準備完了
「そんなことがあったんですね」
香月は話の余韻を噛み締めながら静かに言った。
「昔の話ですよ」
悠真は笑う。
◇
気付けば、里巡りから二か月近くが過ぎていた。残暑はまだ続いていた。
ある日の夕食後、悠真がおもむろに切り出した。
「皆さんにお知らせがあります」
食卓にいた全員が顔を上げた。
「富士行きの日程が決まりました。決行は十月十五日です」
香月は少し驚いた。
「結構先なんですね」
「全国から人が集まりますからね」
悠真は頷く。
「それに今回は大規模な結界修復です。龍脈の流れや月の巡りなども考慮して、一番条件の良い日が選ばれたそうですよ」
香月は少し緊張した。里を巡りながら多くの血脈者と出会ってきた。だが、全国規模となると話は別だ。どれだけの人が集まるのだろう。
「まあ、まだ先の話だ」
巌は湯飲みを傾ける。
「今はやれることをやろう」
富士行きが決まっても、寺の日常は大きく変わらなかった。それぞれの日課をこなし、訓練を続ける。
◇
十月に入る頃には、香月たちの訓練にも変化が現れていた。
香月は目を閉じる。体内を流れる力を一本ずつ分ける。さらに別の流れを重ね、再び紡ぐ。かつては互いに干渉し合い、制御に苦労していた力だったが、今では必要に応じて分離し、組み合わせることができる。
悠真はその様子を見て静かに頷いた。
「随分滑らかになりましたね」
香月も小さく笑う。自分でも成長は感じていた。
◇
康太も以前より大きく成長していた。訓練用の木刀を構え、相手との距離を測る。無闇に飛び込まず、相手の動きを観察し、隙を待つ。そしてここぞという時に力を使う。
「悪くない」
巌が頷いた。康太は汗を拭いながら笑う。以前より上手く動けている実感があった。
◇
悟もまた着実に力を付けていた。相手の次の動きを予測して半歩ずつ位置を変える。受け止めるのではなく流す。動きにも無駄がなくなっていた。
「もう初心者とは言えませんね」
悠真が感心したように言った。悟は苦笑する。
「先生方のおかげですよ」
◇
出発が近付くにつれ、寺の中も少しずつ慌ただしくなっていった。静子は薬や応急処置の道具を確認し、一成は現地の情報を集めていた。陽奈たちは滞在中に必要な食料や日用品の準備に追われていた。
そうこうしているうちに、出発の日は目前まで迫っていた。




