始動
翌朝、朝食が終わると、悠真が皆へ声をかけた。
「少し話があります」
皆が振り向く。食器を片付けようとしていた子供たちも手を止める。宗厳たちも同席していた。悠真は皆の顔を見渡した。
「数か月後、富士で大規模な結界修復が行われます」
康太が目を瞬く。
「富士山?」
「そうです」
悠真は頷いた。
「全国各地から結界師や支援要員が集まります。寺からも何名か参加する予定です」
子供たちの間に小さなどよめきが広がった。だが悠真は続ける。
「ただし、勘違いしないでください」
場が静かになる。
「皆さんを主戦力として連れていくわけではありません」
康太たちが顔を見合わせた。
「富士には経験豊富な結界師や支援要員が集まります。皆さんには学ぶために参加してもらいます」
悠真は穏やかに言った。
「実地研修だと思ってください。これほど大規模な結界修復を見る機会は滅多にありません」
宗厳も頷く。
「うむ。見て学ぶだけでも大きな経験になるじゃろう」
子供たちの表情が少し和らいだ。
「そこで今日から訓練内容を変更します」
悠真は紙を取り出した。
「結界組」
静子、千春、智樹、香月。
名前が読み上げられる。
「後方支援組」
一成、拓也、陽奈、隆之、沙耶香。
「索敵、連絡、調理、治療補助などを担当してもらいます」
皆が頷く。
最後に悠真が視線を向ける。
「護衛・戦闘組」
巌、悟、康太。
一瞬だけ沈黙が流れた。
巌が腕を組む。
「今日から訓練内容を変える」
康太が悟を見る。
「嫌な予感がする」
悟も苦笑した。
◇
午前中、香月は静子に連れられて訓練場へ来ていた。千春と智樹も一緒である。
「今日は少し変わったことをします」
静子が言った。
「まず、千春ちゃん、智樹君、私と一緒に小さな結界を張ってみましょう」
三人が机の上に小さな結界を張る。淡い光が空中へ広がった。
「香月さん、結界を観察して、感じたことを教えてください」
香月は目を閉じる。結界に意識を向けた。初めは特に何も感じなかった。いつもの結界と変わらないように見える。
「普通の結界です」
静子が念を押す。
「もっと集中して。僅かでもいいから、違和感はない?」
集中していくうちに、僅かな違いが見えてくる。
「あ……」
静子が促した。
「何本ある?」
香月は慎重に答える。
「三本……です」
静子が頷いた。
「そう」
千春が少し嬉しそうな顔をする。
「本当に分かるんですね」
「まだ何となくだけど」
香月は苦笑した。
「じゃあ次」
静子が指先を動かす。
三本の流れが少しずつ絡まり始めた。
「今度はそれぞれの流れを分けてみましょう」
香月は集中する。だが上手くいかない。複雑に絡まった糸を無理やり解きほぐすような抵抗がある。
結界が少し揺らいだ。
「焦らなくていいから」
静子が優しく言う。
「最初からできる人なんていないわ」
もう一度。さらにもう一度。何度か繰り返すうちに、少しずつ違いが見えるようになっていった。
◇
昼前。
「では次」
静子が言う。
「今度は繋いでみましょう」
香月は瞬きをした。
「繋ぐ?」
「そう」
静子が頷く。
「ひとつひとつの糸を、今度は三つ編みのように紡ぐイメージで」
香月は三人の流れへ意識を向けた。無理に引っ張らない。流れに寄り添うように、そっと触れる。すると、ほんの一瞬だけ、別々だった流れが自然に重なった。結界がわずかに安定する。千春が目を丸くした。
「今、結界が強くなりました」
智樹も頷く。静子は小さく目を細めた。
「なるほどね」
香月自身が一番驚いていた。解きほぐすよりも、こちらの方がずっと自然に感じた。
◇
その頃、巌の訓練組は山道をかけ登っていた。
「まだ走るの!?」
康太が悲鳴を上げる。
「まだ始まったばかりだ」
巌は振り返りもしない。悟が肩で息をする。
「康太、諦めろ」
「兄さまも息、切れてるけど!?」
「気合いで何とかするしかない」
二人の後ろを着いて来ていた清志が思わず笑った。
◇
夕方。訓練を終えた香月は縁側へ腰を下ろした。静子が隣へ座る。
「どうだった?」
香月は少し考えた。
「音楽みたいだと思いました」
「音楽?」
「はい」
香月は頷く。
「みんなそれぞれ音が違うんです」
少し言葉を探す。
「違う音が重なって音楽を奏でているみたいで」
静子は静かに耳を傾けていた。
「少しだけ、やり方が分かったと思います」
静子は小さく微笑む。
「それで十分よ」
境内の向こうでは康太や悟たちがストレッチをしている。訓練場には千春と智樹の姿も見えた。
富士の集結に向けて、寺は少しずつ動き始めていた。
香月もまた、自分の進むべき道を見つけ始めていた。




