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幻獣の絆  作者: 斎佳奈
東京編
7/28

巡り合わせ

自覚、と言われても困る。正直、何が何だか分からない。自分の中に白虎の血が流れていることくらいは分かっている。家族から聞かされていたし、幼い頃には血族についての逸話も何度も聞かされた。


だが、自分とはあまり関係のない話だと思っていた。昔話や伝承のようなもので、どこか遠い世界の出来事だった。私は祖父のように結界を張れるわけでもなければ、何か特別な力が使えるわけでもない。少なくとも、自分ではそう思っていた。


これまで生きてきて、自分が人と違うと感じたことはほとんどない。仕事をして、疲れて帰って、休日には家事をしたり、ちょっとした息抜きをして過ごす。そんなありふれた毎日だった。だからこそまったく心当たりがない。


白虎の力なんてものがあるのなら、なぜ今まで気づかなかったのだろう。なぜ、今、白虎の力がどうのこうのと言われているのだろう。


「どういうことですか?」


私が尋ねると、康太の兄は少し困ったような顔をした。どう説明したらいいか分からない、みたいな表情だった。


だが、その前に鍛冶屋の男が口を開いた。


「まあ、その話は後でいい」


工房の奥を顎で示す。


「立ち話もなんだ。狭くて悪いが、奥で話そう」


康太の兄がハッとしたように頷いた。


「そうですね」


隣では康太が緊張が解けたように小さく息を吐いた。ここのとこずっと張り詰めていたのだ。無理もない。


私たちは鍛冶屋の男の後について工房の奥へ向かった。と言っても別室ではない。作業場の端に設けられた休憩用のスペースだった。炉からは少し離れているが、金属と炭の匂いはまだ残っている。古びた木の机と椅子。壁際には茶筒や湯呑み、帳面や図面らしき紙束が並んでいた。


「適当に座れ」


鍛冶屋の男に促され、それぞれ腰を下ろす。私の隣にはコウタ。向かいには兄。鍛冶屋の男は慣れた手つきで湯を沸かし始める。やがて香ばしい香りが辺りに広がった。


「いい香りですね」


「里で作ってる茶だ」


鍛冶屋の男が答える。


「深蒸し茶ってやつだ」


湯呑みの横には瓦せんべいが添えられていた。


「土産にもらったやつだ」


鍛冶屋の親父がちょっと照れ臭そうに笑う。康太が興味深そうに焼印を眺めている。その姿を見て、兄の表情が少しだけ和らいだ。やがて兄が居住まいを正す。


「まずは自己紹介を」


そう言って頭を下げた。


「俺は悟と書いて、さとると読みます」


続いて隣の弟を見る。


「こっちは弟の康太です。健康の康に太いと書いて、こうたと読みます」


「……康太です」


 康太も小さく頭を下げる。


「香月です。香るに月です」


私も会釈した。


「鉄斎だ」


最後に鍛冶屋の男が短く名乗った。


一通りの自己紹介が終わると、悟は改めて私に向き直った。


「失礼ですが」


一瞬だけ言葉を選ぶ。


「康太とは、どういう経緯で知り合われたんでしょうか」


「一昨日の夜です」


私は答えた。


「仕事帰りでした」


薄暗い路地裏。壁際にうずくまる小さな背中。あの時の光景が脳裏に浮かぶ。


「路地裏でうずくまって震えているのを見かけたんです」


「それで?」


「最初は迷いました」


正直に答える。


「でも、放っておけなかったんです」


悟は黙って続きを待った。


「ひどく怯えていましたから」


あれは普通の怯え方ではなかった。


誰かに怒られたとか、迷子になったとか、そんな程度ではない。何かに追い詰められているような、触れたら壊れてしまいそうな。そんな危うさがあった。


「正直、あのまま一人にしたら危ない気がしました」


悟の視線がわずかに動く。


「危ない?」


「はい」


私は頷いた。


「うまく説明できないんですけど」


少し考える。


「捕まったら駄目な気がしたんです」


言った瞬間、自分でも変な表現だと思った。


「捕まったら?」


「理屈じゃないんです」


私は苦笑した。


「ただ、そう思ったんです」


悟はしばらく黙っていた。


「それで家へ?」


「はい」


「見ず知らずの子供を?」


責めるような口調ではなかった。


純粋な疑問だった。


「我ながらちょっとめちゃくちゃだったとは思います」


私も苦笑する。


「でも、あの時はそれしか思いつきませんでした」


そこで康太がぽつりと口を開いた。


「お姉ちゃんは」


全員の視線が集まる。


「助けてくれたんだ」


少し俯く。


「ご飯も食べさせてくれたし」


「もの凄くこわかった時に、一緒にいてくれた」


悟は黙って弟を見ていた。そして再び私へ視線を戻す。


「香月さんは、普段から血脈者に関わる仕事をされているんですか?」


「いえ?」


私は首を傾げた。


「普通の会社員ですけど」


今度は悟が驚いた顔をした。


「師匠は?」


「いません」


「特殊能力について学んだことは?」


「祖父から少し聞いた程度です」


悟が黙り込む。どうやら予想していた答えではなかったらしい。


「それなのに」


小さく呟く。


「どうして……」


「だから白虎なんだろう」


鉄斎が横から言った。悟が納得したように息を吐く。


「なるほど」


だが私は全く納得できなかった。


「だからって何なんですか」


思わず聞き返す。


鉄斎は湯呑みに口をつけてから答えた。


「白虎はな」


静かな声だった。


「昔から人を鎮める力が強い」


「鎮める?」


「恐怖や混乱を和らげる」


鉄斎は康太を見る。


「こいつが警戒しなかったのもそのせいだろう」


康太は少し考えた後、小さく頷いた。


「……なんか」


言葉を探すように俯く。


「お姉ちゃんのそばにいると、ホッとする。」


鉄斎は満足そうに頷いた。


「そういうことだ」


だが私にはまだ実感がなかった。


そんな力が本当にあるのだろうか。家族からは聞いたことのない話だった。でも確かに祖父や両親の近くにいるとホッとする。もっとも、家族というのはそういうものだと思っていたのだが。


私が考え込んでいると、悟が静かに口を開いた。


「なるほど」


何か腑に落ちたような顔だった。


「それなら康太が香月さんを頼ったのも分かります」


そう言って弟を見る。康太は少し恥ずかしそうに視線を逸らした。悟は小さく笑う。そして改めて私に向き直った。


「香月さん」


「はい」


「まず、お礼を言わせてください。弟がお世話になりました」


深く頭を下げる。今度は先ほどまでの探るような様子はなかった。兄としての純粋な感謝だった。


「お世話になった以上、こちらの事情もきちんと説明した方がいいでしょう」

この章はかなり悩みながら書きました。


派手な戦闘や大きな事件が起きる回ではないのですが、物語としては大事な分岐点になります。


ここで交わされる会話や何気ないやり取りが、後々振り返ると少し違って見える、そんな話になればいいなと思っています。


伏線が沢山あるので後々全部回収出来るよう頑張ります。

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