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幻獣の絆  作者: 斎佳奈
里巡り編
32/42

大いなる流れ

午後、昼食を終えると再び全員が御神木の前へ集まった。昼の陽射しが木々の間から差し込み、巨大な幹を照らしている。宗厳はゆっくりと御神木を見上げた。


「午前は人と人との間で力を繋いだ」


静かな声が響く。


「午後は人と土地との調和じゃ」


全員が自然と御神木へ視線を向ける。


「結界とは壁ではない」


宗厳は幹へ手を置いた。


「流れじゃ」


老人は振り返る。


「人も自然も、本来は別々のものではない。これらの力を調和させて繋げるのが結界じゃ」


香月はその言葉を胸の中で反芻した。流れ。調和。繋がり。最近、宗厳はよく似た言葉を口にする。だが不思議と説教じみて聞こえない。まるで当然のことを話しているだけのようだった。


「では始めるぞ。まずは木に手を当てて、土地の力を感じろ。それに馴染ませるように力を流していけ」



最初は千春だった。御神木へ手を当てる。しばらく目を閉じる。やがて宗厳が頷いた。


「よい筋を持っとる」


千春が小さく息を吐く。


続いて智樹、悟、陽奈、隆之。それぞれ多少の差はあったが、大きな問題はなかった。


一人、また一人、御神木へ力が流れていく。香月には、その流れが少しずつ大きくなっていくような気がした。まるで小川へ支流が合流して、大きな流れに変わってゆくように。


やがて香月の番が来た。御神木へ手を当て、目を閉じる。確かに地面、いや森全体から迫り上がってくる力の奔流を感じる。その流れに乗るように力を流し始める。午前中よりはずっとなめらかだ。けれども。


「あれ……」


途中で引っかかる。胸の奥で二つの流れがぶつかる感覚。やはり完全には消えていない。香月が眉をひそめた、その時だった。


足元で小さな気配が動く。白兎だった。いつの間に現れたのか。黒いつぶらな瞳が、香月を見上げている。香月は思わず苦笑した。肩の力が抜ける。すると。先ほどまで引っかかっていた流れが、少しだけ自然に馴染んだ。


「ほう」


宗厳が小さく目を細める。


「面白いな」


宗厳はそれ以上何も言わなかった。



次は康太だった。御神木へ手を当てる。慎重に力を流し始める。しばらくして宗厳が首を振った。


「まだ弱いな」


康太が顔を上げる。


「だめだったか?」


「いや」


宗厳は静かに言った。


「お主ならもっと力を出せるはずじゃ」


康太が困惑する。宗厳は続けた。


「お主は、何のために力を使う」


康太は答えられなかった。


「何を守りたい」


老人の声は穏やかだった。


「家族でも良い。仲間でも良い。失いたくないものを思え」


康太は目を閉じた。


兄さま。香月。千春。寺のみんな。東京の路地裏で震えていたあの夜の光景が脳裏を掠める。もし守れなかったら。もし間に合わなかったら。そう思うと、胸の奥がグッと熱くなった。


その瞬間だった。ざわり。御神木が揺れた。風ではない。それなのに木々がざわめく。香月は思わず顔を上げた。静子も、悠真も、皆が驚いた表情で康太を見る。御神木へ流れ込む力が、一気に膨れ上がっていた。康太自身も驚いている。


「え……?」


宗厳だけが静かに頷いた。


「そうじゃ」


老人の声は穏やかだった。


「それがおぬしの力じゃ」



やがて宗厳は悠真と静子を呼んだ。


「力は集まった。ここからは結界師の仕事じゃ」


二人が前へ出る。今まで集まった流れ。御神木の力。皆の力。それらを二人が丁寧に整えていく。香月は思わず見入った。静子が流れを整える。悠真が繋ぐ。乱れていた流れが落ち着いていく。まるでバラバラだった糸を一本ずつ紡いでいるようだった。少しづつ、形が生まれていく。


香月は初めて理解した。結界とは力の強さだけで作るものではない。技術も必要なのだ。



最後に宗厳が前へ出た。

静かに御神木へ手を置いた。それだけだった。力を込めているようには見えない。呼吸も変わらない。

だが。


香月は思わず息を呑んだ。はっきりと、何かが変わった。何が変わったのか説明できない。それでも確かに。


世界が静かになった気がした。御神木の根が見える。そんな気がした。根が森へ広がる。山へ広がる。さらにその下へ、地中深く。岩盤。地下水。幾重にも重なる地層。香月の感覚はどこまでも深く沈んでいく。


そして、そのさらに奥。香月は何かを感じた。途方もなく巨大で、気の遠くなるほど古い。ゆっくりと動き続けている何か。まるで地球そのものが呼吸しているようだった。


宗厳は何かを操っているようには見えなかった。ただそこに立っている。それだけだった。それなのに、御神木も、森も、山も、大地さえも。老人に共鳴しているように見えた。


やがて全ての流れが一つになる。何がどの力なのか区別がつかなくなる。ただ一つの大きな循環だけがそこにあった。


しばらくして宗厳が静かに目を開く。


「うむ」


それだけだった。だが誰も言葉を発しなかった。

香月はただ御神木を見上げる。


自分たちは思っていたよりも、ずっと大きな繋がりの中で生きている。そんな気がした。

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