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幻獣の絆  作者: 斎佳奈
里巡り編
34/48

旅立ち

数日後。夕食の席で悠真が立ち上がった。


「皆さん、お疲れ様でした」


食堂に視線を巡らせる。


「結界は完成しました。メンテナンスは必要ですが、当面は大丈夫でしょう。これも柳沢先生と、皆さんのおかげです」


子供たちの表情が明るくなる。


「今後は寺の者たちで定期的に力を流し、維持管理していきます」


宗厳も頷いた。


「土台は十分じゃ。多少の攻撃ではびくともせんじゃろう」


その言葉に香月もほっと息を吐いた。結界の補強は無事成功したらしい。


「というわけで」


陽奈が奥から皿を運んでくる。


「今日はちょっとだけ特別です」


続いて沙耶香も現れた。


「ケーキを焼いてみました」


白いクリームにフルーツが乗ったデコレーションケーキだ。食堂から歓声が上がる。


「おおー!」


「すごい!」


康太などは目を輝かせていた。悠真が立ち上がる。


「宗厳先生たちは明日の朝、出発されます」


食堂の空気が少し静かになる。


「短い間でしたが、本当にありがとうございました」


悠真が頭を下げる。宗厳は相変わらず落ち着いていた。


「礼を言うほどのことではない」


「そうはいきません」


静子が微笑む。


「助かりました」


香月も立ち上がった。


「実は、柳沢先生たちと一緒にしばらく旅をすることになりました」


皆の視線が集まる。


「短い間でしたが、皆さんには本当にお世話になりました」


少し照れくさい。だが本心だった。


「必ずまた戻ってきます」


その言葉に悠真が頷く。


「ええ」


康太も元気よく手を挙げた。


「待ってるからね!」


食堂に笑いが広がった。



翌朝。まだ空気がひんやりとしているうちに出発だ。通用口で巌が車を停めて待っていた。荷物を積み終えた清志が伸びをする。


「助かったー」


そう言って寺の石段を見上げた。


「またあの階段を荷物抱えて下りなきゃいけないのかと思った」


宗厳は呆れたように言った。


「あれぐらいでへこたれてどうするんじゃ」


「いやいや、あれ普通にきついっスから」


由里子が苦笑した。やがて車は山道を下り始める。



何度目かの乗り換えを終えた頃には、清志はげんなりした顔になっていた。


「同じ東京なのに、東京駅まで電車三本乗り換えってマジで意味わかんないっス」


「そんなもんですよ。東京も広いんですから」


由里子がさらりと言う。


「いや、ほんとに東京なんですか?」


「東京都です」


「納得いかないっス」


香月は思わず笑った。少し分かる気がする。



東京駅は人で溢れていた。


駅弁売り場の前で香月は思わず足を止める。


全国各地の駅弁がずらりと並んでいる。峠の釜めし。ますのすし。牛肉どまん中。めんたい重。山陰鳥取かに飯まである。見ているだけで楽しい。


由里子が全員に切符を配る。


「各自駅弁を買って、ホームで集合してください」


と言った。それからじっと弁当を吟味している香月に声をかける。


「香月さん、ちょっとワクワクしてますよね」


香月は思わず笑った。


「分かります?駅弁、好きなんです」


香月は素直に答えた。


「こういうのを見ると、旅が始まるなって気がして」


由里子も小さく頷く。


「分かります」


「では、私はちょっと向こうを見てきますね」


由里子が去り、香月はもう一度売り場を見渡した。どれも美味しそうだ。



やがて全員がホームへ集まる。新幹線は定刻通り発車した。車窓の景色がゆっくりと流れ始める。


「じゃあ」


清志が待ちきれない様子で弁当を取り出した。


「いただきます」


箱を開く。現れたのは厚切り牛たん弁当だった。


「見てくださいよ。東京駅で駅弁と言ったら牛タンでっス」


得意そうに弁当を掲げる。


「この牛タン。ぶ厚くて柔らかそうでしょう」


まだ温かい湯気が立っている。


「しかもホカホカっスよ」


清志は満足そうに頷いた。


「超うまそう」


「牛タンといえば仙台では?」


由里子が突っ込んだ。清志は一瞬だけ考える。


「細かいことは気にしないっス」


香月は思わず吹き出した。


「香月さんは?」


香月も自分の弁当を開く。彩りの良い幕の内弁当だった。季節の炊き込みご飯。焼き魚。煮物。出汁巻き卵。様々なおかずが少しずつ並んでいる。


「香月さんらしいですね」


由里子が言った。


「そうですか?色々少しずつ食べられますから」


香月は苦笑する。否定できなかった。


「由里子さんは何を買ったんですか?」


今度は香月が尋ねる。由里子は静かに弁当を取り出した。丸い顔のゆるキャラが描かれている。


「由里子さん、それ……」


「このキャラ好きなんです」


即答だった。弁当を開く。エビフライ。ソーセージ。唐揚げ。ミートボール。マカロニサラダ。しかもご飯がキャラの顔になっている。ほとんどお子様ランチだった。少し反応に困る。


「なんかすごいですね」


由里子は弁当箱の脇に入っていたキーホルダーを見せた。何ともいえない変な顔のゆるキャラだ。


「このキーホルダーがついてくるんですよ。それだけで大いに価値ありです」


最後に宗厳が包みを開く。深川めしだった。


「先生はそれなんですね」


「うむ」


宗厳は頷く。


「昔から好きでな」


そう言って静かに箸を取った。


それぞれが弁当を食べ始める。車内にはしばらく穏やかな時間が流れた。


ふと思いついて、香月が尋ねる。


「もう他の里は結構回られたんですか?」


宗厳が頷く。


「うむ。北海道、東北、関東、北陸の主な里はすでに回った。今回は近畿、中国地方なんかを回る予定じゃ。白虎の里もその一つじゃな。」


香月が驚く。


「もうずっと旅してるんですね。大変じゃありませんか?」


「まあ足労ではあるが、必要なことじゃからのう」


宗厳がそう答えると、清志が割り込んだ。


「大変ですよ。観光する暇もないし、移動時間半端ないし。まあ美味しいもん食えるからあんまり文句言えないっスけど。」


香月が尋ねる。


「特に印象に残ったのは何ですか?」


「ジンギスカンと金沢カレー。あと盛岡冷麺も美味かったな。」


由里子も加わる。


「富山で食べたお寿司が最高でした。水揚げしたての新鮮な魚を握ってくれるんです。函館の海鮮丼も印象に残りましたね」


香月が笑う。


「結構食べ物ばっかりなんですね」


清志が少し不貞腐れる。


「ろくに観光してないからそんなもんだろ」


皆が笑い合う。


窓の外を流れる景色が少しずつ変わっていく。やがて車内アナウンスが響いた。


「まもなく京都、京都です」


香月は思わず顔を上げた。



京都駅へ到着した後も移動は続いた。特急に乗り換えてさらに1時間以上。そこからタクシーへ乗り換え、市街地を離れる。


窓の外の景色が少しずつ変わっていく。住宅街が減り、田畑が増える。やがて車は細い山道へ入った。なだらかな里山が続く。その向こうには険しく連なる深い山々が見えた。


子供の頃は何とも思わなかったが、こうして離れてみると、ずいぶん山奥だったのだと改めて思う。


香月は窓の外へ目を向けた。山を登るにつれて雑木林が姿を消し、代わりに巨大な杉林が現れた。

真っ直ぐに伸びた幹が幾重にも並び、その間を縫うように道が続いていた。まるで森の奥へ吸い込まれていくようだった。


頭上では何十メートルもある杉の枝葉が空を覆い、昼間だというのに薄暗い。わずかに差し込む陽の光が木漏れ日となり、湿ったアスファルトや苔むした路肩にまだら模様を描いている。


やがて山道が開け、小さな集落が姿を現した。幼い頃から見慣れた景色。何年も離れていたはずなのに、不思議と覚えていた。


山を渡る風。杉の香り。胸の奥が少しだけ熱くなった。


「懐かしいか」


宗厳が静かに尋ねた。香月は小さく頷く。


「はい」


その一言だけだった。けれど、それで十分だった。

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