前夜
予約されていたキャンプ地は湖畔沿いの眺めの良い区画だった。悠真がテントを取り出した。
「まずはテントを張りましょう。生徒達も手伝って下さいね」
「「はーい!」」
子供達が一斉に返事をして早速一緒に設営を始めた。
「最近のテントは設営も楽になったな。昔は地面に杭を打ったり、重いポールを布に通したりして大変だった」
巌が呟いた。
作業は思ったより早く終わった。気付けば湖畔に五張りのテントが並んでいた。荷物をテントへ運び込んだ後、皆が自然にピクニックテーブルの周りに集まった。
「夕食までは少し時間がありますね」
悠真が辺りを見回した。
「せっかくですし、少しお散歩しましょうか」
子供達が真っ先に悠真の後をついていく。大人達はそれぞれ忙しそうにしているが、香月は何となく手持ち無沙汰だったので付いて行くことにした。
悠真を先頭に、一行は湖畔の道を歩き始めた。しばらく歩くと、不意に脇から声が掛かった。
「藤崎先生!」
悠真が足を止める。
「これは浜崎会長。お久しぶりです」
青龍の里で出会った浜崎浩一だった。
「皆さんもお元気そうで何よりです」
浩一は香月達にも軽く会釈する。
「悠真君も、すっかり立派になりましたね」
「いえ、まだまだです」
悠真は照れくさそうに笑った。
「宗厳先生に紹介した頃が懐かしいですよ」
「その節は、お世話になりました」
浜崎は「では、また」と手を振り、人混みの中へ戻っていった。
「おや?」
今度は向こうから見覚えのある男が歩いてきた。
「あ、商店街の!」
香月が声を上げる。
「おう。やっぱり来とったか」
北野小次郎は笑いながら手を挙げた。悠真が尋ねる。
「鉄斎さんも来てるんですか?」
「来とるで。同じキャンプ場や。兄貴も向こうの区画におる」
小次郎は別の方向を指差した。
「宵司さんも来とるし、商店街からは俺ら三人やな」
香月が驚く。
「皆さん来られてたんですね」
「こんなん十年に一度あるかないかやからな。せっかくやし顔くらい出さんとな」
生徒達に気づくと、小次郎は軽く手を振った。
「じゃあ、また後で顔出すわ」
「はい。また後ほど」
再び歩き始めると、一人の女性が足を止めた。
「藤崎先生!」
悠真が振り返る。
「お久しぶりです」
「お元気そうですね」
女性は嬉しそうに笑った。
「先生のおかげで、結界師になれました」
悠真は少し驚いたような顔をする。
「私のおかげ、とは?」
「覚えていらっしゃらないかもしれませんけど、もう諦めようと思っていた時、先生が『焦らなくていい。君の力を必要としている人は必ずいる』って声を掛けてくださったんです」
女性は照れくさそうに笑った。
「先生のおかげで、結界師になる夢を叶えることができました」
悠真も穏やかに微笑む。
「それは、あなた自身が頑張った結果ですよ」
「ありがとうございます」
女性は深く頭を下げた。
「それでは、失礼します」
香月はその後ろ姿を見送りながら、小さく呟く。
「先生、本当に知り合いが多いんですね」
悠真は少し照れたように笑った。
「長く続けていると、自然とこういう機会も増えるんですよ」
◇
キャンプ地へ戻ると、あちこちの炊事場から夕食の支度をする音が聞こえてきた。
「そろそろ私達も始めましょうか」
陽奈が立ち上がる。
「今日はカレーですよ」
「やった!」
康太が嬉しそうに声を上げた。
「それじゃあ、じゃがいもとにんじん、それから玉ねぎを洗って切って下さい」
陽奈の一言で、それぞれが自然に持ち場へ散っていく。
「私は何をすればいいですか?」
「じゃあ香月さんはお米をお願いします」
「はい」
子供達も皮をむいたり、食器を並べたりと、それぞれ出来る仕事を手伝っていた。
「うわっ。玉ねぎが目に染みる」
智樹が泣きそうな声で言うと、千春が励ます。
「頑張って。半目にするとマシになるよ」
やがて炊事場にはカレーの香りが漂い始めた。
皆で囲んだ夕食は、いつもより少し賑やかに感じた。食事が終わる頃には太陽がほとんど森に沈み、湖が茜色に染まっていた。
「明日の朝は集会です」
悠真が皆を見回す。
「今日は皆さん、早めに休んで下さい」
「「はーい」」
子供達の元気な返事が夜のキャンプ場に響いた。




