極端に低く、ここ数十年は発生自体も小規模なものしか起こっていないと教材に記されていた。

 最も大きな浄化機構は街の中央で天高く泡を突き破る塔。海魔対策特務機関シャーレ本部である。


「あれがシャーレだよ」

「ほんとに泡を突き破ってる!」


 ドーム状の泡の最上部。突き出た部分は泡の外にいる海魔を探知する機能があるらしい。

 シャーレ本部は巨大な塔を中心に塀で囲まれ、多くの建物が立ち並んでいる。どれもこれもシャーレの持ち物のようだ。


 敷地内の門扉は巨大で、車が近づくと自然と戸が開いていく。シャーレの所有する車が近づくと自動で認識する、と説明され大きな口を開けて驚いてしまった。


 車で進む敷地内の中、あちこちに葬務官に似た制服を着た職員が歩いている。白以外の制服が主で皆一様に腕章をつけていた。


「白い制服は葬務官だけなん?」

「ええ。裏方は黒や青が基本ね。葬務官以外は色自体が選べるのよ」

「選べるのは色だけね。葬務官は逆に制服自体をカスタマイズできるよ。性能重視だからね!」


 葬務官が色を選べない理由は教材に書かれている。要は素材が白一択なのだ。防御力や運動性を重視した結果、純白が葬務官のイメージカラーになった。

 それぞれが付けている腕章は階級を表すラインが引かれており、1つの目印になっている。


「俺のは緑で、彩春が青。先生が黄色だね」

「バブルが出現したときに腕章1つで適切な葬務官を選べる合理的なものよ」

「ちなみに1等葬務官は赤。その上の特務葬務官は黒ね。神様は黒に金色のラインが入ってるからもっとわかりやすいよ」


 その言葉に出ていく直前に父が手にしていた外套を思い出す。あの外套の袖についていた腕章は漆黒だった気がする。


 ラインまでは視界に入っていなかった。この理屈で行くと父は引退する前は特務葬務官だったのだろうか。


「特務葬務官は基本的に突出した実力があると任命される等級でね。例外中の例外。なろうと思ってなれるものじゃない。それこそ天性の武があって初めて挑戦できる等級だね」

「歴代の特務葬務官の偉業については356ページ」

「うっわ……ながぁ」


 特務葬務官自体の数はそれほど多くない。両手で収まる数の顔写真が教材に載っている。それよりも恐ろしいのが偉業の一覧だ。たった1人で大型海魔を弔ったとか、南区が壊滅の危機にあった際に1人で鎮圧したとか、とにかく海魔との戦闘に関することばかりだ。


「葬務官は戦うことが大事って言ってたけどマジなんだ」

「脳筋集団なんだよ。嫌になっちゃうね」

「あなたが一番脳筋です。後方支援が得意なのに近接戦闘ばっかり!」

「神崎は刀術に優れた家系なのー!」


 特務葬務官の多くは苗字が同じだ。主に2種類。神崎と皇。この2つが大半を占めている。刀術に優れた家系というからには戦闘にも秀でているのだろう。

 

「葬術は血筋によって継承されることがあるって書いてあるけど、ほんと?」

「本当よ。私の葬術は神崎でよくみられる葬術だもの」

水月孔(すいげつこう)っていうんだ。かっこいいだろ?」

「名前もあるんだ。いいなー必殺技みてぇ」


 葬術には特徴から名前がついているものがいつもあるらしい。特に皇と神崎から派生したものが多く、葬術の祖としても名をはせているようだ。


 彩春と秋仁がシャーレではかなりの立場にいる一族なのだと言われても正直ピンとこない。強引で勝手な秋仁のイメージが強すぎる。


「葬務官になるとどこかの家の後ろ盾を持つことが多い。出世するならこれ以上ないぜ」

「いいのか悪いのか判断つかねぇって!」

「今のシャーレのトップが神崎家の者なの。幅を利かせる理不尽な行動はもちろんだめだけど、多少の無茶は効くわ」

「総真くんを引っ張る、とかね」


 職権乱用と出掛かった言葉を飲み込んだ。いくら訴えたところでトップが同じ家の者ならもみ消されて終わりかもしれない。

 相当厄介な人達につかまったかも。


「とって食べたりしないよな……?」

「いやだなぁ!海魔に食べられることはあっても人間に食べられることはないよ!」

「余計悪いじゃねぇか!」


 魔窟に来てしまったことを思い知らされ、総真は車内で頭を抱えた。

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