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幻獣の絆  作者: 斎佳奈
東京編
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再会

朝九時。商店街はまだ完全には目を覚ましていなかった。


昨日訪れた時とは違い、人通りはまばらだ。店先を掃除する老人。開店準備をする店主。どこかゆっくりとした時間が流れている。鉄斎刃物店の前まで来ると、すでに店の引き戸は開いていた。店の奥からは、金属を叩く乾いた音が聞こえてくる。


カン。カン。規則正しい音が、静かな商店街に響いていた。


「もう始めてるみたいだね」


私が言うと、コウタは少し緊張した様子で頷いた。店へ入ると、昨日と同じ鈴の音が鳴った。


「おう、来たか」


奥から鉄斎が顔を出した。何度も繕った跡のある仕事着を身につけている。袖口や襟はすっかり色褪せていたが、丁寧に手入れされていて、不思議と古びた印象はなかった。額にはうっすら汗が浮かんでいる。


「早いですね」


「鍛冶屋は朝が仕事だ」


鉄斎はそう言って豪快に笑った。


「兄貴が来るまで、鍛冶場でも見てみるか?」


コウタの目が輝いた。


「いいの?」


「周りのモンに勝手に触るなよ」


鉄斎は店の奥へ手招きする。私たちはその後についていった。店の裏には小さな作業場があった。炉には赤い火が燃えている。壁には大小さまざまな金槌や工具が並び、作業台には加工途中らしい金属片が置かれていた。


作業場に足を踏み入れた瞬間、わずかな違和感を覚えた。意識しなければ見過ごしてしまいそうなほど微かなものだけれど、確かに、外とは何かが違う。私は思わず辺りを見回した。


「うまく言えないんですけど、ここって外と空気が違いますよね」


鉄斎の手が止まった。


「……分かるのか」


「何だか落ち着くというか、安心するというか……」


鉄斎はしばらく私を見ていたが、やがて大きく息を吐いた。


「簡単に言やぁ結界だ」


「結界?」


「店を守るためのもんだ」


鉄斎は近くの柱を軽く叩いた。


「悪意を持ったモンは入りにくくなっとるし、中で暴れようとしても力が鈍る」


コウタが目を丸くする。


「そんなことできるの?」


「ああ」


鉄斎は頷いた。


「付与ってのは武器だけにするもんじゃねえ。建物や土地に刻むこともできる」


私は改めて作業場を見回した。壁に掛かった工具も、炉も、何の変哲もないように見える。それなのに、この場所だけが不思議な静けさに包まれている気がした。その中には、ただの刃物には見えないものも混じっている。見た目は短刀や杭のようだが、表面には複雑な紋様が刻まれていた。私の視線を追い、鉄斎が肩をすくめる。


「そっちは売り物じゃねえ」


「特殊な武器ですか?」


「ああ」


鉄斎は短く答えた。


「うちの血筋は昔から付与が得意でな。俺たちが打った武器には、普通じゃありえねえ効果を乗せられる」


コウタが興味津々で身を乗り出す。


「どんなの?」


「能力を封じるやつ。跳ね返すやつ。血脈者相手にだけ効く細工なんかもある」


私は思わず感嘆した。血脈者の能力を封じたり反射したりできる武器。そんなものが存在するなら、確かに価値は計り知れない。鉄斎は肩をすくめる。


「だから厄介事も寄ってくる。欲しがる連中は多いからな」


昨日、コウタの兄が武器の調達を急いでいた理由が少し分かった気がした。能力者同士の争いでは、そうした武器があるだけで状況がひっくり返る。どうしても早く調達したかったのだろう。コウタは目を丸くして辺りを見回している。


「すごい……」


「包丁も鉈も鋏も、元はただの鉄だ」


鉄斎はそう言って炉の中から赤く焼けた金属を取り出した。


「見てろ」


金床の上に置く。次の瞬間。ガンッ!大きな音が響いた。コウタが思わず肩を震わせる。鉄斎は構わず槌を振るう。


ガン。ガン。ガン。赤い鉄が少しずつ形を変えていく。


「熱いうちに叩く。冷めたらまた焼く。それの繰り返しだ」


コウタは完全に魅入っていた。昨日までの怯えた様子が嘘のようだった。私は少し離れた場所から、その横顔を見つめる。八歳。本当なら学校へ行って、友達と遊んでいる年頃だ。それが今は命を狙われている。そう思うと胸が痛くなった。


「姉ちゃん」


コウタが振り返る。


「兄さまもこういうの作れるかな」


「どうだろうね」


「でも器用そうだし、できるんじゃない?」


コウタは嬉しそうに笑った。その時だった。鉄斎がふと顔を上げる。先ほどまでとは違う鋭い目で、店の入口の方を見た。


「来たな」


低い声だった。コウタが振り返る。私もつられて入口を見る。その瞬間、胸の奥をかすかな熱が撫でた。結界に入った時に感じた安心感とは逆だ。店先に一つの影が現れた。だが、その姿を認識した瞬間、思わず息を呑んだ。


男は立っているだけで痛々しかった。肩で荒く息をし、片手を壁についてようやく身体を支えている。服はところどころ裂け、乾ききっていない血が黒くこびりついていた。


「兄さま!」


コウタが叫ぶ。次の瞬間には駆け出していた。男は弟の声に顔を上げる。その動作だけで激痛が走ったのか、眉が苦しげに歪んだ。それでも震える腕を広げる。コウタが飛び込む。男はよろめきながらも必死に踏みとどまり、弟を抱き締めた。その瞬間、押し殺していた息が漏れる。


想像していたより遥かに深刻だった。額には鋭い刃で裂かれたような傷が走り、頬から首筋にかけて濃い痣が広がっている。右腕は厚い包帯で何重にも巻かれ、その隙間には滲んだ血の跡が見えた。足取りも不自然で、片脚にはまともに体重をかけられていない。それだけではない。立っていること自体が限界に見えた。

少しでも気を抜けば、その場に崩れ落ちてしまいそうだった。それでも男は笑おうとしていた。


「……無事だったか」


掠れた声だった。コウタは何度も何度も頷く。目には涙が浮かんでいる。


「兄さま! 兄さま……!」


震える声で名前を呼び続ける。男はそんな弟の頭をゆっくり撫でた。驚くほど優しい手つきだった。


その光景を見た瞬間、胸の奥に張り詰めていた不安が一気に溢れ出しそうになる。見つかった。生きていた。本当に、よかった。


男はしばらく弟を抱き締めたまま目を閉じていた。再会を噛み締めるように。失ったと思っていたものを取り戻したかのように。


やがてゆっくり顔を上げる。そして私を見た。その瞬間、僅かに目を見開く。何かを見定めるような視線だった。


「……白虎か」


私は戸惑う。


「え?」


男は眉をひそめた。


「妙だと思ったんだ」


そう言って、コウタの頭を軽く撫でる。


「こいつは警戒心が強い。知らない相手には滅多について行かない」


コウタが不満そうな顔をする。


「姉ちゃんは知らない人じゃない」


男は苦笑した。


「そういう意味じゃない」


そして再び私を見る。


「でも白虎なら話は別だ」


私は首を傾げた。


さっき感じた胸のざわめきが、今になって再び胸の奥で波紋のように広がった。


「どういうことですか?」


男は少しだけ驚いた顔をした。


「自覚してないのか」


その言葉に、今度は私が黙り込む番だった。

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