出発
出発の日は澄み渡るような快晴だった。大人達は朝早くから最終準備に取り掛かっている。荷物を運ぶ者、忘れ物がないか確認する者。それぞれが慌ただしく動いていた。
「これで最後です」
沙耶香が大きな荷物を抱えてバスへ運ぶ。
「ありがとうございます」
陽奈は人数分の弁当と飲み物が入った箱を確認した。本堂の前では悠真が名簿を見ている。
「全員いますね」
「おう」
巌がもう一度指折りで確認して答えた。
全員が乗り込むと、マイクロバスはゆっくりと寺を離れた。窓の外では、見慣れた境内が少しずつ遠ざかっていく。香月は小さく息を吐いた。いよいよだ。全国から血脈者が集まる大規模な結界修復。どんな人たちが来るのだろう。
高速道路へ入ってしばらくした頃だった。
「おやつを配っておきますね」
陽奈の声が響いた。
振り返ると、小袋に分けられた菓子を配っている。
「やった!」
康太が真っ先にお菓子を食べ出した。
「早っ」
千春が呆れたように言う。車内に笑いが広がる。
康太と智樹は菓子を食べながら何やら話している。千春も時々会話に加わっていた。前の席では一成が早くも目を閉じていた。
「寝てる……」
拓也が小声で呟く。
「いつもこうだ」
巌が腕を組んだまま答えた。
香月は窓の外へ目を向ける。見慣れた山並みが流れていく。だんだん景色も単調になってきたので香月は鞄から本を取り出した。バスの中は静かで、時折誰かの話し声や笑い声が聞こえてくる。そんな穏やかな時間がしばらく続いた。
◇
「あ、富士山だ!」
不意に康太が声を上げた。その言葉に何人かが窓の外を見る。遠くの空の下に富士山が見えた。まだ距離はあるが、それでも一目で分かる。
「あ、本当だ。大きいね」
千春が身を乗り出した。
悠真が笑った。
「近付くともっと大きく見えますよ」
マイクロバスはそのまま走り続ける。気付けば富士山は少しずつ大きくなっていた。高速道路を降りる頃には、その姿は車窓の向こうに大きく広がっている。
周囲の景色も少しずつ変わり始めていた。建物が減り、木々が増えていく。やがて道路の両側を深い森が囲むようになった。木々はどれも太く、複雑に絡み合った根を地表へ這わせている。陽光が遮られて急に陽が傾いたかのように感じた。
「すごい森ですね」
千春が呟く。
「樹海の辺りですよ」
悠真が答えた。
車内はいつの間にか静かになっていた。康太たちも先程までの勢いはどこへやら、窓の外を眺めている。森の中の道路をしばらく走る。そうして何度目かのカーブを曲がった時だった。
不意に視界が開けた。
「おお……」
誰かが小さく声を漏らした。湖だった。穏やかな水面が陽光を反射している。その向こうには富士山が見える。遠くから見た時とはまるで違う。思わず見上げてしまうほどの存在感だった。
「綺麗……」
千春が思わず呟く。
バスを駐車場に停めて、荷物を下ろす。湖沿いの道を歩いていくと、テントがちらほらと見え始めた。さらに進むと、その数は少しずつ増えていく。
「沢山の人が来てるんですね」
千春が辺りを見回す。
「全国から集まってますからね」
悠真が答えた。
「これでもまだ一部ですよ。他のキャンプ地や旅館に泊まっている人たちもいますし、後で到着する人もいます」
康太はきょろきょろと周囲を見回している。
「みんな僕たちみたいなのか?」
「大半はそうですね」
悠真が答えた。
テントの間を抜けるたびに、あちこちから話し声や笑い声が聞こえてくる。どこか祭りの前のような空気だった。同時に、大仕事が始まる前の緊張感もそこはかとなく漂っていた。




