同行
結界の構築が一通り終わると、宗厳はゆっくりと一同を見回した。
「これで土台はできた」
全員が顔を上げる。
「じゃが、まだ完成ではない」
宗厳は御神木へ視線を向けた。
「結界は張って終わりではない。しばらくは交代で力を流し、馴染ませながら強化していく必要がある」
悠真が頷く。
「数日ほどかかりそうですね」
「うむ」
宗厳は杖を軽く地面へ突いた。
「焦る必要はない。管理維持はおぬしらで出来るじゃろう」
その言葉に皆の表情が少し和らいだ。
「今日はここまでじゃ。解散してよい」
子供たちがほっとした顔をする。その時だった。
「香月さん」
宗厳が呼び止めた。
「はい」
「悠真もじゃ」
悠真も顔を上げる。
「少し話がある。後で事務所へ来なさい」
◇
事務所へ入ると、悠真がお茶を勧めてくれた。宗厳は湯呑みを掌の中でゆっくりと回した。器の風合いをしばし眺めてから、茶をすすった。しばらく静かな時間が流れる。
やがて宗厳が口を開いた。
「香月さん」
老人の視線が向く。
「おぬしの中にある二つの流れについてじゃが」
香月は背筋を伸ばした。
「はい」
「心当たりはあるか」
香月は少し迷った。だが首を横に振る。
「ありません」
宗厳は頷いた。
「そうか」
少し考えるように目を閉じる。
「儂にも確証はない」
宗厳は静かに言った。
「じゃが、麒麟に似た流れを感じた」
香月は思わず目を瞬いた。
「麒麟……ですか?」
悠真も静かに宗厳を見る。宗厳は続けた。
「儂も麒麟の系譜なのでな。少し気になった」
「おぬしは白虎の里出身と言っていたが、ご両親は二人とも白虎かね?」
香月は苦笑した。
「母は白虎です。でも、父については何も知らないのです」
そして母から聞いている話を簡単に説明する。母は白虎の里の出身。父は里の外で出会った人。母は妊娠に気づく前に里へ戻っていたので、父とは接点が全くないこと。母が話したがらないので、父親について詳しいことは何も聞いていない。宗厳は黙って聞いていた。
「そうか」
静かな返事だった。
「もう一つの流れの正体が分からんことには、上手く導くのは困難じゃ」
香月は小さく俯く。すると宗厳が続けた。
「母親に話を聞くことは可能か?」
香月は少し考えた。
「今まで詳しいことは話してくれませんでした」
正直に答える。
「でも、大事なことだと説明すれば、話してくれるかもしれません」
宗厳は頷いた。
「そうか」
そして湯呑みを置いた。
「ちょうど良い機会かもしれんな」
香月が顔を上げる。
「実は儂は今、各地の里を回っておる」
「里を?」
宗厳は頷いた。
「全国各地で龍脈上の結界に綻びが生じておる」
香月は息を呑む。
「他の里でも起きているんですね」
「うむ」
宗厳の表情は穏やかだった。
「だから各里へ協力を要請しておる」
悠真も頷く。
「先生はその中心になって動いておられるんです」
宗厳は続けた。
「白虎の里にも向かう予定じゃ」
香月の胸が僅かに高鳴る。
「おぬしの祖父にも会って話をする予定じゃった」
香月は目を見開いた。祖父には何年も会っていない。結界のことを教えてくれた人。そして、自分が里を離れる時も反対しなかった人。
宗厳は静かに言った。
「どうじゃ。一緒に来るか」
香月は言葉を失った。
白虎の里。母。義父。祖父。懐かしさが込み上げてくる。そして父親のこと。聞きたいことがたくさんある。けれども。
「ご迷惑ではありませんか?」
思わずそう尋ねていた。宗厳は少し首を傾げる。
「何がじゃ?」
「私もご一緒して大丈夫なのでしょうか」
宗厳は小さく笑った。
「三人も四人も同じことじゃ」
「それに、おぬしの力の問題も大事なことじゃ」
悠真も頷く。
「私も良い機会だと思います。原因が分からなければ、今後の指導も難しくなりますから」
香月は黙り込んだ。宗厳は急かさない。
「少し考えさせて下さい」
やがて香月はそう答えた。
「うむ、いいじゃろう」
宗厳は頷いた。
◇
その夜。香月は縁側で悟と康太へ話をした。話を聞き終えた悟は静かに頷く。
「行った方が良いと思います」
「でも……」
香月が口を開く。悟は小さく笑った。
「僕たちに遠慮はしないでください」
その言葉に香月は少し驚く。
「今までたくさん助けてもらいましたから」
康太も頷いた。
「僕も大丈夫だから」
そう言って胸を張る。
「香月姉ちゃんが戻ってくる頃には、僕もっと強くなってるから」
香月は思わず笑った。
「そう?」
「うん!」
康太は大きく頷く。その顔を見ていると、不思議と迷いが薄れていく。
◇
翌朝。香月は宗厳のもとを訪れた。
「ご一緒させてもらってもよろしいでしょうか」
宗厳は静かに頷いた。
「ありがとうございます」
香月が頭を下げる。
「うむ」
返事はぶっきらぼうだったが、不思議と心強かった。
「では結界が安定したら出発じゃ」
香月は小さく頷く。
故郷へ。何年も帰っていない白虎の里の皆に会いに行く。
何が待っているのか、まだ分からない。不安もある。けれどそれ以上に、家族に会える喜びに胸の奥が熱くなった。




