表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻獣の絆  作者: 斎佳奈
東京編
4/28

糸口

翌朝、目を覚ますと、部屋の中には静かな朝日が差し込んでいた。昨夜の雨は上がっている。


私はベッドから起き上がり、隣を見る。少年はまだ眠っていた。昨夜はあれほど警戒していたのに、今は安心しきったような顔をしている。少しだけ胸が痛んだ。


私は起こさないよう静かにキッチンへ向かった。冷蔵庫の中身は相変わらず乏しい。味噌汁を温め直し、卵焼きを作る。レンジで温めたご飯をよそい終えた頃、背後で小さな物音がした。


振り返ると、少年が眠そうな目で立っていた。


「おはよう」


「……おはよう」


昨日より声が出ている。私は洗濯して乾燥機にかけておいた服を渡した。


「これ、乾いたから」


少年は小さく頷き、服を受け取った。


朝食を並べると、少年は少し驚いたような顔をした。


「食べていいの?」


「もちろん」


そう言うと、少年は遠慮がちに箸を手に取った。


しばらくは静かな食事だった。けれど食べ終わる頃には、昨日より緊張が解けているのが分かった。私はお茶を注ぎながら尋ねる。


「お兄さんと最後にはぐれた場所、覚えてる?」


少年は考えるように俯いた。


「……大きな駅の近く」


上京してきたばっかりだったら上野かな、と言う漠然とした勘で尋ねる。


「上野?」


こくり、と頷く。


そこから私は一つずつ質問を重ねていった。急かさないように。思い出せる範囲でいいから、と。


少年の話はあちこち飛んだ。上野駅の話をしていたかと思えば浅草寺の大きな提灯の話になり、大きなメロンパンの話になり、またホテルの話に戻る。それでも少しずつ繋ぎ合わせていくと、兄と二人で数日前に東京へ出てきたこと、上野や浅草の安いホテルを転々としていたことが分かった。


「兄さま、同じところに泊まらないようにしてた」


「どうして?」


「見つかると危ないからって」


私は小さく息を吐いた。


やはり狙われていたのだ。昨夜の襲撃も偶然ではない。


「他に行った場所は?」


少年はしばらく考え込んだ。そして何かを思い出したように顔を上げる。


「お店」


「お店?」


「古いものがいっぱいあった」


骨董品屋だろうか。私は続きを促した。兄はその店の男と知り合いだったらしい。店の奥へ通され、しばらく話をしていた。その後、包み紙に包まれた何かを受け取っていたという。


「何をもらったか分かる?」


少年は首を横に振る。


「見てない」


それでも十分だった。今ある手掛かりの中では、一番有力だった。


「その店、覚えてる?」


「たぶん。見たらわかると思う」


自信なさそうな返事だったが、他に方法もない。私は立ち上がった。


「行ってみよう」


少年の目が少しだけ明るくなった。


昼前には二人で上野へ向かっていた。上野駅周辺は週末ということもあり人が多かった。地元民、観光客、買い物客。人混みの中を歩きながら、少年は何度も首を傾げる。


「ここじゃない」


「たぶんあっちのほう」


似たような通りが続く。


骨董品屋らしい店を見つけるたびに覗いたが、どれも違った。昼を過ぎても見つからない。午後になっても見つからない。


さすがに私も半分諦めかけていた。子供の記憶なんて曖昧なものだ。それでも、今はこれしか手掛かりがない。


夕方が近づいた頃だった。突然、少年が足を止める。


「あっ」


その声に振り返る。少年は通りの向こうを指差していた。


「ここだ」


そこには古びた木造の店舗があった。表には茶碗や掛け軸、古い置物が並んでいる。一見すると、ごく普通の骨董品屋だった。


だが店内を覗いた瞬間、私は確信した。普通ではない。棚の奥には、血脈者しか使わない封印札が置かれていた。獣の牙を加工した短刀もある。一般人にはただの骨董品にしか見えないだろう。


私は少年を連れて店へ入った。奥から白髪混じりの体格のいい男が現れる。男は私達を見るなり目を細めた。


「いらっしゃい。何かお探しですかな」


男はそう言いながら、私達を訝しげに見た。骨董品を買いに来た客には見えなかったのだろう。


「人を探しています。この子のお兄さんです。昨日一緒に来たそうですが。」


男はしばらく黙り込む。そして少年を見た


「あいつの弟か」


「お知り合いなんですね」


「ああ」


男は短く答えた。少年の顔に希望が浮かぶ。


私は身を乗り出した。「連絡を取りたいのですが、連絡先は分かるでしょうか?今、何処にいるのかご存知ですか?」


しかし男は首を横に振る。


「それは言えん」


「じゃあ、受け取った物は?」


「それもだ」


取り付く島もない。けれど不思議と腹は立たなかった。血脈者社会では珍しくない。守秘義務は命より重いこともある。


男は腕を組み、しばらく考え込んだ。やがて小さく溜息をつく。


「次の行き先には、一つだけ心当たりがある」


私は顔を上げた。


「次は鉄斎のところへ行くかもしれん」


「鉄斎?」


「鍛冶屋だ」


男は店の奥から紙を持ってきた。住所が書かれている。


「表向きは刃物屋だがな。頼めば血脈者用の武器も作る」


私は紙を受け取った。そして店主に紙を借り、自分の名前と携帯番号を書き付けた。


「弟さんは、今のところ私が預かっています。もしお兄さんが来たら、連絡するよう伝えてもらえませんか」


男は紙を受け取り、小さく頷いた。


これでようやく次の手掛かりが見つかった。


店を出ると、空は赤く染まり始めていた。少年が不安そうに尋ねる。


「兄さま、見つかるかな」


私は手の中の紙を見る。分からない。けれど昨日よりは確実に前進している。


「少なくとも、糸口は見つかったと思う」


私は住所の書かれた紙を折り畳み、ポケットへしまった。


「行ってみよう」


夕暮れの風が街を吹き抜ける。


兄の行方も、昨夜の襲撃者の正体も、まだ分からない。


それでも私は、ようやく見つけた細い糸を手繰るように歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ