調和
翌朝、まだ朝霧の名残が漂う中、寺の裏手にある御神木の前へ全員が集合した。宗厳は杖を手に一同を見回す。
「さて」
静かな声だったが、不思議とよく通る。
「結界を張る前に、まずは、おぬしらの力を見せてもらう」
宗厳は地面に杖を突いた。
「結界とは壁ではない」
香月は思わず耳を傾ける。
「流れじゃ」
宗厳は御神木へ視線を向けた。
「異なる力を繋ぎ、調和させ、循環させる。それが結界の本質じゃ」
悠真も静かに頷いている。
「まずは二人一組になれ。組み合わせは昨晩、適性や経験を考慮して教師陣と決めたものだ」
由里子が組み合わせを読み上げる。悠真と香月。静子と千春。巌と康太。一成と悟。由里子と沙耶香。清志と智樹。陽奈と隆之。
宗厳はその様子を眺めながら続けた。
「まず、向かい合って手を合わせろ。こう言う風に」
手のひらを外に向け、胸の前に持ち上げる動作をする。全員が向かい合って、手のひらを互いへ向ける。
「未経験者は相手へ力を流すつもりでやれ。経験者はそれを導き循環させる。二つの力を調和させるのじゃ」
その言葉に香月は首を傾げた。
「調和……?」
宗厳は頷く。
「自分の力と相手の力を混ぜ合わせて一つの流れにする。押し込むのでも、押し返すのでもない。まずはやってみろ」
◇
最初に宗厳が足を止めたのは静子と千春の前だった。二人の間にはすでに穏やかな流れが生まれている。宗厳は小さく頷いた。
「ほう」
静子が微笑む。
「一年以上一緒にやってますから」
千春が少し照れたように笑う。宗厳は満足そうに頷いた。
「よく育っておる」
続いて清志と智樹。二人の間にも安定した流れが生まれていた。宗厳が近づく。
「悪くない。肩の力を抜けば、もっと通りが良くなるじゃろう」
智樹の表情が少し明るくなる。清志が笑った。
「うまく出来てるだろ?」
「おぬしのことは褒めておらん」
「ええー」
周囲から小さな笑いが漏れた。
◇
陽奈と隆之の組も順調だった。
「こんな感じでしょうか」
「たぶんな」
二人とも半信半疑だったが、流れは自然だった。宗厳が頷く。
「悪くない」
陽奈が少し驚く。
「そうなんですか?」
「頭で考えすぎておらん。それが良いのじゃろう。」
宗厳は言った。隆之が苦笑する。
「考えるのは苦手なんで」
「私もです。でも、難しく考えすぎない方がいいのかも知れませんね」
陽奈も笑った。
◇
次に由里子と沙耶香の前で宗厳は足を止めた。しばらく黙って様子を見る。
「ほう」
沙耶香が不安そうな顔をする。
「うまく出来ているのでしょうか」
宗厳は首を振った。
「力は弱い」
沙耶香の肩が少し下がる。だが宗厳は続けた。
「じゃが柔らかい」
由里子が目を閉じたまま頷く。
「やりやすいです。抵抗がありません」
宗厳が目を細める。
「私の力が流れやすくなっています」
沙耶香は目を瞬いた。
「そうなんですか?」
「大国主の力らしい」
宗厳は頷く。
「人を繋ぎ、調和させる力じゃ」
沙耶香は少し照れたように笑った。
◇
一成と悟の組も順調だった。宗厳がしばらく二人の様子を観察する。悟から流れ込む力は一定ではない。だが、一成は慌てることなく、その流れを自然に循環へと変えている。
「ふむ」
宗厳が小さく頷く。
「よく力を調和させておる」
宗厳が感心したように言った。一成が少し照れ臭そうに頭を掻く。
◇
次に宗厳は巌と康太の前で足を止めた。ここだけ空気が違った。康太の額に汗が浮かんでいる。巌も険しい顔だった。
「どうした」
宗厳が尋ねる。巌が低い声で答える。
「力が大きすぎる」
宗厳は即座に言った。
「おぬし、受け止めようとしておるな」
巌が黙る。宗厳は杖を軽く地面へ突いた。
「だからいかんのじゃ。ここで必要なのは剛では無く柔じゃ」
巌が眉をひそめる。
「柔?」
宗厳は頷いた。
「柔道と同じじゃ。剛に剛をあてれば、ぶつかり合うだけじゃ」
宗厳の目が細くなる。
「相手の力を受け止めるのではなく、利用するのじゃ。川の流れを堰き止めるのではない。そのまま流すのじゃ」
巌はしばらく黙っていた。やがてゆっくり頷く。
「なるほどな」
巌は再び目を閉じた。今度は力で受け止めようとはしない。ただ流れに身を任せる。康太も慎重に力を流した。すると先ほどまでぶつかり合っていた力が、不思議なほど自然に循環し始めた。
「おお……」
康太が驚いたように声を漏らす。宗厳は満足そうに頷いた。
「それでよい」
老人は静かに言った。
「柔とは弱さではない。受け流す強さじゃ」
巌も納得したように頷く。
「勉強になりました」
宗厳は小さく笑った。
「おぬしは元々剛の人間じゃ。じゃが、時には柔も必要なのじゃよ」
そう言って次の組へ向かう。最後に残ったのは悠真と香月だった。二人は何度も試していた。香月も集中して力を流しているつもりだった。だが上手く循環しない。悠真も首を傾げていた。
「おかしいですね」
香月も困惑していた。
「何かが引っかかる感じがするんです。でも、それが何なのか分からなくて」
宗厳はしばらく黙って二人を観察した。やがて小さく頷く。
「なるほどな」
その声に悠真が顔を上げる。
「何か分かったのですか?」
宗厳は香月を見た。
「この娘の中には二つの流れがある」
香月は思わず目を瞬いた。
「二つ?」
「しかも互いに反発し合っておる」
宗厳は淡々と言う。
「流れようとしても途中でぶつかり、打ち消し合ってしまうのじゃ」
悠真の表情が変わった。香月自身も言葉を失う。宗厳はしばらく考え込む。
「根本的な解決はすぐには難しいな」
香月の胸が少しだけ重くなる。だが宗厳は続けた。
「じゃが、方法が無いわけではない」
老人は香月の肩へそっと手を置いた。
「難しく考えるな。今は儂の流れに乗れ」
香月が目を閉じる。すると、宗厳の力が流れ込んでくる。不思議だった。先ほどまで互いにぶつかり合っていた二つの流れが、宗厳の力を介することで少しずつ整っていく。
「あ」
香月が思わず声を漏らす。
「もう一度やってみろ」
香月が一人で試す。完全ではない。だが、今までよりは流れる。
「今回のは応急処置じゃ。根本は何も解決しておらん。じゃが、今回はそれでなんとかなるじゃろう」
香月は小さく息を吐いた。完全には理解できない。だが少なくとも、自分の中で何かが起きていることだけは分かった。
宗厳は全員を見渡した。
「午前はここまでじゃ」
皆が顔を上げる。
「午後からは実際に御神木へ力を流す」
老人の視線が御神木へ向く。
「今度は土地の力と繋がる。結界そのものと向き合うのじゃ」
その言葉に一同の表情が引き締まった。




