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幻獣の絆  作者: 斎佳奈
富士編
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崩落

朝目を覚ますと、湖面には薄い霧が広がり、その向こうに富士山がうっすらと浮かんでいた。


朝食を終えた一行は、悠真の周りに集まった。


「今日は第二段階へ進みます」


悠真が皆を見回した。


「今日は参加人数も多くなります。邪魔にならないよう気をつけましょう」


生徒達が頷く。


「それでは出発しましょう」


悠真の先導で静子と生徒達がマイクロバスへ乗り込み、キャンプ場を後にした。



森の中の道路をしばらく進んだところで、前方に赤い誘導灯が見えた。


「この先、通行止めになります」


警備員が迂回路を指差す。


「前方で落石が起きまして」


運転手は頷き、ハンドルを切った。


一成が、小さく呟く。


「……ここもか」


悠真が視線を向ける。


「昨日の件ですか」


「ああ」


一成は短く答えた。


「嫌な予感がする」


悠真はそれ以上、何も言わなかった。


マイクロバスは迂回路へ入り、森の中へ吸い込まれて行った。


目的地へ到着すると、駐車場にはすでに数台の車が停まっていた。


「少し早く着きましたね」


悠真が周囲を見回す。


「こちらです」


協会の職員の案内で、一行は山道を歩き始めた。鬱蒼とした森のなかを進むと、急な下り斜面となり、突如としてぽっかりと開いた漆黒の巨大な穴が現れた。中に入った瞬間、まるで氷の壁にぶつかったかのように、凍てつく冷気が全身を包み込んだ。


洞窟の奥では、すでに宗厳や由里子達をはじめ十数名の結界師が集まっていた。


「おはようございます」


悠真が声を掛ける。岩壁に反射された残響が洞窟の奥へと吸い込まれていく。


「ああ、おはよう」


宗厳も穏やかに頷いた。


由里子が名簿へ目を落とす。


「まだ全員到着しておりません。通行止めの影響かもしれません」


宗厳は時計を確認した。


「もう開始時刻じゃが……もう少し待つとするか」


その時、洞窟の入口から数人の結界師が慌ただしく駆け込んできた。


「申し訳ありません。途中、二か所も通行止めになっておりまして」


息を整えながら頭を下げる。


「車を置いて歩いてきました」


「無事で良かった」


宗厳は頷き、そして巡回班数名に指示を出した。


「巡回班は道路の状況を確認してきてくれ」


「承知しました」


数名が洞窟を後にする。


「まだ数人足りんが、そろそろ始めるとしよう」


宗厳は祠の前まで歩み寄る。その場にいた結界師達も、それぞれ持ち場へ着いた。洞窟の中が静まり返る。


宗厳はゆっくりと祠へ手を当て、静かに目を閉じた。しばらくして、その表情が僅かに曇る。


「流れが乱れておる」


「どういうことですか」


由里子が問いかける。


「昨日力を流した所に、明らかに別の力が加わっておる」


宗厳の言葉に、その場の空気が張り詰めた。


一成は宗厳の言葉を聞き、小さく息を吐く。


「やはり……」


宗厳は祠を見つめたまま口を開く。


「予定を変更する。まずは流れを整え直す。第二段階はその後じゃ」


宗厳を中心に、結界師達が修復作業を始める。しかし、しばらくすると宗厳が首をかしげた。


「何かがおかしい。修復しようとすればするほど、流れが乱されていく」


その時だった。


「そこまでです」


静かな声が洞窟へ響いた。全員が一斉に振り向く。一人の協会職員が若い女性結界師の首元へ短刀を突き付けていた。


「誰も動かないでください」


洞窟の空気が一変する。


「何をしておる」


宗厳が静かに問い掛ける。


職員は苦しげに表情を歪めた。


「全員、洞窟の外へ出てください。これは脅しではありません」


宗厳は全員を見渡した。


「皆、外へ出なさい」


誰も反論しなかった。一人ひとり列になって洞窟の外へ向かう。職員は人質を連れたまま、全員を見張るように後をついていく。


洞窟の外へ出た一同は思わず足を止めた。周囲が明らかにただならぬ雰囲気をまとった者達に取り囲まれていた。


宗厳は職員をまっすぐに見つめた。


「何が目的じゃ」


職員は苦しげに表情を歪める。


「我々は長い間、結界の維持を当然の義務のように背負わされてきました。もう終わりにしたいのです」


「そのために、このような真似をしたのか」


職員は何も答えなかった。


次の瞬間、洞窟の奥から轟音が響き渡った。大地が激しく揺れる。土煙が噴き上がり、岩肌が崩れ落ちる。


「なっ……!」


職員が弾かれたように振り返る。


「何をしている!爆破なんて聞いていないぞ!」


土煙の向こうから、一人の男がゆっくりと姿を現した。悠真が息を呑む。寺を襲撃した、あの術者だった。


男は淡々と言い放つ。


「術式に干渉するだけなどという生温い話を信じていたのは、あなただけですよ」


職員の顔から血の気が引く。


「何を……」


男は薄く笑った。


「これこそが、当初からの計画です」


男が静かに手をかざす。洞窟の奥から黒い靄のようなものが溢れ出した。


大地が低く唸る。空気が重く沈み込み、肌を刺すような冷気が辺りを包み込んでいく。


香月もぶるっと身震いをする。まるで世界が闇に沈んだかのような錯覚を覚えた。理由の分からない焦燥が胸を締め付ける。不安、恐怖、怒り。抑え込んでいた感情が、一斉に心の奥から湧き上がってくる。


「穢れじゃ!」


宗厳の声が響く。


「飲み込まれるな! 心を穏やかに保て!」


その場にいた結界師達は我に返ったように息を呑む。


職員は動揺のあまり人質を解放するよう手を離し、崩れ落ちるように膝をついた。


「こんなことになるなんて……」



青龍の里では、沖へ出ていた漁師が、ふと眉をひそめた。


「潮の流れが不自然だ」


長年海へ出てきた勘が、異変を告げていた。



山奥の鍛冶場では、赤々と燃えていた神聖な炎が、不意に揺らぐ。炉の前に立つ男が静かに顔を上げた。


「今のは……」



遠く離れた山中では、御神木から一枚、また一枚と葉が舞い落ちる。


風は吹いていなかった。

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