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幻獣の絆  作者: 斎佳奈
里巡り編
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母と娘

夕方になる頃、一台の軽トラックが家の前に停まった。


「帰ってきはったな」


弥生が立ち上がる。しばらくして玄関が開いた。


「ただいま」


日に焼けた精悍な顔立ちの中年男性だった。香月の義父だった。


「ああ、香月か」


義父は少し目を細める。


「久しぶりやな」


「ご無沙汰してます」


「ほんまに久しぶりや。お母さんが寂しがっとったで」


そう言いながらも、その顔はどこか嬉しそうだった。弥生が呆れたように言う。


「あんたも人のこと言えへんやろ」


「それもそうやな」


義父は笑った。


そのまま宗厳たちへ挨拶し、座敷へ上がる。



しばらくして夕食の準備が整った。座卓の上には大皿の料理が所狭しと並んでいる。蛸と胡瓜の酢の物。ポテトサラダ。茄子の煮びたし。だし巻き卵。筍のたいたん。地鶏の照り焼き。白和え。漬物。味噌汁。炊きたての白米。机を二つ繋げているはずなのに、それでも少し狭そうだった。


「大したもんやないんやけど」


弥生が申し訳なさそうに言う。清志は料理と弥生の顔を見比べた。


「いやいや」


思わず声が出る。


「すごい豪華ですよ」


弥生はきょとんとした。


「そう?」


「そうっスよ」


即答だった。香月は思わず吹き出した。


「お母さん、それよその人には通じひんから」


「ああ、そういうやつっスか」


清志は納得したような顔になる。由里子が小さく笑った。


「いただきます」


皆で手を合わせた。



食事は賑やかだった。


清志は早々に地鶏へ箸を伸ばす。


「これうまいっスね」


弥生が少し嬉しそうに答えた。


「近くで育てとる人がおるんや。けっこう有名らしいで」


「いいねえ」


清志は頷きながら地鶏をもう一口食べた。それから何気なくご飯を口へ運ぶ。そして箸が止まった。


「おー」


「どうしたんじゃ」


宗厳が尋ねる。


「いや」


清志は茶碗を見つめた。


「このご飯、めちゃくちゃうまくないっスか?」


弥生が首を傾げる。


「そう?」


「いや、本当に」


清志は真顔だった。


「米だけで普通に食えるレベルなんスけど」


弥生が小さく笑った。


「この辺の米やからね。水もええし」


香月は黙ってご飯を口に運んだ。確かに美味しい。子供の頃は当たり前だった。けれど東京で暮らすようになってから、この土地の米や水がどれほど恵まれていたのかを知った。


漬物を口に運ぶ。懐かしい味だった。


「その漬物、うちで漬けたやつやで」


弥生が言う。


「うまいっス」


清志は素直に頷いた。


「これだけでご飯一杯いけます」


「そう言うてもらうと作り甲斐があるなあ」


弥生が少し嬉しそうに笑った。食卓に笑いが広がる。



気付けば外はすっかり暗くなっていた。食事が終わり、皆がくつろぎ始める。香月は弥生と並んで後片付けをしていた。流しには大量の皿が積み上がっている。


「相変わらず作りすぎやな」


香月が苦笑する。


「残りもんはまた明日食べたらええやろ」


弥生は平然としていた。しばらく皿を洗っていた香月は、ふと口を開く。


「お母さん」


「ん?」


「この後ちょっと時間ある?」


弥生の手が一瞬だけ止まった。


「ええよ」


それだけ答えた。



後片付けを終えた後、二人は縁側へ出た。夜風が心地良い。虫の声が聞こえている。庭には月明かりが静かに落ちていた。しばらく無言の時間が流れる。


やがて香月が口を開いた。


「実はな」


そう言って、この数週間で起きたことを話し始めた。


東京での襲撃。康太との出会い。寺へ行ったこと。結界の訓練を受けていること。寺への襲撃と結界の補修。そして宗厳との出会い。弥生は途中で何度も驚いた顔をした。


「ちょっと待って」


思わず口を挟む。


「襲撃って何?しかも二回も?」


香月は苦笑した。


「まあ、私は直接襲われてへんねんけど」


そして改めて説明する。話が一通り終わった頃には、弥生の顔色は少し青くなっていた。


「そんな危ないことに巻き込まれとったんや……」


「まあ、そうやねんけど」


少し間を置く。


「訓練の中で分かったことがあるねん」


弥生が顔を上げた。


「私の中に二つの流れがあるらしい」


「二つ?」


「一つは白虎」


香月は静かに続ける。


「もう一つは違う」


夜風が吹き抜ける。


「宗厳先生は麒麟かもしれへんって言うてた」


弥生の表情が固まった。


「お母さん」


静かに尋ねる。


「お父さんのこと、教えてほしい」


弥生は小さく息を吐くと、躊躇いがちに話し始めた。


「ほんまはな」


ぽつりと言う。


「話さん方がええと思っとったんや」


香月は黙って聞いていた。


「あの人、危ないことに関わっとったみたいやから」


弥生は庭へ視線を向ける。


「せやから、あんたには関係ないままの方がええと思っとった」


香月は苦笑した。そして静かに首を振る。


「もうとっくに巻き込まれてるわ」


東京での襲撃。寺での訓練。結界の修復。様々な出来事が頭をよぎる。


「だから知りたいんや」


香月は続けた。


「少しでも自分のことが分かったら、逆に自分を守ることになるかもしれへん。皆の役にも立ちたいし」


弥生は長い間黙り込んでいた。やがて小さく息を吐く。


「そうやな」


少し寂しそうに笑う。


「もう関係ないとも言うてられへんなあ」


香月は黙って頷いた。


弥生は夜空を見上げると、静かに語り始めた。

次話はいよいよ香月の父と母が若かった頃のお話になります。


今までほとんど語られてこなかった二人の過去。なぜ出会い、なぜ別れることになったのか。


少し昔話にお付き合いいただければ幸いです。

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