協力
しばらくは誰も動かなかった。やがて、一人の男がゆっくりと武器を地面へ置く。
「……手伝わせてくれ」
その一言をきっかけに、また一人、さらにもう一人と武器を下ろしていく。
「私も、役に立つのなら」
「俺もだ」
その一方で、慌てたように森の奥へ逃げ出す者もいた。誰も追わない。今、何より優先すべきは穢れの拡散を食い止めることだった。
宗厳は洞窟の入り口にゆっくりと歩み寄り、最適な位置を確認すると、指示を飛ばした。
「それでは、結界師はここへ集まれ」
術者達が次々と集まってくる。敵も味方も関係なく、それぞれが宗厳を囲んだ。宗厳は洞窟から溢れ出す穢れへ視線を向ける。
「よいか。完全な修復は後じゃ。今から行うのは応急処置じゃ」
一人が不安そうに口を開いた。
「……間に合いますか」
宗厳は頷く。
「やってみるしかない。術式は儂が組む。お前達は流れを合わせろ」
術者達は宗厳の指示に従い、それぞれの位置へ付く。
「わしを中心に円を描くように配置につけ」
「そこの二人はこっちじゃ」
敵味方の区別はもうなかった。必要なのは、術式を扱える人間の数だった。やがて全員の配置が整う。
宗厳はゆっくりと目を閉じると、呪文を唱え始めた。複雑な光の紋様が地面へと浮かび、洞窟へと伸びていく。それに合わせて術者達が一斉に力を流す。幾筋もの光が地面の模様を伝っていく。宗厳はその流れを見極めながら続けた。
「焦らず、術式に力を流すことに集中しなさい。穢れに気を取られるな」
術者達は頷き、それぞれの力を慎重に術式に沿わせていく。洞窟からは黒い靄がなおも噴き出し続けていたが、その勢いは少しずつ弱まっていた。
遠くから複数の足音が聞こえてきた。
「こちらです!」
「急いでください!」
森の奥から警察官と管理局の職員達が姿を現す。
一行は現場へ足を踏み入れると、周囲へ視線を走らせた。崩れた洞窟、術式を展開する結界師達、各所で手当てを受ける負傷者。現場は混乱しており、一目では状況を把握できない。
一成が管理局の職員達へ歩み寄る。その中には寺で事情聴取に来ていた鈴木と山岡もいた。
「ご苦労様です」
職員の一人が一成へ視線を向ける。
「……最近、どこかでお会いしましたね」
「ええ」
一成は軽く頷いた。
「まずは状況を説明します」
一成は結界崩壊から現在に至るまでの経緯を簡潔に説明した。
「柳沢先生の指揮で、穢れの拡散を防ぐための応急処置を行っています」
管理局の職員は静かに頷いた。
「まあ、聞きたいことは山ほどありますが、今は現場対応を優先しましょう」
職員は周囲を見渡した。
「侵入者はどの者達ですか。取り押さえる必要がありますか」
一成は術式を展開する術者達へ視線を向けた。
「首謀者は逃走しました。今は一人でも多くの術者が必要です。終わるまで待っていただけますか」
管理局の職員は術者達をしばらく見つめた後、小さく頷いた。
「分かりました」
現場を見渡しながら、すぐに周囲の職員へ声をかけた。
「警察と連携して周辺警戒をお願いします。逃走した者がいれば追跡を。負傷者の確認もお願いします」
管理局の職員達が現場対応を進める中、宗厳達はなおも術式を維持し続けていた。黒い靄はなおも洞窟の奥でゆらめいていた。だが、先ほどまでのような勢いはない。
宗厳は静かに頷いた。
「……これでひとまずは凌いだか」
術者達が安堵の息を漏らす。しかし宗厳の表情は変わらなかった。その視線は、崩れた洞窟の奥へ向けられている。
「本当の修復は、これからじゃ」
誰も言葉を返さない。
富士の結界は今なお、大きな傷を負ったままだった。




