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幻獣の絆  作者: 斎佳奈
富士編
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日常への帰還

あの富士の事件から数か月が過ぎた。


朝の澄んだ空気の中、境内では子供たちが結界へ力を流していた。


康太は以前よりずっと安定して力を流せるようになっていた。その膨大な力は、今では結界を支える大きな柱の一つとなっている。


香月は御神木へ手を添え、そっと目を閉じる。大地を巡る流れが、ごく自然に体の中を通り抜けていく。その中へ、子供たちが注ぐそれぞれ異なる力が重なっていく。香月はその流れを一つひとつ感じ取り、乱れを整えながら、一本の糸を紡ぐように結界へ織り込んでいった。やがて淡い光が境内を包み込み、結界は静かに安定していく。


巌は腕を組み、その様子を静かに見守る。


「よし、今日はここまでだ」


子供たちがほっと息をつく。


「香月お姉ちゃん!」


千春が駆け寄ってきた。


「今日はいつもより上手く出来た気がする」


香月は優しく頷く。


「毎日続けてる成果だね」


「本当に?」


「うん。この調子なら静子先生も喜ぶと思うよ」


千春は嬉しそうに頷いた。


「香月さん」


母屋の方から沙耶香が顔を出す。


「お米の在庫なんですけど、来週には足りなくなりそうです」


「分かった。今日の午後に発注しておくね」


「お願いします」


そのやり取りを見ていた巌が感心したように口を開く。


「すっかり寺の仕事が板についたな」


香月は少し照れたように微笑む。


「皆さんに助けてもらっていますから」


巌はゆっくり頷いた。


「それでも、誰かがまとめないと寺は回らん。その役目を、お前はちゃんと果たしている」


香月は少し驚いたように目を瞬かせた。



その日の午後。


悠真と静子が宗厳を伴って寺へ戻ってきた。


山門の前へ車が止まる。


「悠真先生!」


康太が真っ先に駆け出した。


「静子先生!」


千春も嬉しそうに後を追う。子供たちも次々と集まり、境内は久しぶりの再会に包まれた。


「ただいま」


悠真は穏やかに笑う。


「留守の間、皆よく頑張りましたね」


子供たちは嬉しそうに頷く。


「康太、顔つきが変わりましたね」


「千春も、ずいぶん自信が付いたようですね」


一人一人と笑顔で言葉を交わしながら、悠真は境内をゆっくり見回した。結界は安定している。境内も母屋もきれいに手入れされていた。悠真は静かに頷く。


「皆さんのおかげで、安心して富士に専念することができました。本当にありがとうございます」


巌が苦笑した。


「お前達がいない間も、香月の助けもあって何とかなった」


悠真は香月へ視線を向ける。


「そうでしたか」


少し微笑んで続けた。


「香月さん、私たちが留守の間、本当によくやってくださいました」


「少しでもお役に立てたなら良かったです」


宗厳はそのやり取りが一段落したのを見計らって、香月へ声を掛けた。


「香月さん。少し二人で話したいことがある。」


香月は少し首を傾げた。


「もちろんです」


宗厳は頷く。


「では、少し歩こうか」


そう言うと、境内の奥へ向かって歩き始めた。香月も宗厳の後を追う。



境内の奥へ続く小道を、二人はゆっくりと歩いていた。木漏れ日が石畳へまだらな影を落とす。しばらく無言のまま歩いた後、宗厳が口を開く。


「今回の件で、警察から話を聞いてきた」


香月は宗厳へ視線を向ける。


「攻撃してきた組織についてですか?」


宗厳は静かに頷いた。


「うむ。いろいろ分かってきたことがあってな」


少し間を置いて続ける。


「その中で、お前さんに伝えておきたい話があった」


香月は黙って耳を傾ける。


「犯人の中に、子供の頃に組織へ誘拐された者がおった。その者の事情聴取で、一人の男の話が出てきた」


「その男は神崎晃という名で、俊文が施設へ連れて行かれた時、最初の担当だった男じゃそうじゃ」


宗厳はゆっくりと言葉を選びながら続けた。


「事情を照らし合わせると、その男がおそらくお前さんの父親じゃと思われる」


香月は小さく息をのんだ。


「その男は、面倒見が良かったらしい。散歩やキャッチボールをしたり、子供達のことを何かと気にかけとったようだ」


宗厳は少し間を置いた。


「その後、任務中に命を落としたそうじゃ」


香月は少し目を伏せた。


「……そうですか」


風が木々を揺らす。しばらく二人とも口を開かなかった。宗厳は静かに続ける。


「俊文は子供の頃に組織へ誘拐され、そのまま人生を狂わされた。組織に騙され、脅され、利用された者も大勢おった。お前さんの父親も、その組織の中で命を落とした」


宗厳は小さく息を吐く。


「……何とも、やりきれん話じゃ」


香月は静かに頷いた。


長い間空白だった父親という存在に、ほんの少しだけ輪郭が生まれた。けれど、それはもう遠い過去の話だった。


しばらく二人は黙って歩いた。やがて宗厳が穏やかな表情で口を開く。


「もう一つ、話があっての」


香月は宗厳へ視線を向けた。


「お前さん、協会で働く気はないか。協会でも、お前さんの力が必要になると思うとる」


香月は少し驚いた表情を浮かべた。宗厳は続ける。


「もちろん、今すぐ返事する必要はない」


香月は少し考え込んだ。


「光栄なお話です」


「でも、今はまだ、この寺で学びたいことがあります。それに、まだここでやるべきことがあります」


宗厳は満足そうに頷いた。


「そう言うと思うた。気が変わったら、いつでも来なさい」


香月は静かに頭を下げた。


「ありがとうございます」



それからも、寺では穏やかな時間が流れていった。


悠真も静子も以前より子供たちの指導や研究に専念できるようになった。


一方で、事務や結界の維持、寺の日々の細かな調整は、自然と香月が担うようになっていた。誰が決めたわけでもない。気が付けば、それが寺の日常になっていた。


悠真はそんな様子に目を細めた。


「もう安心して任せられますね」


巌も静かに頷いた。


「ああ。もう立派に寺の一員だ」


境内では康太たちの元気な声が響いていた。


子供たちは少しずつ成長し、大人たちはそれを見守る。一つの世代から次の世代へ。その絆は、これからも静かに受け継がれていく。


今日もまた、子供たちの笑顔が境内に響く。それこそが、皆で守り抜いた日常だった。

次回のエピローグで完結となります。最後まで見届けていただけたら嬉しいです。

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