見送り
翌朝。
食卓には湯気の立つ味噌汁と焼き魚、炊きたてのご飯が並んでいた。海苔、おひたし、漬物。地鶏の玉子をご飯の上に割る。やはり実家の朝食は落ち着く。
香月は箸を伸ばしながら小さく息をつく。東京で働いていた頃は、こういう朝食を毎日食べる機会はそう多くなかった。
焼き魚をほぐし、ご飯を口へ運ぶ。味噌汁をすすりながら、香月はぼんやりと思う。またしばらく実家の味が食べられなくなるのか。
その向かいでは宗厳と勲が話していた。会話の端々が聞こえてくる。
「最近、若い者も減ったしな」
「どこの里も似たようなもんじゃ」
香月は卵をご飯に落としながら、昨夜見学した工房の光景を思い出した。整然と並ぶ反物。手入れの行き届いた道具。それでも売れないのだという。そんなことを考えながら箸を進める。
朝食は静かに終わった。
◇
出発の準備を終え、一行は玄関先へ集まった。荷物は既にまとめてある。迎えの車ももうすぐ来るらしい。香月は宗厳へ声をかけた。
「昨日の話はどうだったんですか」
宗厳は杖に手を添えたまま答える。
「まあ、まとまった。皆、協力は惜しまんそうじゃ」
「そうですか」
「どこの里にも悩みの一つや二つはあるもんじゃ」
宗厳は穏やかに笑った。
ほどなくして車が到着した。一行が乗り込む前に、弥生が香月の前へ来る。
「今度はちゃんと連絡してちょうだいね」
「うん」
「特に今回みたいなことがあった後なんだから」
香月は苦笑する。
「ごめん」
「本当に心配したんだから」
「今度はちゃんと電話する」
弥生はため息をついた。だがその顔には安堵も見えていた。
香月は勲の方を見る。勲はいつも通りの顔だった。
「達者でな」
短い言葉だった。
「うん。今度はもっとゆっくり帰るよ」
香月は少し笑う。
「ありがとう、おじいちゃん」
勲は照れ臭そうに頭を掻いた。
車がゆっくりと動き出す。窓越しに手を振る。祖父と母の姿が少しずつ遠ざかっていった。
◇
列車が走り出す。窓の外には深い緑の山々が続いていた。川が光を反射しながら流れ、ところどころに田畑や小さな集落が見える。
香月は流れていく景色をぼんやりと眺めた。数日しか滞在していないはずなのに、不思議と名残惜しい。母のこと。祖父のこと。父の話。昔の話。様々な想いが頭をよぎる。
「話は聞けたか?」
宗厳が尋ねた。
「結局あまり何もわかりませんでした」
香月は正直に答えた。
「母も父の正体は結局知らないみたいだし、背が高くて、当時の母より少し年上で、肩の後ろにあざがあるくらいしかわかりませんでした」
宗厳は頷く。
「そうか」
香月は窓の外へ目を向ける。
「次はどんな里なんですか」
宗厳は少しだけ考えた。
「玄武の里じゃ」
それから付け加える。
「酒がうまい」
香月は思わず笑った。
「それだけですか」
宗厳も笑う。
「まあ、行けば分かる」
列車は山あいを縫うように進んでいく。
その先には、まだ見ぬ玄武の里が待っていた。




