第一段階
マイクロバスは神社近くの駐車場へゆっくりと入っていった。
「着きましたよ」
運転手の声に、皆が順番に車を降りる。悠真は地図を片手に辺りを見回した。
「神社には協会から事前に許可をいただいています。参拝の方のご迷惑にならないよう、神社の裏手から向かいましょう」
一行は鳥居の脇を通り過ぎ、木立の奥へ続く細い山道へ足を踏み入れた。森へ入ると、空気が少し変わる。湿った土の匂いが漂い、木漏れ日が葉の隙間から静かな森へ差し込んでいた。
森を漂う濃厚な気配に香月は思わず足を止めた。
「何だか、普通の森とは少し違う気がします」
悠真が穏やかに頷く。
「ええ、この辺は龍脈が集中していますから」
やがて、鬱蒼とした木々が途切れ、ぽっかりと開けた空間へ出た。そこだけは太い樹木の根と苔むした黒い岩が地表をびっしりと覆い、まるで自然が長い年月をかけて作り上げた祭壇のような静けさに包まれていた。天井が抜けたように差し込む光の柱のなかを、無数の光の粒子がゆっくりと舞い踊る。
悠真は足を止めて振り返る。
「ここが今日の担当地点です。それぞれ一番力を通しやすい場所を選んで下さい。生徒達は最初は見学です」
結界師達はそれぞれ木や岩、地表を這う太い根の前へ向かった。悠真も一本の大木の前へ座り、そっと幹へ手を添える。
「それでは始めましょう。第一段階では、この場所に滞っている流れを整えながら、龍脈に沿って張られた結界へ少しずつ力を流していきます。この地の力の流れに合わせ、自分の力を重ねるように流して下さい」
他の結界師達も静かに目を閉じた。辺りはすぐに静寂へ包まれる。風が梢を揺らす音だけが、森の中をゆっくりと流れていった。香月達は少し後ろから、その様子を見守っていた。
時間だけが緩やかに流れていく。誰一人として言葉を発する者はいない。結界師達は木々や岩、大地へそっと手を添えたまま、ゆっくりと力を流し続けていた。森もまた、それに応えるように息づいている。
しばらくすると、悠真が静かに目を開いた。
「では、生徒の皆さんも少しやってみましょうか」
子供達は少し緊張した表情で頷く。
「無理に力を出そうとする必要はありません」
悠真は穏やかな声で続けた。
「まずは森の流れを感じてください。そして、皆さんが流している力へ、そっと自分の流れを重ねるような気持ちで十分です」
香月達はそれぞれ近くの木や岩へ歩み寄り、そっと手を添えた。ひんやりとした感触の向こうから、地中を巡る穏やかな流れが伝わってきた。
御神木へ触れた時とどこか似ている。けれど、あの時よりもずっと広く、深い。森全体が、一つの大きな命として循環していた。
その中へ、周囲の結界師達の力が少しずつ溶け込んでいく。まるで幾筋もの小川が一つの川へ流れ込むように。誰一人として流れを乱すことなく、それぞれの力が自然に重なり合い、大地を巡る大きな流れの一部となっていた。
香月もそっと自分の力を重ねる。押し込むのではなく、流れに寄り添うように、そっと。
「……」
気付けば、自分が森へ力を流しているのか、それとも森から力を受け取っているのか、その境界さえ分からなくなっていた。
悠真が生徒達に尋ねる。
「皆さんは、何を感じていますか?」
後ろから康太の声が聞こえた。
「みんなの力が一つにつながってる感じ!」
悠真は小さく微笑む。
「そうですね。結界は、一人で作るものではありません。人と人、そして自然との調和があってこそ本来の力を発揮するんです」
それからどれほど時間が経っただろう。最初は長く感じられた静寂も、森の流れへ意識を向けているうちに、不思議と気にならなくなっていた。風が吹き抜けるたび、木々がわずかに揺れ、地中を巡る流れも静かに脈打つ。まるで森と、大地と、対話しているようだった。
「今日はこのくらいにしましょう」
悠真が静かに声を掛ける。結界師達はゆっくりと手を離し、それぞれ小さく息を吐いた。
「お疲れさまでした」
辺りを見回した悠真は、小さく頷く。
「第一段階は順調です。この調子なら、予定どおり明日の作業へ進めそうですね」
結界師達の表情に安堵の色が浮かぶ。
香月ももう一度だけ森を見渡した。そこにある景色は何も変わっていない。それでも、この森全体が先ほどより少しだけ穏やかな息づかいを取り戻したような気がした。




