麒麟の里
青龍の里の人々は最後まで親切だった。浜崎たちに見送られ、一行は麒麟の里へ向かった。
移動は特急がメインで、思ったよりもスムーズだった。窓の外には山々の間にたまに集落が顔を出すくらいで、あまり変化がない。途中で由里子が買ってきた名物だというかに寿司を食べた。乗り換えを含めても三時間とかからなかった。
気が付けば、一行は駅のホームへ降り立っていた。目的地は徒歩で数分らしい。
「こっちじゃ」
宗厳が先導する。香月たちはその後に続いた。
駅前には焼き物の店やギャラリーが並んでいた。瀟洒なカフェも見える。通りはそれなりに賑わっており、観光客らしい姿もちらほら見えた。
やがて宗厳が足を止めた。
「着いたぞ」
香月は目の前の建物を見上げた。五階建てほどのオフィスビルだった。
「ここですか?」
「そうじゃ」
宗厳は頷く。
「ここがわしの勤める協会の本部じゃ」
◇
自動ドアを抜ける。エレベーターを最上階まで上がると、待合室のような部屋に着く。見晴らしの良い窓からは町並みが一望できた。レンガ造りの煙突が点在し、その向こうに山が見える。
受付の女性が顔を上げた。
「お久しぶりです、宗厳先生」
「うむ」
「どうぞ座ってお待ちください。担当のものにお伝えします」
宗厳は軽く頷いた。しばらくすると、すっきりとしたスーツ姿の女性が迎えに来た。
「お待たせしました。井出神奈子です。協会の事務局長をしております」
丁寧に頭を下げる。
「理事長がお待ちです」
一行は神奈子の後について会議室へ向かった。
◇
会議室にはすでに数人が集まっていた。中央に座っていた男性が立ち上がる。
「久しぶりだな、宗厳」
「相変わらず忙しそうじゃな、嶺二」
二人は軽く握手を交わした。
近藤嶺二。血脈者の協会の理事長だという。
その後、他の出席者もそれぞれ自己紹介をした。財務担当者。経理担当者。代議士。地域企業の代表者。どれも普段なら香月とは縁のない肩書きばかりだった。正直、顔も名前も半分も覚えられなかった。
「では始めましょう」
神奈子が資料を開く。その時だった。
「失礼します」
職員が大型のパネルを運び込んできた。ガラガラと音を立てながら壁際へ設置する。香月は思わず目を向けた。
そこには日本地図が貼られていた。北海道から九州、沖縄まで。至る所に付箋、写真やメモが貼られている。
宗厳が満足そうに頷いた。
「ほう。ちゃんとまとめてあるな」
「各地から届いた報告を整理したものです」
神奈子が答える。
香月は地図を見つめた。今まで回ってきた里は、その中のほんの一部に過ぎない。全国にはまだ香月の知らない里が数多く存在している、と改めて実感した。
「まず結論から申し上げます」
神奈子が資料をめくる。
「各地で確認されている異変ですが、個別の事象ではなく、全国規模で発生している可能性が高いと考えています」
会議室の空気が少し引き締まる。神奈子は地図の数か所を示した。
「白虎の里では森の活力低下。玄武の里では地脈の乱れ。青龍の里では海流や魚群の変化」
「全国各地からも類似報告が届いています」
宗厳が腕を組む。
「やはり全国規模か」
「様々な統計を分析しましたが、同じ結論に至りました」
嶺二が頷いた。
神奈子はさらに資料を進める。
「問題はこちらです」
次に映し出されたのは統計資料だった。出生率や死亡率、農業、漁業、医療、治安に関する様々な数字が並んでいる。
「現時点で因果関係は証明できていません」
神奈子は慎重に言った。
「ただし、龍脈の弱体化が確認されている地域と重なる傾向があります」
代議士の男性が眉をひそめる。
「どの程度ですか?」
「収穫量の低下。水流の乱れ。森の枯死。犯罪件数の増加。原因不明の体調不良。事故件数の微増などです」
神奈子は資料を示した。
「どれも単独なら誤差の範囲です。ですが、同じ傾向が全国で確認されています」
会議室が静かになる。
香月にはよく分からない話も多かった。だが一つだけ分かることがある。放置していい状況ではない、ということだ。
「富士の件はどうなっておる」
宗厳が尋ねた。嶺二が資料を開く。
「準備段階です。現在、必要な人員の洗い出しを進めています」
結界師、治療担当者、後方支援の召集。宿泊設備、運搬、資材などの手配。資金繰り。次々と項目が挙げられていく。
「まだ正確な日時は断定できん」
宗厳が言う。
「じゃが準備だけは進める必要がある」
「その点は同意します」
嶺二が頷く。
会議はさらにしばらく続いた。皆が真剣な表情で議論を続けている。やがて神奈子が資料を閉じる。
「本日の議題は以上です」
会議室の空気が少し緩む。皆が資料を片付けて立ち上がろうとした、その時だった。
「ところで」
宗厳がふと思い出したように口を開く。出席者たちが振り返る。
「一つ頼みがあるのじゃが」
宗厳は香月を見た。
「この子の父親についてじゃ」
香月の背筋が伸びる。
宗厳は知っている情報を簡潔に説明した。少なくとも二十五年前に里を出ている。おそらく麒麟の里の出身であること。当時、京都にいたこと。背が高く、痩せ気味であったこと。左肩の後ろにひょうたん型の痣があったこと。話を聞いた出席者たちは顔を見合わせた。
「古い話ですね」
「その頃に里を出た者なら何人かおります」
「心当たりがないこともありませんが……」
誰も即答はできない。それが当然だった。それでも、皆それぞれの人脈を当たると約束してくれた。
◇
会議の後は歓待の席が設けられた。
豪華な料理と酒でもてなされ、その後案内された宿も立派なものだった。
部屋へ入ると、香月は大きく息を吐いた。今日一日で見たものはあまりにも多い。全国地図。各地の異変。富士。そして父のこと。明日には何かめぼしい情報が入ってくるだろうか。
そんなことを漠然と考えながら、香月は布団へ潜り込んだ。




