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幻獣の絆  作者: 斎佳奈
原点編
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55/73

原型

数日後、一成が寺へやって来た。


「長居はできないけど、とりあえず手伝う」


そう言うと、荷物を隅へ置き、さっそく作業へ加わった。


巌は草を刈り、悠真は傷んだ障子を張り替えていた。一成は床板を張り直していた。


寺は少しずつ息を吹き返し始めていた。



さらに一週間ほどして、陽菜と拓也がやって来た。


「こちらです」


悠真が客間へ案内する。


客間は最優先で整えられていた。襖も畳も新調して、壁も綺麗に拭かれていた。


「ありがとうございます」


陽菜は頭を下げた。


拓也は部屋よりも外が気になるらしく、窓から境内を眺めている。まだ草刈りの途中の場所も多い。あちこちに工具や木材が積まれていた。


「大変そうですね」


陽菜が苦笑する。


「ええ。まだ始まったばかりですから」


悠真も笑った。



その日の夕食は本堂脇の小さな部屋で取ることになった。品目は焼き魚、おひたし、味噌汁、ご飯と漬物だけ。質素だが、栄養のバランスは悪くない。


「いただきます」


全員で箸を取る。陽菜が一口食べる。味は普通だった。決してまずくはない。だが、毎日こんな感じだと少し寂しいかもしれない。陽菜は黙って食事を終えた後、思い切って切り出した。


「悠真さんもお忙しいでしょうし、明日から私も手伝いますよ」


「助かります」


悠真は素直に頷いた。


「買い出しなら任せろ」


巌が胸を叩いた。



翌日から拓也の授業が始まった。悠真は勉強や知識の理解度を確認し、巌は体力や基礎的な動きを見る。結果は二人とも似たようなものだった。


「素質はあるが、基礎ができていない」


そう言われて、拓也は少し不満そうな顔をした。


「学校では教わらなかったので」


「そのためにここに来たんだ」


巌はあっさりと言った。悠真も苦笑する。


「理解は早いですよ。ただ、分からないことがあっても質問しませんからね」


拓也は視線を逸らした。図星だった。何でも自分で何とかしようとする。それが拓也の長所であり、短所でもあった。



数日後、拓也は境内の掃除を手伝っていた。ふと縁側の方を見ると、一成が座っていた。その近くには一羽のカラスがいる。何か話しているように見えた。カラスが飛び立った後、拓也は箒を持ったまま近付いた。


「今、カラスと話してたのか」


「まあな」


一成はそれだけ答えた。


「何て言ってるか分かるのか?」


「まあ、慣れれば」


一成もそれ以上は説明しなかったし、拓也も深くは聞かなかった。ただ少し気になった。



数日後、拓也が境内へ出ると、一成が屋根の上にいた。割れた瓦を取り替えている。しばらく見上げていたが、気付けば雨樋へ手を掛けていた。柱へ足を掛け、一気に屋根へよじ登る。


「何をしている」


一成が振り返る。


「見学」


「やってみるか?」


一成が手際よく瓦を一枚固定してみせた。無言のまま、次の瓦と接着剤の入ったコーキングガンを拓也に差し出した。拓也はそれを両手で受け取った。チューブから押し出される接着剤は重く、トリガーを握る右手がすぐに熱くなった。拓也が必死にノズルを動かす横で、一成はすでに次の瓦を準備していた。

二人の間に会話はなかった。それでも不思議と居心地は悪くなかった。



その数日後、一成は再び寺を離れた。


「じゃあ行ってくる」


荷物を背負い、いつもの調子で手を振る。


「今度はどこだ」


巌が尋ねる。


「長野の方だ」


「怪我するなよ」


「そんなヘマはしないさ」


一成は笑うと、そのまま階段を下りていった。拓也はその背中をしばらく見送っていた。



一成がいない間も、寺の生活は続いた。陽菜は台所へ立つようになった。最初は手伝うだけのつもりだったが、気付けば献立を考え、買い物の相談をし、足りない物を書き出していた。巌は週に何度か街へ下りて買い出しへ向かう。悠真は修繕や書類仕事に追われていた。人手は少ない。それでも少しずつ皆の暮らしが形になっていった。



拓也も日々の生活に慣れ始めていた。朝は掃除を手伝い、その後は勉強や訓練。午後は修繕作業を手伝うこともある。楽ではなかった。巌の訓練は厳しいし、悠真は容赦なく課題を出す。それでも以前ほど退屈ではなかった。


ある日、薪を運び終えた拓也を見て、陽菜が声を掛けた。


「最近、楽しそうね」


拓也は顔をしかめる。


「別に」


即答だった。だが、陽菜は笑う。


「前と顔つきが違うわ」


拓也は返事をしなかった。その代わり、運んでいた薪をもう一束持ち上げる。陽菜は何も言わなかった。



一週間ほどして、一成が戻って来た。帰って来た頃には夕食も終わっていた。寺の中は静かだった。一成は誰も起こさないように廊下を歩き、自分の部屋へ向かう。襖を開けると、机の上に皿が置かれていた。


おにぎりが二つ。まだ少し温かい。一成はしばらくそれを見つめていた。やがて一つ手に取り、小さく笑う。


「……気が利くな」


誰に言うでもなく呟くと、おにぎりを頬張った。



それからさらに数週間後、静子が寺へやって来た。荷物を降ろし、境内を見回す。


「思ったより形になっていますね」


「まだまだですよ」


悠真が笑う。静子も微笑んだ。


本堂は修繕が進み、ほとんどの空間が使えるようになっていた。畑も整い、陽菜が野菜を育てている。拓也も陽菜もすっかり寺の生活に馴染んでいた。


「これなら何とかやれそうですね」


静子が言った。悠真は静かに頷く。


「ええ。少しずつですが」


夜になると、悠真、静子、巌、一成の四人が本堂へ集まった。ここをどういった場所にしていくのか。どんな子供たちを受け入れるのか。遅くまで話し合いは続いた。


学校とは違う。少人数で、一人一人と向き合う。子供だけではなく、家族も支える。まだ形になっていない部分も多かったが、目指す方向だけは少しずつ見え始めていた。



数日後。悠真は新たな資料へ目を通していた。鹿神系統の能力を持つ少年。父親との二人暮らし。学校での成績は良好。友人関係にも問題はない。だが能力や学習面で本人に見合った環境がなく、最近は何事にも身が入らなくなっていることを父親は心配していた。


悠真は資料を閉じる。そして電話へ手を伸ばした。

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