捜査結果
所轄の警察署内に設けられた富士事件臨時対策本部では、慌ただしく人々が行き交っていた。
壁一面に設置された大型のホワイトボードには、日本地図のあちこちに殴り書きや写真、捜査メモが貼られている。それらは各々線で結ばれ、少しずつ一つの組織像を浮き彫りにしていった。
鈴木は腕を組み、ボードを見つめる。
「楠田俊文の証言から、誘拐した子どもたちを収容していた施設は長野県東部から群馬県境あたりにあるものと思われます」
部下がボードへ一枚の紙を貼る。
長野県東部
能力者育成施設(元介護施設)
その横へ赤い線が一本引かれた。
「富士で拘束した者たちの証言とも一致しています。これで組織の拠点候補が少なくとも二か所出てきました。現在、施設の特定を急いでいます」
鈴木は頷く。
「他に目ぼしい情報は?」
別の捜査員が資料をめくった。
「これまでの事情聴取を総合すると、組織の目的は現在の体制を変え、血脈者が主導権を握る社会を築くことだと考えられます」
鈴木は黙って続きを促した。
「そのために政治家や企業関係者、反社会的勢力へ接触し、資金や情報、人脈を広げていたようです」
別の捜査員が口を開く。
「接触を受けた県議会議員への事情聴取も終わっています」
「何と言っていた」
「富士で起きた事件を引き合いに出され、『我々はいつでも、もっと決定的に被害を与えることができる』と脅されたそうです」
室内に緊張が走る。
「つまり……」
鈴木はホワイトボードへ視線を向けた。
「富士は自分たちの力を誇示するための示威行動だったということか」
「その可能性が高いと思われます」
さらに別の資料が机の上へ置かれる。
「それと、事情聴取の内容を照合した結果、組織の重要人物が少なくとも三名浮かび上がっています」
「詳細は」
「いずれも本名は不明です。組織内ではコードネームで呼ばれていたようです」
部下はホワイトボードへ隼、梟、鴉と書かれた三枚のメモを貼る。
「複数の証言を照合した結果、それぞれ同一人物と判断しました」
鈴木は三枚のメモを見つめる。
「現在の所在は」
「不明です。ただ、三人とも東京を拠点に活動していたという証言が複数あります」
鈴木は頷いた。
「引き続き、この三人の行方を追ってください。それから、各拠点への捜索準備も進めてください」
「はい」
捜査員達が一斉に動き出す。ホワイトボードには新たな線とメモが次々と書き加えられていった。
◇
翌日、警察は全国の関係先へ一斉に捜査員を送り込んだ。長野県東部の施設。富士山麓の拠点。そして事情聴取で判明した拠点や事務所。しかし、どこもすでにもぬけの殻だった。
それでも捜査は無駄ではなかった。残されていた資料や電子機器の解析、周辺への聞き込みなどから新たな関係者が次々と浮かび上がった。その後の捜査で組織に関わっていた者や末端の構成員が相次いで検挙されていった。
一方で、隼、梟、鴉をはじめとする重要人物の行方は依然として分からなかった。そして、そのさらに上層部については、証言も断片的で、その全貌は最後まで掴めなかった。
◇
捜査が一段落ついた後、鈴木は宗厳を訪ねた。応接室で向かい合うと、鈴木は捜査資料を机へ置いた。
「捜査結果をご報告します」
まずは一斉捜索の結果と、事情聴取で明らかになった内容を順を追って説明した。続いて、一冊のファイルを差し出した。
「こちらが元生徒の楠田俊文さんの事情聴取記録です」
宗厳はページをめくっていく。俊文が誘拐された経緯、能力を利用され続けたこと、他にも似たような境遇の子供たちがいたこと。そして神崎晃の記述に差しかかったところで手を止めた。そのページをしばらく見つめてから、何ごともなかったかのように読み進めた。
すべて読み終えた宗厳は静かにファイルを閉じた。
「……こんなことになっとったとは」
そこで鈴木が本題へ入る。
「実は、楠田さんをご両親に会わせたいのですが、ご協力いただけないでしょうか。本人は、ご両親が現在どこで暮らしているのかも、連絡先も分からないらしくて」
宗厳は迷うことなく頷いた。
「分かりました。こちらで調べて手配しましょう」
◇
数日後。宗厳の協力で、俊文の両親へ連絡を取ることができた。二人は、すぐに面会を希望したという。
面会室では、俊文が落ち着かない様子で椅子へ座っていた。扉が開くと、一組の夫婦が部屋へ入ってきた。
俊文は思わず立ち上がる。両親は幼い頃の記憶より少し年を重ねていたが、それでも間違えようがなかった。
「……俊文」
母親の声は震えていた。父親は何か言おうとしたまま、言葉にならない。母親が俊文の手をそっと握った。
「生きていてくれて……本当に良かった……」
その一言で、張り詰めていたものが切れた。母親はその場で泣き崩れ、父親も静かに目を伏せる。俊文は何も言えなかった。ただ、小さく口を開いた。
「父さん、母さん、ごめんなさい」
その言葉に、父親は首を横へ振る。
「わしらこそ、すまんかった。お前を探して探して、それでも見つけてやれんかった」
それだけで十分だった。
失われた時間は、決して元には戻らない。それでも三人は、再び会えた喜びを静かにかみしめていた。




