兆し
「康太君が、狙われている?」
私が思わず聞き返すと、悟は静かに頷いた。
「蛇の血脈者は、昔から欲しがる者が多いんです」
「欲しがる?」
「ええ」
悟は湯呑みに視線を落とした。
「夜刀神の一族は元々、戦いや諜報に特化した部族でした。表立って使える力ではありませんが、政治や裏の社会ではいまだに強い需要があります。特に子供は洗脳しやすい。能力の高い子供を集めて利用する集団、というのもまた存在するのです」
鉄斎が鼻で笑う。
「ろくでもない連中だな」
悟は否定しなかった。
「特に先祖返りは別格です」
そう言って弟を見る。
「康太ほどの力を持つ者は、どうしても目をつけられます。政府にも…それ以外にも」
康太は湯呑みを握ったまま俯いている。
「だから気をつけていたんです」
「東京へ来る時も?」
「はい」
悟は頷く。
「携帯電話は持ちませんでした」
私は驚く。
「携帯を?」
「位置情報も通信履歴も残りますから」
「なるほど……」
「同じ宿にも連泊しません。行動経路もなるべく固定しないようにしていました」
思わず顔をしかめる。
「そこまでするんですか?」
「はい。しないと危ないです。」
悟の返答は即答だった。
「認識阻害の札も持っていました」
「認識阻害?」
「簡単に言えば、人の注意を逸らすための札です」
鉄斎が補足する。
「見えなくなるわけじゃない。ただ、人の記憶に残りにくくなる」
「そんなものがあるんですか」
「血脈者は昔から色々工夫して生き残ってきたんだ」
鉄斎は肩を竦めた。悟は続ける。
「師匠とはカラスで連絡を取っていました」
「カラス?」
「使役しているものです」
私が驚くと、悟は少し困ったように笑った。
「今さらそこに驚きますか」
「いや、だって」
蛇だの白虎だの言われている時点で今さらかもしれないが、それでもカラスで手紙を運ぶというのは現代人の感覚からすると驚く。悟も少しだけ笑った。悲しいかな、どれだけ既存のシステムを信用していないのかが窺える。
「師匠から東京で頼まれていた物もありました」
「頼まれていた物?」
「骨董品や書物です」
鉄斎が口を挟む。
「武器もだろう」
「ええ、それもです」
悟は頷く。
「武器は調整が必要だったので、次の日に受け取りに来る予定でした」
だが、その表情はすぐに消えた。
「そこまでは順調だったんです」
私は黙って続きを待つ。
「ですが、途中で妙な気配に気づいたんです」
悟の声が低くなる。
「誰かに見られているような気がして」
工房が静まり返る。
「最初は気のせいかもと思ったんです」
「でも違った?」
「ええ」
悟は頷く。
「何度か店に入ったり、裏口から出たりを繰り返しても気配が消えなかった」
私は思わず息を呑む。
「あれだけ用心していたのに?」
「だからこそ不自然だったんです」
悟は拳を握った。
「外から追跡されたというより」
一度言葉を切る。
「こちらの情報を最初から知っていたような動きでした」
「それって……」
「分かりません」
悟は首を振る。
「考えたくはありませんが、どこかで情報が漏れていた可能性もあります」
鉄斎が苦い顔をする。
「どこも一枚岩じゃないからな」
「そうかもしれません」
悟は静かに頷いた。
「それに両親の死も不自然でした」
私は顔を上げる。
「もしかしたら繋がっているのかもしれません」
悟はそう言った。
「両親の死も、康太が狙われていることも。そして…」
そこで言葉を切る。しばらく沈黙が続いた。やがて悟は静かに口を開く。
「襲撃されたのは、ホテルへ戻る途中でした」




